第235話 二手
「さて、そうと決まればいつまでもここにこだわっているわけにいかないわ。さっさと今後の話をしちゃいましょう、リーフ防音」
「承知」
リーフが作る即席の防音室の中で、わたしたちは椅子に腰かけて顔を突き合わせた。
「さて。早速だけど、明日には全神国は出るわよ」
ノア様がそう言うと、ステアが「っしゃあ!」とでも言いたげに小さくガッツポーズをしたのをわたしは見逃さなかった。
「では、次なる目標はどうなさいますか?候補に挙がるのはスギノキとアルスシール、二つの国ですが。勿論一度帰還し、体制を整えるという手もあります」
「帰るのは却下。ここまでの戦力が揃ってるのに時間が勿体ないわ。全神国に私のことが知られてたなら他の国も知っている可能性が出て来たし、不穏なことされる前に潰していきたいところね」
「同意。こうなったらスピード勝負と言っても過言ではない」
「では、二つのうちどちらかの国を手中に収めるということですね」
「んー、正直それも微妙なのよね。いや、アルスシールとスギノキが微妙なわけじゃなくて、時間的な話」
「と、言いますと?」
わたしが聞くと、ノア様はわたしたちを見渡した後、言った。
「こうなると正直、私たちがひとかたまりで動いてるの、非効率だと思わない?」
「!」
「お嬢、それって」
「ええ。私たちはこれから、二手に分かれるわ」
さっきリーフも言ったけどここからはスピード勝負。大国に動かれる前にいかにその動きを制限できるかがカギだ。
それにあたってアルスシールの軍事力とスギノキの技術力は手中に収めておきたい、けど二つを順番に回るのは時間がかかる。
なら戦力が増強されている今、チームを分けるのが一番いいという判断だろう。
「同意見です。その方がはるかに早く暗躍できます」
「大丈夫なんですか?固まって動いていないと、ルクシアに感知されて各個撃破される恐れがあるのでは」
「あの女は動かないわよ、変なところで完璧主義者だもの。行き当たりばったりな作戦は立てず、あの大陸で完璧に私たちの待ち伏せを行おうとするはず、間違いないわね」
「ノアマリー様、こう言っては何ですが、その思考の裏を取られる可能性は」
「ないわ。そもそもあの女は、私と自分と自分の側近クラス以外はどうでもいいと思ってるクチだから、仮に二手に分かれた後に来るとしたら百パー私の方よ。でも向こうも私がそう考えることは分かってるから、罠を張られる可能性を考慮しなければならない。あの女はそんなリスク背負わないわ、絶対に自分の有利な領域に押し込もうとするヤツだもの」
「何故わかるんです?」
「……分かるわよ。極めて不快だけど、十年以上あの女の片腕だったんだから」
ノア様が苦虫を嚙み潰したような顔をされたが、話には納得だ。
つまり現在は、あまりルクシアを警戒する必要はないということか。
やはり決戦は、ノア様とルクシアの因縁の地―――ということになる。ロマンチストなあの女らしいロケーションだ。
「分かりました。それなら僕も納得です」
「私はお嬢様と共にいられるならなんでもいいですわ!」
「じゃあ、チーム分けをしましょうか」
「戦力を均等に分けるとすると、うちで突出してるのは姫さん、ステア、クロ、スイ、リーフだろ。クロスイはひとまとめにするとして、この四人は二人ずつに分けるべきだよな」
『クロスイってまとめるのやめてほしいんだけど』
『気持ちは察しますが大人しくしててください』
「と、すると……ノア様とわたしは分かれなければなりませんね」
「おん?なんでだ?」
「ステアがいるでしょう。この子はわたしかノア様が一緒にいないとストレスで魔法出力がブレるので、わたしとノア様が一組になるわけにいきません」
「なるほどな」
つまりここからは、わたしとノア様は別のチームになるということだ。
「クロ、あなたどっちに行く?」
「わたしが決めて良いのならば、出来ればアルスシールに。武力制圧が可能そうですし、わたしの魔法はあちらの方が生きると愚考します」
「道理ね。じゃあ私がスギノキに行くわ。……とするとステアは私が貰うわよ、こちらの方がこの子の精神魔法と絶対記憶が活きるでしょうし」
「かしこまりました。ではリーフ、わたしと一緒に来てください」
「了解」
あとはオトハ、オウラン、ルシアスの三人だが。
わたしにはスイが宿っているために実質一人多いようなものだし、こちらに呼ぶべきはあと一人だろう。
「ノア様、残りの一人なのですが」
「あなたが選んでいいわよ」
「ではお言葉に甘えて―――」
「クロさん、分かっていますわね?私は選んではいけませんわよ?やっとお嬢様成分が補給出来てきたというのに、また引き離されたりしたら割と冗談抜きで死」
「オトハを」
「ちょっ!?」
「いいわよ」
「お嬢様ぁ!?」
特に聞いてもいないのに勝手にしゃべりだしたオトハの主張はガン無視し、効率的に行動したいというノア様の意思を汲んでオトハを選んだ。
「ク、クロさん?冗談ですわよね?」
「冗談じゃないです」
「……私に、死ねと申しますの?」
「言ってないですね。仕方がないでしょう、わたしが向かうのは紛争地域ですよ。どの勢力につくにせよ武力制圧という話になる可能性が高いので、手っ取り早く拷問なり自白剤なりで便利なあなたが必要なんですよ」
「いいいいいやあああああ!!それっぽい理由があるのが真実っぽいですわああああああ!!もう嫌です、何故こうもお嬢様と引き裂かれますの!?お、お嬢様!お嬢様は私と離れるのはお嫌ですわよね!?」
「別に」
「んああああああああああああ!!」
やがてオトハはその場に寝っ転がってじたばたし、有り体に言えば駄々をこね始めた。
「いいいやあああでえええすううううわあああ!!」
「……この歳の女がこうもガキみたいに駄々こねてるって、見ててキツイもんがあるな」
「なあクロさん、流石に可哀想だし、僕がそっちに行くってことに出来ないか?」
「本音は」
「え?」
「だから本音」
「(……リーフと一緒に行きたいです)」
「正直でよろしい。しかも自分は仕方なく代わってやったという雰囲気を出せてオトハに貸しが作れる一石二鳥のいい作戦でしたが、却下です」
「うう……」
「?疑問、何の話?」
「気にしないでください」
オウランには悪いが、正直アルスシールで想定される状況でオウランの耐性魔法の優先度は低い。スギノキの方が圧倒的に彼が活躍できる可能性がある。
「ノア様、なんとかオトハを説得できませんか」
「仕方ないわね……」
「お嬢様、今回に限っては踏まれようが罵倒されようが断固として貴方様の方に同行させていただきますわ!何故かと聞かれればもっとあなたの周囲の空気を吸っていたいからです!全神国で九日程度あなたに会わなかっただけで死にかけたのに何日になるかもわからない途方もない時をお嬢様と共にいられないなど絶っっっ対に我慢できませんわ!さあ踏むなり罵るなりどうぞ!むしろしてくださいお願いします!」
ドМな支離滅裂頓珍漢駄々っ子という世界有数の厄介な存在が生まれてしまった。
まあこっちに来るのはルシアスでもいいんだが、正直わたしとリーフで戦力が足りているのが正直なところなので、出来ればそれ以外の部分で存分に役立つオトハを連れていきたい。
でもこれではさすがに連れていけないか。いくらこの変態が色々と有能とはいえ、流石にノア様に会えない状況を作りすぎたか―――。
「……仕方ないわね」
「ノア様?」
そう思っていると、ノア様がオトハに歩み寄った。
そして襟を引っ張ってオトハを立たせると。
「オトハ、あなたが私を随分と思ってくれているのは嬉しいわ。そんなあなたにこれ以上辛く酷なことを強いるのは、流石の私もちょっと良心が痛むわね」
「はっ……!?私如きがお嬢様の御心を、痛めっ……!?至急重りを付けて海に飛び込んでまいりますわ!」
「やらなくていいから。……ゴホンッ。そこで私の良心の痛みを取り除くため、あなたにご褒美を上げることにしたわ」
「ご、ご褒美!?」
オトハにノア様が渡すご褒美。
なんだろう、碌なものが思いつかないが。
「まずは『前払い』―――」
その場の全員が一体何を提示するのかとちょっと気になって耳を傾けた。
「今日一日、あなたと二人っきりの状況で私の奴隷にしてあげる」
「クロさん、私の荷物をまとめておいてくださいな、いつでも出発できるように」
「変わり身早っ」
聞かなければよかったと後悔した。
二人共本心からの満面の笑みなのが余計に質が悪い。
「で、『後払い』だけど」
「え?一日もの間お嬢様の奴隷にしていただいて虐げていただける至高の幸福に加えてまだ何か?」
そしてノア様はかがみ、オトハの頬をトントンと叩き。
「ここにキスしてあげる」
「………」
その後、一日奴隷契約のことすら忘れてアルスシールに向かおうとするオトハを止めるのに三十分かかった。