第230話 偶然と必然
……ああ、思い出した。
非常に腹立たしい気持ちが鎮静化された瞬間から湧き上がってくるが、ボロボロのステアをこれ以上煩わせるわけには行かないという一心でなんとかこらえる。
六秒ほどで怒りが静まり、ふぅと息を吐くと途端に周囲の空気も和らいだ気がした。
どうやらわたしが無意識に殺気を放っていたせいで、他の皆を警戒させてしまっていたらしい。悪いことをした。
「クロさん、正気に戻ったか?」
「ええ、なんとか。心配と苦労をおかけしました」
「まったくですわ。あの程度で心を乱すとは、クロさんも存外まだ修行が足りませんわね」
あれに慣れるくらいならやはりこの国を滅ぼした方がいいと思う、と叫びたかったが、それをこの国の雰囲気に対する完全耐性を有するオトハに言っても負け惜しみとかだと思われかねないのでやめた。
「ところでリーフ。あなたいつまで防音を展開してるんです?もう大丈夫ですよ」
「否定、この防音はあなたの声を閉じ込めるためのものじゃない」
「……?ではなんの意図が」
リーフは何も言わず、窓をスッと指さした。
カーテンを少しだけ開け、下を見ると。
未だに馬鹿共が、こちらを見て口をパクパクさせていた。
「質問―――理解した?」
「……《連射される」
「ストーーーップ!!全然治ってないじゃん!」
「はっ、わたしは何を」
気が付くと速度・連射数共に以前とは桁違いになった魔法を撃ちかけていた。
なんてことだ、わたしとしたことがまだ精神に問題があるようだ。
「……クロ、こっち来なさい」
「あ、はい」
自分の未熟さを恥じているとノア様が手招きをしたので、ベッドに近づく。
「なんでしょう」
「あなた、一旦スイと代わりなさい。その間に寝ておけば精神的には休まるでしょう。細かい話はこっちでやっておくから」
「いえ、しかし」
「いいから。命令」
「……わかりました」
わたしは言われた通りにスイと身体を切り替え、ふっと目を瞑った。どういう原理かは分からないが、入れ替わって内側にいる間はフルオートで動く自分の体を感じるか、何も感じないかを選択できる。
自分の体がどうなったか分からない意識の底、目を瞑るまでもない暗闇の中で眠ろうと試みるが、なんだか寝付けない。
どうやら魔法が完全に覚醒したことで魔力循環が早まり、一時的な興奮状態になっているようだ。肉体的には何も感じないが、肉体精神双方に宿る魔力であれば今のわたしにも影響する。
(いや、ホルンの言葉とスイの状況を考えるなら……魂にも、か)
死霊魔術師にしか知覚することができない未知の力、魂。
わたしが記憶をある程度保持したままこの世界に転生したのは、その魂によるものである可能性が高い。
元の世界でも、魂というものの存在は証明こそされていなかったものの認知されていた。
しかしここで一つ、根本的かつ基本的な疑問が頭をよぎる。
そもそも、なんで自分は転生した?
最初は、恐ろしく低い確率の何かを引き当ててしまったことが原因であると考えていた。
しかしステアが一周目で聞いた話を聞き、ホルンというもう一人の転生者の存在によって、その考えは覆された。
同年代の女が、ほぼ同時期に、似た死の状況で、同じ劣等髪として、性質こそ違えど死を司る魔法を持って、同じ世界から転生した。
絶対に偶然ではない、なにかの意思が介入しているとしか思えない。
人間なのか神なのか、あるいは世界そのものの意思かは分からないが、普通に考えれば何か意味があって転生「させられた」と考えるのが妥当だ。
一体何のために?
そもそもわたしが記憶を取り戻したのは頭を強打したときで、それ以前は転生者だということなんて覚えていなかった。
記憶を取り戻した後も断片的に記憶が欠落し、どうでもいいようなことしか覚えていない。
かつてした気がする―――叶えられなかった約束についても、それ以降思い出すことができない。
そもそもこれが本当の記憶なのか、誰かに植え付けられた架空の記憶という可能性すら存在しているし、事実そっちの方が可能性が高いくらいだ。それならホルンに似た記憶があったことに関しても説明がつく。
しかし、それにしても依然として「なぜ」という疑問は尽きない。
わたしは何者なのか、本当に転生してきたのか、仮にそうだとしたら何故転生したのか。
わたしとホルン以外にも転生者は存在するのか。
多くの疑問が頭に浮かび―――そしてオーバーヒートした。
(あ、ダメだ。こんな疲れてるときに考えることじゃ、無かった……)
しかし、これで寝るという当初の目的は果たせる。どちらかといえば気絶に近いが。
そう考えつつ、わたしは徐々に重くなる体に身を任せた。
『……ロ。クロ!』
『ん……?』
直接頭の中に響いてくるような声で目を覚ます。
完全な暗闇のため正確な時間は分からないが、感覚的に数時間は経過している。
『スイですか、おはようございます。今何時ですか?』
『八時だよ!でもそんな場合じゃない、主様が大変なんだ!』
『ノア様が……?』
主人の危機。
未だぼんやりしていた頭を無理やり覚醒させ、ぐっと力を込めた。
大丈夫だ、頭はクリアになっている。
『スイ、代わります』
一言告げ、体の主導権を取り戻すと、寝る前に見たホテルの部屋が目に入った。
「ノア様!」
「あらクロ、起きたのね」
「……あれ?」
妙だ。
ノア様には一見変化はない。
大変だと聞いたから飛び起きたのに。
と思ったら、たしかに変だった。ノア様ではなく、周りが。
まず、何故かは知らないがオトハが武器の手入れをしている。おそらくルシアスの魔法で持ってきていたものだろうが、そのルシアスはいない。
オウランは何やら幸せそうな顔をして気絶し、ステアは真っ白に燃え尽きたように気絶している。
そしてリーフは、ノア様の横で何かを諦めたかのように項垂れていた。
「……ノア様、なんですかこれ」
「その質問に答える前に、わたしが結論付けたこれからの予定を発表するわ」
わたしたちが、ではなくわたしが、なのが妙に怖いのだが。
そう身構えていると、ノア様はにっこりと微笑んで言った。
「クロ、この国を滅ぼすわよ」
……はて、デジャヴだろうか。