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第233話 神/理想

 マレニエラについていって通されたのは、今までの普通の雰囲気とは一線を画す部屋だった。

 円形で色は青っぽく統一されており、外周には十二のでっぱりがある。おそらくあれが十二聖信者とやらの指定席なのだろう。

 そして出入り口の反対側には、不自然なほどに真っ黒な垂れ幕というかカーテンというか、とにかくそんな感じのものがかかっていて、中は分からない。


「私は今回は外させていただきますので、ごゆっくりご歓談くださいませ」


 マレニエラはそう言って一礼すると、部屋の扉を閉めて出ていった。

 中には静寂と薄暗い灯りだけが残り、思わず身に力が入ってしまう。


「ルシアス」

「分かってる、いつでも転移できるぜ」


 ルシアスと小声で確認し合い、黒いカーテンの方を向いた。

 この部屋で生体感知に反応があるのは、わたしたち以外にはあそこのみ。

 ということは必然的に、あの中に議長とやらがいるということ。

 その考えの答え合わせをするように、奥から声が響いた。


「……よくぞ来られた。金と黒のつがいよ。我が国の悲願よ」


 声はする。生体感知にも引っかかる。

 しかし、依然としてカーテンは消えなかった。


「かの伝承の存在をこの目に収めることが出来たこと、嬉しく思う」

「私はまだあなたの姿を目に収められていないのだけれど?」

「その点はご容赦して欲しい。我が一族の掟で、人前に姿を晒してはならないのだ。宗教上の都合のようなものなのでな、申し訳ない」

「クロ」

「嘘じゃありません。……多分」


 おそらく大丈夫、だが。

 わたしの嘘を見破る能力は、視線や挙動、声の抑揚などで総合的に判断しているので、声しか聞こえていないとどうしても精度は落ちる。


「議長殿の一族は、特定の宗教に入らないって聞いてたけど?」

「特定の宗教に肩入れしないというだけで、宗教に入ってはいけないという決まりはないのだよ。加えて、我が一族は信仰『される』側でもある、というのが最大の理由だ」

「……なるほどね」


 ノア様は納得したようだが、わたしは良く分からなかった。

 チラリと後ろを見ると、ステア以外の側近も首を傾げている。


「すみません、どういうことです?」

「要するに、神ってのは()()()()()()()()()()()って話よ」


 ……?


「疑問、どういうこと?」

「神とは、突き詰めればその人の『理想』そのものよ。こういう言葉を言ってほしかった、こうありたかった、こういうものを信じたかった―――その人の強い理想と信仰対象が共鳴することで、心の中に神が生まれる、とも言えるわね。けど、その心にのみ住まう神、つまり()()()()にいると―――」


 なるほど。

 つまり、理想と現実の違いという壁にぶち当たるわけか。


「その通り。人というのはつまるところ、信じたいものを信じる生き物だ。だからこそ虚実の無い理想()を心に創り上げる」

「ですがその信仰対象が実在してしまうと、理想とのギャップで苦しむかもしれない、というわけですか。だからせめて誰にも姿を見せず、信仰対象としての体裁を守っている、と」


 人の身勝手さは、これでもよく知っているつもりだ。

 容姿、性格、声質、言葉、格好―――少しでも理想と違えば、人は勝手に幻滅し、勝手に離れていく。

 現実に存在して尚その信じる心を失わないとすれば、本当に自らの信じるものがどんな存在であっても受け入れるという、揺ぎない意志を持っているしかないだろう。


「……?なんですの、クロさん」

「いえ、実は貴方って意外とすごいのかと思いまして」

「はい?」

「なんでもありません。しかしなんというか、素晴らしい心構えですね。どこの誰とも知らない他人の理想のために、その姿すら隠すなんて」

「なに。自分を揺ぎ無く信じてくれる存在がいるというのは、存外頼もしいものだ」


 皮肉のつもりで言ったのだが。


「さて、このまま雑談にふけるのも魅力的だが、そろそろ本題に入ろう。まずは謝罪を受け入れていただきたい。伝承を忠実に守っただけとはいえ、国民たちが随分と迷惑をかけてしまった」

「本当よ、おかげで私の右腕が壊れかけたのよ?弁償金としてこの国丸ごと寄越しなさいよ」

「国丸ごと、か。さすがに出来ぬ相談だ。この国は世界中の人々の信仰心が形作った、民衆の精神的支柱。確かに周辺諸国に迷惑をかけてしまうこともあるが、一部の民にとっては心の拠り所なのだ。渡すわけにはいかん」

「その周辺諸国への迷惑が洒落にならないレベルなのですが」


 わたしは話しながら、妙な違和感を覚えていた。

 ……妙だ。


 この議長と呼ばれている者、声からして男だが―――なんというか、普通過ぎる。

 このイカれた国を治めていて、他国に随分な迷惑をかけ放題の全神国を事実上治めている男としては、あまりに受け答えがマトモだ。


「国を渡すのは無理だが、賠償はしなければならないな。……しかし君たちは金銭では満足などしないだろう」

「何故そう思うの?案外ホクホク顔で帰るかもしれないわよ」

「私は民たちが信じる伝承というものには実は懐疑的でな、本当につがいと呼ばれる金髪と黒髪が現れた時には心底驚いたものだよ。……何故この国にいるのか、とな」

「……!!」

「え?」


 ノア様は厳しい顔をし、ステアも身構えた。


 少し遅れてわたしも気づき、場合によっては即死を打てるように準備。オトハとリーフ、オウランも臨戦態勢に入った。


「え?なんでお前らそんな殺気立ってんだ?」


 唯一リラックスしてるのは、このニブチン脳筋男だけだ。


「……分かりませんか。伝承があるにも関わらずわたしたちがここにいることに対して『何故』と問えるのは、わたしたちが全神国に来る以前からわたしたちのことを知っていた、ということです。つまり議長は―――わたしたちが何者なのかを知っている」

「あっ!?」


 わたしたちが最初に候補に挙げた三つの国は、勿論手に入れるために有用だったというのが主だが、もう一つ理由がある。

 それは、その国にわたしたちのことを知っている者がいない可能性が高いということだ。


 秘密主義国家であり、内外の出入りもほとんどないハイラント全神国。

 鎖国国家、島国であるがゆえに情報を集める手段も乏しい海洋国家スギノキ。

 数十年に渡る紛争地域で、国外に意識を向けている暇などない内戦国アルスシール。


 しかし議長はわたしたちのことを知っている。

 そしてわたしたちは現在表向き、帝国の捕虜として捕らえられていることになっている。


「エードラム王国に現れた光魔術師、ノアマリー・ティアライト殿、それに皇衛四傑最強の一角、リーフ・リュズギャル殿。敵対関係にあったはずの二人がなぜこの国にいる?」


 議長がわたしたちのことを知っている以上、生半可な嘘は通用しない。

 さて―――どうするか。

次回休載します。

次の更新は3月27日予定です。

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