第228話 聖地ハイラント
皆さん、貴重なご意見ありがとうございます。
王道なシチュエーションからまあまあ拗らせてるものまで、どしどし送られてきております。
これからも「自分の性癖はこれだ!」というものがございましたら、遠慮なく送ってください。
「お、お見苦しいところを。まさか私の生きている間にお会いできるとは思っていなかったもので……」
「い、いえ……」
血を吹いて倒れた女性は数分で復活し、わたしたちは屯所の中に通されていた。
「申し遅れました、私はハイラント全神国統括議会最高位・十二聖信者及び、『伝承教』の最高責任者を兼任しております、マレニエラと申します」
「なあおい、統括議会って全神国の政治を司るとこだよな」
「そうですわね」
「……行政、司法、立法をすべて、担う、国内の政治、全決定権を有する、正真正銘の、全神国、最高機関」
「十二聖信者ってのは」
「開示、彼女の言う通り統括議会の二番目の地位、国を直接動かす十二人。人数こそ違うものの、統治という意味では宰相に匹敵する地位」
「……それが、コイツ?」
「マレニエラという名はたしかに調査した名簿にありましたわね。特徴や肩書も一致していますし、間違いないかと」
「いや、偽物かどうかを疑ったわけじゃなくて」
マレニエラと名乗る女は鼻血こそ出さなくなったものの、わたしとノア様を延々と凝視し続けて鼻息を荒くし、時折何かに祈るように手を組んで天を仰ぐ挙動不審ぶりを見せている。
「あ、あの」
「はっ!申し訳ございません、私のような犬畜生にも劣る下等生物があなた方のような美しく気高く高貴なお二方をこれほど見つめてしまうなど!私、至急自害の後即座に転生、願わくばお二方の新居の観葉植物ないしは電灯に転生することを分不相応ながらお許し願いたく―――」
「そこまで言ってないです」
下手したらオトハ以上の変人ぶりに軽く、いやかなりドン引きだが、彼女は自分を「伝承教の最高責任者」と名乗った。
伝承、つまりは『金と黒の番』の話を信奉しているということだろう。
フロムに聞いていた「信仰している対象で十二の派閥に分かれている」という話から推察するに、番の話以外にも色々と信仰するものがあり、それを全部ひっくるめて『伝承教』としているといったところか。
「で、私たちはその十二聖信者とこの国のトップに用があるんだけど。あなたが本人っていうなら話が早いわ、話を通してくれる?」
「仰せのままに!このマレニエラ、命がけで話を取り付けてまいります!」
「んなことに命かけんでも」
しかし、机に頭蓋を叩き割る勢いで頭をぶつけてわたしたちを拝んでいるこのマレニエラと名乗る女が最高責任者の組織、か。
まだ国に足を踏み入れてもいないのに、早くも「帰りませんか」と言いかける自分の口を自制し、とりあえず色々と聞き出してみようと考えた。
「で、あなたの口からこの国がどのような体制を敷いているのかをお聞かせ願いたいのですが」
「私如きの知ることであれば何でもご質問ください!」
いくつか質問をした後、マレニエラは屯所を飛び出し、目で追うのも一苦労なスピードで国内を駆けていった。
「さて、とりあえず入国許可は得たわね。話を少し整理しましょうか」
「嗚咽のせいで上手く聞き取れなかったところもあるしな」
彼女が話した内容をまとめると。
1、全神国は話に聞いていた通り非常に小さい国で、成人男性が外周を一周するのに一日かかるかかからないか、という程度。
2、国内で起こった問題などに関しては、統括議会という政を司る機関が全て取り仕切っている。
3、国民は自らが信ずるもので大きく十二の宗教に分けられている。その各宗派の最高責任者が十二聖信者となるため、国民全員が政党に所属しているようなもの。宗派はあくまで母体のため、宗派の中でも信じるものはそれぞれ違う。親会社と子会社みたいな関係だろうか。
4、十二の宗派は〈伝承〉〈神々〉〈物質〉〈概念〉〈人類〉〈動物〉〈植物〉〈魔道〉〈希少〉〈虚空〉〈天召〉〈現象〉で区分されていて、十五歳になるとどこかに所属することになる。尚、宗派の途中変更は一応可。
5、どの宗派にも所属しない、平等な視点を持つこの国の代表者の一族がおり、その一族から選出された者が代々全神国を治める事実上のトップ。十二聖信者とその一族、計十三人によってこの国は動いている。
「―――って、全神国ってそんな小っせえの?マジか」
「嘆息、これから足を踏み入れる国の詳細すら知らないとは脳筋極まる」
「人聞き悪いこと言うな!お前らがどうせ調べんだから俺が調べたって意味ねーだろ、適材適所だ!……だけどよ、んなちっちぇー国手に入れたところでどうするっんだよ姫さん」
「ルシアス、脳筋。バカ」
「おいステアやめろ!お前の罵倒はこの面子で一番効くんだよ!」
どうやらマレニエラに会ったことで全神国への負の感情が再燃したらしいステアが、うんざりした顔をそのままにルシアスを攻撃。
半泣きになったルシアスに、仕方ないというようにノア様がため息をついて解説した。
「全神国はたしかに小さいし、世界中に疎まれてる。でもね、それはあくまで国家間での話であって、信仰心を持つ者にとっては聖地でもあるのよ」
「聖地ぃ?」
「この国は、全ての信仰を是とする国―――つまり、どんなものでも揺ぎ無く信じる心があれば受け入れられる。信じるものが、邪神や犯罪者だったりしてもね。そしてこの国はそんな体制を敷いておきながら、三百年もの間内戦が一度も勃発していない。ここまで言えばこの国がいかにやっばい国か分かるでしょう?」
「あーー……そういうことかよ」
そう、この国は「自分たちが信じるものだけが正義だ!」みたいなタイプ以外の宗教関係者にとっては、文字通りの『夢の国』なのだ。
どんなマイナーな対象だろうが、どんな悪神だろうが、信じる心さえあれば排他せず、受け入れる。
特殊な髪色を劣等髪と蔑んでいることからも分かるように、この世界の人間は元の世界以上にマイノリティを差別しているが、全神国だけはすべてを個性や人それぞれと捉えている。
「事実、王国や帝国でも全神国を聖地として崇める者は意外といますからね。……そういう輩も劣等髪を差別しているのは笑える冗談ですが」
「あーつまり、全神国を手に入れるのは、世界中の宗教を味方につける足掛かりってわけだな」
「そういうこと。他の国を支配しても所詮は数ある一国を手に入れることになるけど、全神国に限っては世界中の一部を掌握できる確率が高い。私が一番最初に全神国を選んだ理由が分かったでしょう?」
「さ、流石ですわお嬢様!海よりも深く宇宙よりも深い御思慮、私感激いたしました!」
「想起……ノアは『自分を崇める愚民を増やしたい』という理由でこの国を指定していたはず」
「リーフ、余計なこと言わなくていいの。それが理由の八割を占めていたというだけで、こういう考えもちゃんとあったのよ」
「反論、仮にこの国を手に入れたとして、宗教を手足のように動かせるかは未知数」
「分かってるわよ、だからオトハとステアを先行させたんじゃない。ステアの集めた情報によると、これだけの数の宗教が全神国の言うことを聞くという話よ」
ノア様が渡した一枚の紙をリーフは覗き、ため息をついて頷いた。
想像以上の数だったようだ。
「じゃ、そろそろ行くわよ。宿の場所は聞いてるわねクロ」
「聞いてますし、お金も要らないという話でしたが。ちょっと心配なのはどういう反応されるかですね」
「……お嬢、やっぱり、帰らない?」
「ステア、気持ちは分かるけどこらえてちょうだい」
ノア様は椅子から降り、扉を開けた。
わたしは慌ててノア様を追いかけ、全神国に入国した。