第232話 つがい教
一日明け、全員いくらか疲れも取れた。
一番ダメージを受けていたステアも本調子には遠く及ばないものの、今のわたしに簡単な魔法をかけられる程度には回復した。どうやら前回と違い、リーフが防音をしてくれていたのがかなり効いていたようだ。
「ステア、本当に大丈夫ですか?」
「ん。お嬢の、役に立つ」
「分かりました。本格的に辛くなったら言ってください」
「ん」
全員の身支度が完了し、最後にノア様が体の調子を確かめるように何度か跳ねて。
「じゃ、行くわよ」
「かしこまりました。ルシアス、転移を」
「いえ、それはいいわ。ルシアスは道案内だけお願い」
「お?おう」
「え?ノアマリー様、もしや正面から行くおつもりですか?」
「ええ、いくら頭のおかしい連中揃いの国とはいえ、舐められるのは避けるべきだわ。オタクの……おたくの国民を恐かったので避けてきましたなんて思われたくないでしょう?」
「……お嬢、留守番、してていい?」
「大丈夫よステア、リーフに防音と結界で近寄らせないようにしてもらうから。いいわねリーフ」
「肯定、問題ない」
「……なら、頑張る」
「ごめんねステア。クロ、せめてあなたが手つないでいってあげなさい」
「はい」
下に集まっている民衆の間を突っ切るというあまりの話にステアは顔を青くしたが、わたしの腕に抱き着くといくらか元に戻った。
可愛いな。
「他に質問は?……じゃ、行くわよ。統括議会へ」
結論から言うと、議会への「道は」簡単だった。
リーフが魔法を使うまでもなく、何も問題なく進むことが出来た。
と、いうのも。
「つがいの御二方。貴女様方をこの目に映すことが出来て、我が生涯にすでに悔いはありませぬ。本当に、本当にお会い出来て光栄でございます」
まず、ホテルから出た瞬間、そう言ってこちらに祈るような姿勢でいる連中がいた。
「我らは『つがい教』―――伝承教の派閥の一つとして、貴女様方の伝説を崇め奉らせていただいております」
「ああ……そういう」
まあ勿論、そこで色々とひと悶着はあった。
わたしが手をつないでいたのがノア様ではなくステアだったことに対して、解釈不一致だの浮気百合萌えだのという謎の言葉が出てきたり、娘説が浮上したり。
もう面倒くさいので妹ってことにしたら謎の歓声が上がったり。
色々と散々な目にはあったが、彼らがわたしたちを全神国で最も崇めていた連中だったことで他の国民たちが彼らに譲ったらしく、あれだけうるさかった連中はほとんどいなかった。
おかげで統括議会までの道のり自体は、非常にスムーズに進むことが出来たのだ。
その他に色々と根掘り葉掘り聞かれたりしたのだが、まったく今回の件と関係なかったしどう受け答えしたのかもあまり覚えていないので割愛する。
「ここが統括議会、ね」
つがい教とやらの連中は未だうしろでわたしたちを崇めるように土下座のようなポーズで存在しているが、もう気にしないことにしたらしいノア様が、辿り着いた議会の入り口を見上げた。
「まあ……見た目は教会、だな」
「そうね。わたしたちの常識の数倍大きいけど、形は教会ね」
「超大型巨人でもかがめばギリギリ入れそうな大きさですね……」
「この教会は二百年前、全神国百周年を記念して建てられたものだそうですわ。入り口の巨大門と同じく、多くの神が出入りするという意味を込めて大きく作られているのだとか」
「詳しいな」
「まあ皆さんが何故か外に出るのを渋っている間、私は色々と情報を集めて来てたので」
「やっぱすげえなお前、あの異常な雰囲気の完全耐性とか」
まあ、オトハにとっては全員同類みたいなものだからな。
もしかしたらここでなら、彼女は過去一優秀なのかもしれない。
「しかし、開きませんね」
「アポなしだし当然でしょう。ルシアス」
「あん?」
「ちょっとノックして。強めに」
「おう」
ルシアスが拳を鳴らしながら前に出て、「ふんっ」という気合の入った声と共に、ノックというかもはや殺人パンチが門に命中した。
すると鈴を握ったまま鳴らした時のような音が、思わず耳を覆ってしまうほどの大音量で周囲に一気に響き渡る。
「もう一発―――」
「一回で良いです、なんで二回やろうとするんですか」
「だってノックだろ?普通は二回じゃね?」
思わずたしかに、と納得しかけた自分に若干腹が立つ。
だがそれより、こんなんで開くわけないだろうとノア様に言おうとしたら。
――――ゴゴゴゴゴ、という鈍い音をたてて、門が開いた。
「自分でやっといてなんだが、こんなんでいいのか」
「さて、この国の首魁に会ってみようじゃない。恭順するなら良し、さもなくば……」
「完全に言動が侵略者のそれです、抑えてください」
「提起、侵略者というのは別に間違っていない」
「まあそりゃそうですけど」
リーフのツッコミを聞き流しながら、ノア様の横顔を見る。
―――やはり、昨日の夜からどこか憂いや陰りがある。
昨日ノア様が言っていた、胸騒ぎが関係しているんだろうか。
普段通りに振る舞っているようだが、わたしの目は誤魔化せない。
「ノア様」
「ん?」
「何か話たくなったら、いつでもお申し付けください」
「……相変わらず隠し事をさせない子ね。でもありがとう」
しかし―――実はわたしも、人のことは言えない。
昨晩ノア様から胸騒ぎの話を聞き、ここに近づくにつれて、たしかに何か妙な感じがする。
何とも形容しがたい。不気味さとも、期待感とも、トラウマとも、懐かしさともとれるような、妙な感覚がある。
他の皆、リーフやステアも感じ取っているようには見えないことから、わたしとノア様だけのようだ。
これは、つがいというのと何か関係があるのだろうか。
ルクシアの身勝手な願いにそんな効果があるとは思えないが。
「おお!皆様!わざわざ足を運んでいただかなくともお迎えに上がりましたのに!」
考え込みかけているところで、前方からこちらに駆けてくる姿が見えた。
「マレニエラ、でしたっけ」
「ええ。クロ、撃っちゃダメよ」
「撃ちませんよ。……本当に撃ちませんからその疑いの目やめていただけますか」
確かにわたしがキレる原因になった人ではあるが。
「何かご用でしょうか?」
「ここのボスに会いたいのよ。統括議会の面子はいる?」
「議会の日ではありませんので、十二人のメンバーは今日は私だけでございます。しかしボスというのならば、お目当ては十三人目―――我らが議長ですね」
「はい。お会いできるでしょうか?」
「本来であれば議長は我らとしか言葉を交わしませんが、つがいの御二方ともなれば話は別。すぐに取り付けてまいります!」
マレニエラは信じられない速度でわたしたちを応接間に通し、元来た道を戻っていった。
そしてニ十分ほど経ち、議長との面会許可を持って戻ってきた。