第20話 三年後
時系列が飛びます。
「わあああああ!」
「な、なんで、黒髪が魔法を使えるんだよぉ!?」
「はあ、髪色至上主義者共がうろついているのは、どこの街でも一緒なんですね………」
ここは、ティアライト領から遠く離れた場所。
わたしたちの住むこの国―――エードラム王国の南方にある、交易が盛んな領地、セェーン領。
わたしはその領主のいる街で、例のごとく絡まれていた。
「くそっ、魔法が使えねえ!どうなってんだ!」
「ま、待て。風のうわさで聞いたことがある………」
何の策も持たずに二人で突っ込んできたので、普通に闇魔法で魔力を消して終わりだ。
この三年で、わたしも随分と能力が上がったもんだ。
「そ、そうだ。今この街に訪問している貴族、ティアライト伯爵家。その娘はあのノアマリー・ティアライト、王国唯一の金髪の光魔法使い………だ、だけど、それだけじゃない。彼女の隣には、まるで対を為すように黒髪のガキがいて、そいつは見たこともない正体不明の、魔力を奪う魔法を使うって………!」
人のうわさとは本当に伝達が速い。
わたしはただ、突っかかってきたこいつらみたいな連中に対処していただけなのに、既にわたしの闇魔法のうわさが広がってしまっている。
厳密にはわたしの闇魔法は『奪う』ではなく『消す』なんだけど、傍からは奪って見えるかもしれない。
それはともかく、この二人をどうしたものかと悩んでいると。
「ああもう、ノア様の元に早く行かなければいかないというのに手間を取らせてくれますね………」
「おいっ、これは何の騒ぎだ!」
「あ、お巡りさんが丁度いいところに」
庶民の味方、被害者を守る警察官が来てくれた。
「お、おい、ソイツを捕まえてくれ!何もしてないのに襲い掛かってきたんだ!」
「いや、それが仮に真実だとして、八歳の幼女に負けた事実が残ってしまいますけど。いいんですか、あなたそれで」
しかし、世の中というのは本当に黒髪に厳しく、そして四大属性が優位に立っているもので。
「なんと、幼女の姿をした犯罪者か!逮捕だ!」
「このくだり、三年間で何回経験しましたかね………」
お巡りさんはあっさり加害者を信じた。
「はい、これ」
「む?なんだ、余計なことをせず神妙に―――ってこれは、ティアライト家の紋章入りプレート!?」
もううんざりだ。このパターンもう飽きた。
この水戸黄門みたいなの、最初はちょっと気持ちよかったけどやっていくうちに嫌になってきた。
「わたしはティアライト家がご息女、ノアマリー様の従者をやらせていただいている、クロと申します」
「へ?あ、どうも」
この反応も見飽きた。
わたしが子供らしからぬ言葉遣いをしているのに戸惑うんだろう。
そりゃ普通は戸惑う。そうならなかったのはノア様くらいのものだ。
しかし、八歳っぽい言葉遣いをしようとしてもできないのだ。
だってもう、これに慣れちゃってるんだもの。
「此度は、この二人がわたしの髪色を見て襲い掛かってきたため、返り討ちにしただけの正当防衛です。そしてティアライト家の紋章を持つ権限を与えられているわたしを襲ったということは、ティアライト家に対しての損害行為であると言わざるを得ません。どうか厳正な処罰をお願い致します」
「か、かしこまりました!」
「ではわたしは、ご主人様の元へ行かねばならないのでこれで」
わたしは後ろから聞こえてくる悲痛な声を聞きながら裏路地を後にし、大通りを小走りで進む。
黒髪のわたしは大半の人の注目を集めるけど、そんなものはもう慣れた。
目的地は、この街の一等地にある最高級のホテル。
風の魔法を使ってエレベーターを再現しているほどの快適ぶりで、出てくるご飯も美味しい。
わたしはそのエレベーターに乗り、緑色の髪のエレベーターガールに「最上階へ」と伝える。
魔法で浮き上がったエレベーターは、数秒で目的地へとたどり着いた。
「最上階、スイートルームエリアでございます」
「ありがとうございます」
わたしは足を速め、最上階の四つしかない部屋のうち、一番奥にある部屋の前で少し息を整え、ノックをした。
―――コンコン。
「ノア様、クロです」
「開いてるわよー」
扉を開けると、そこは猛烈に広い、前世の電気屋のテレビでしか見たことがなかったような理想空間が広がっていた。
何故電気屋かというと、うちにはテレビなんてなかったからだ。
そしてその部屋の窓側にあるキングサイズのベッドの上で、魔導書を読み漁って寛いでいる人がいた。
「あなたにしては遅いじゃない、クロ。予定時刻丁度よ。五分前行動が基本のあなたが珍しい」
「もうしわけございません。少々絡まれまして」
まあ、そのだらしないのがわたしの主、ノアマリー・ティアライト様なわけなのだが。
「ふーん、ちゃんとティアライト家の名前で処罰してきた?」
「そうするように通りかかった警官に言いつけておきました」
「それでいいわ。そうすることで、ティアライト家の黒髪に手を出したらどうなるかということを思い知らせることが出来るもの」
「結構噂になっているようです。妙な魔法を使う、ティアライト家のノアマリー様の従者がいるって」
「それはいいことね、その噂が広がれば、あなたに手を出そうとする馬鹿も減るでしょう」
ノア様は本を閉じてベッドから降り、こちら側にあった椅子に座りなおした。
「悪いんだけどクロ、お茶入れてくれる?」
「かしこまりました」
お茶の準備をしつつ、お茶菓子も忘れないように取り出しておく。
「どうぞ」
「ありがとう。クロも従者としても風格が出て来たわね」
「いえ、そんな………」
美味しそうにお茶を飲むノア様を見て、自然に顔がほころぶ。
「クロも座って飲みなさい。腰を落ち着けて話をしたいし」
「はい」
ノア様の対面に座り、わたしもお茶をすする。
うん、美味しい。
「本題に入るわよ。何か手掛かりはあったかしら?」
「いえ、今日探した範囲では特には。明日も捜索する予定です」
「本当に見つからないわねえ、劣等髪と呼ばれている子たちは」
「ええ。歯がゆいですが、この三年間、希少魔法の才能を持つ髪色を見つけることはできていません」
ここセェーン領には、ノア様のお父上の計らい(と見せかけたノア様の計らい)によって、各地を回ってノア様が見聞を広めるためという建前で来ている。
その実は稀少魔法の才能持ちを探すための捜索旅行なんだけど、さすがにその建前がある以上、貴族であるノア様がこの辺一帯の領主に顔を見せないわけにはいかない。
そこで、ノア様が動けない間、わたしが捜索する運びとなったのだ。
「あと捜索していないエリアはどこ?」
「この三日間で、高級住宅街や市街地はほぼ調べ終わりました。残すは―――」
わたしは目の前に置かれたこの街の地図の一部を指さす。
「ここ、貧民街です」
「一見裕福に見えるこの街の裏の顔。金も才能も持たない者たちの吹き溜まりねえ」
「はい。ですが危険地帯であるがゆえに、領主もここの内情を詳しく知らない状態です。そしてここはノア様のおっしゃった通り、持たざる者たちが集まる場所です。つまり―――」
「才能を持たないと思い込んでいる、劣等髪と蔑まれる希少魔法の才がいてもおかしくない、ということね」
「はい」
この三年、いくつもの街を回ったけど、どこもハズレ。劣等髪を見つけることはできなかった。
正直、今回も望み薄ではある。けどやるしかない。
希少魔術師を集め、その力を持って世界を征服する。それが自分の命より大事なわたしの主、ノア様の悲願なんだから。
「明日、わたしが行ってまいります」
「却下」
「え?」
「今までのような市街地ならいざ知らず、今回は貧民街。生きるために何でもやるような連中も珍しくないようなところよ。いくら闇魔法を使えるクロとはいえ、危険だわ」
「し、心配していただくのは従者として非常に喜ばしいことですが。しかし、わたし以外は動かせる人員が」
「私も行くわ」
「あ、そうですか。それは良かっ………なんて?」
「今日で予定は全部終わったから、明日は私も行くわ」
「………はあああっ!?」