第231話 異質な国
「……ノア様、落ち着いてください」
「今回の件に関しては、あなたが私に落ち着けと言う権利はないと思うわ」
『ボクもそう思う』
言わないでほしい、わたしだってそう思う。
「それは一旦置いといて。何故滅ぼそうと思ったかを聞かせていただけますか?」
「あのド鬼畜ヤンデレ馬鹿女が今回の件に噛んでたからよ」
「ふむ」
ド鬼畜ヤンデレ馬鹿女というのは、もしかしなくてもルクシア・バレンタインのことだろう。
しかし……はて、彼女が今回の件に関わっている?
あの女なら『イチャイチャしないと出られない部屋』とやらにわたしとノア様を閉じ込めるなんて真似はしないだろう。
むしろ全身全霊を賭けてわたしを排除して自分が入りそうなものだが。
「ふ、ふふふふ……あんのクソ女、とことんまで私の邪魔をしてくれるわね……!いいわやってやろうじゃない、今はかなわずとも必ず近いうちに八つ裂きにしてやるわ!せめてもの報復としてあんたの作ったこの国ぶっ壊してやるわよざまーみなさいルーチェ!!」
「依願、落ち着け」
どうやら話が聞けるような雰囲気ではなさそうだ。
ノア様はリーフに任せて、わたしは状況把握に努めよう。
『で、何があったんですか』
『えーっとね、まず君が寝た後、あのマレニエラがここに来たんだよ。オトハとステア以外の全員、どの面下げて来やがったこの野郎って感じで襲い掛かったんだけど』
まあ、わたしをキレさせた元凶と言える存在だし当然か。
『ふん縛って尋問したんだけど、向こうも混乱しててさ。妙に話がかみ合わないから一旦全部相手の話を聞いてみようってなって』
『ふむ、まあ当然ですね』
『そしたらね……』
スイが困ったような顔を浮かべる姿が頭に浮かんだあと、一瞬の間が開いてから彼女は語り始めた。
『どうも、あの国民総出の追いかけっこは、善意100%で行われてたらしくてさ』
『はあ?』
『いや、それが……この国が建国されたちょっと後にね。建国のきっかけとなった英雄が、死ぬ間際に言葉を残したらしくて』
『金と黒のつがいの話ではなく?』
『その続きだね。文献には載ってない公然の秘密みたいなものらしくて、オトハでも調べきれてなかったみたい。……で、その内容なんだけど』
―――金と黒のつがい現れし時、希望と共に絶望の兆しもあり。
―――しかし其のもの、つがいが深き繋がりを経た後に消失する。
―――つがい現れし時のため、『○○しないと出られない部屋』を創造せよ。
………………。
「すいません、『なんでそうなる』って大声で言っていいでしょうか」
『どうぞ』
「いいわよ」
「ではお言葉に甘えて」
わたしは大きく息を吸い込み。
瞬時にリーフが防音をかけてくれたおかげで、遠慮なく大声で叫んだ。
「なんでそうなるっ!!!!」
「どわあっ!?」
あまりの大声に気絶していたオウランが飛び起きた。
わたしは肩で息をしつつ、いくらかすっきりしたので再度話を聞くことにした。
『……それで?』
『伝承を聞いた主様がとうとうプッツンしちゃって、「なに数百年越しで舐め腐ったことしてくれてんのよあのクソアマアアアアアアア!!!」って叫んで魔法を連射しようとしたから、リーフが慌ててこれを止めた。その時にリーフのスカートが思いっきり捲れて、中身見たオウランが気絶』
『妙に幸せそうな顔だと思ったらそういうことですか』
『ルシアスは「とりあえず攻める攻めないは後にして議会の場所は知っとかなきゃだろ」って魔法で目的地を探りに行った。ステアはまあ、精神的に疲れただけ。オトハは……』
それ以降は言わなくても分かった。
ノア様全肯定オタクのオトハだ、滅ぼすと聞いて武器をルシアスに出させ、磨いていたというわけか。
「あ、クロさん、起きたのか」
「こっちの台詞です。パンツ見ただけで気絶とか変態くさいのでやめてください」
「……なあ、クロさんってやたら僕に厳しくない?」
「気のせいです」
貴重なマトモ枠を守るために必死だからだなんて言えないので誤魔化すと、風を切るような音が近くからした。
振り向くと、ルシアスが転移してきたらしい。
「見つけたぜ」
「じゃあ行くわよ、この国全て瓦礫の山に変えてやるわ!」
「再度、落ち着けと言っている」
「クロ!さっきは止めて悪かったわね!今こそあなたの覚醒した魔法を見せる時よ、国中に死の雨を降らせてやりなさい!」
「まあ、やぶさかではありませんが……」
「やぶさかであってくれ」
「お嬢様、武器の手入れが終わりましたわ!若干名残惜しくはありますが、お嬢様をご不快な思いにさせた時点でこの国はギルティです、ぶっ壊しましょう!」
「お前はシンプルに黙ってろ」
まあルクシアが建国に関わっている以上、あの女の息がかかっている国という可能性も捨てきれない。
万難を排すならば確かに滅ぼすべきだが……。
「しかしノア様、やはり宗教をこちらの味方につけるという手は魅力なのでは?一時の激情でそのチャンスをふいにするのは少し惜しいかと」
「一時の激情で真っ先にこの国滅ぼそうとしたのあなたじゃない」
「ぐうの音も出ない正論は今は置いておきましょう。まずはリーフの言う通り落ち着いて考えてみませんか」
「……実際の話をすれば、正直そこまで困るようなことでもないわ。多くの宗教が全神国に妄信的に従うとは限らないし、腐敗が進んでいて全神国を聖地扱いしていないような宗教も少なからずあるから。候補にあった他の二つの国と違ってノーリスクで乗っ取れる可能性が高かったからここを視野に入れたけど、リスクを被るなら普通に帝国と組んで別の国攻めた方が効率は良かったのよね」
「ですが、リスクがないなら王国の時のように乗っ取ってしまうのも手では?滅ぼしてしまうとそれまでですが、残しておけばローとはいえリターンが期待できるでしょう」
「……なんだかその正論をクロに諭されると若干腹立つわね」
「わたしも自分でどの口が言ってるんだと思ってるのでご勘弁を」
ノア様は息を吐き、ベッドに座って口元を抑え、考え込むような仕草をした。
先程までの怒りの表情はなりを潜めている。どうやら我に返られたらしい。
しかし、代わるようにノア様の御顔に浮かんだ感情がわたしの目に映った。
戸惑いだ。
「ご気分は変わりませんか?」
「いえ、クロの言ってることは最もだわ。今まで確かに感情的だったし、壊すのがもったいない国なのも否定しない。けど、何か……形容できないんだけど……胸騒ぎみたいなのがあるのよね、この国」
「そりゃルクシアが関わってるからじゃねーのか?」
「それだけなのかしら……なんだかそれを聞く前、この国に足を踏み入れた時から……落ち着かないのよ。まるで誰かに監視されてるみたいで、頭の中で何かが這ってるみたいな気持ち悪さがあって。それのせいで思考が物騒な方向に持っていかれる感じ」
「監視、ですか?生体感知に反応はありませんが」
「そういう気分にさせられてるって話よ。実際はされてないと思うわ。……そういう気分の時にルクシアの話されて、ストレス爆発したみたい。悪いわね、なんだか感情的な話になって」
「いえ、それはわたしもですので。しかしノア様の勘は当たります。この国はノア様だけが感じ取れる何かがあるのかもしれません。やはりノア様の言う通り滅ぼしますか?」
「んー……いえ、とりあえず統括議会の連中と話してから決めましょう、それからでも遅くはないわ」
「分かりました。ステア……は、連れて行った方がいいですよね」
「酷だけどそうね。精神操作は出来なくても、心を多少読むくらいは今のグロッキー状態でもできるでしょう」
「うう……すべて、滅びて……」
物騒な寝言を呟きながらうなされているステアを見ていると気が引けるが、こればかりは仕方がない。
明日、ステアを連れて統括議会に顔を出そう。話はそれからだ。