第227話 門番
あれよこれよという間に二日経ち、わたしたちは長らく面倒をかけた宿を後にして、一時間半ほど馬車に揺られた。
「お嬢、あそこ」
ステアが指を刺した先には、凄まじく巨大な門が鎮座している。
門には二柱の女神が手を取り合っている姿が描かれており、それは学がないわたしでも一目で芸術作品だと分かるほど美しかった。
「あれがハイラント全神国の入り口か。あんなでっけえ門初めて見たぜ」
「あの門は国境であると同時に、全神国建国期からの遺産でもあるみたいだな。周りの塀もあの高さに合わせて作られてて、全神国を外側から見ようとするのはほぼ不可能だって話だ」
たしかに、あの塀の高さは少し異常と言わざるを得ない。
しかしなんだろう、ちょっとした既視感がある。
そうだあれだ、昔一巻だけ立ち読みした、あの巨人と戦う……タイトルはなんだったか。
記憶からほぼ欠落しているということは、わたしが面白いと感じた漫画だったのだろうか。
「しかし……国境だってのに人が少ねえな。普通は国境ってのは商人やらなんやらで多少は人だかりがあるもんだが」
「そりゃそうでしょう、あなたが商人だったとして全神国でわざわざ商売したいなんて思う?」
「うんにゃ」
「そもそも全神国は秘密主義で半分鎖国しているようなものですからね。その悪名も世界中に轟いていますし、余程の物好きか自分に自信があるか、なんにせよ特殊な人しか入りたいとは思わないでしょう」
「私は非常に良い国だと思ったのですが」
「それはあなたが特殊な人だからです」
遠近感が狂うような大きさをした門の近くまで辿り着き、ステアが操っていた馬と御者も戻らせた。
「じゃあオトハ、やりなさい」
「ええ……お嬢様、本当にやらなきゃダメですの?お嬢様を慕う私としては少々、いえかなり、いえ非常に抵抗があるのですが」
「上手く出来たら三分だけ耳元であなたが望む言葉を囁いてあげるわ」
「誠心誠意っ!心を込めて、お嬢様とクロさんの手助けをさせていただきますわ!!!」
空気の摩擦熱で発火するんじゃないかってくらいの速度で手のひらを返したオトハが走っていった先は、巨大門の前に置かれた門番の駐屯所だった。
わたしたちに気付いた門番が部屋から出てきて、オトハに接触する。
「おお、そなたは。かつて自らが信ずる女神について熱く語ってくれた同胞ではないか……」
「御無沙汰しておりますわ」
どうやら、オトハが以前入国した時と同じ門番だったらしい。
しかもステアの言う通り、本当にオトハのノア様オタクトークを感激しながら聞いていたようだ。一体何を食べたらそんないかれた脳が出来るのか是非聞いてみたい。
「む、あの水色の少女と、それに仲間も一緒な……のか……」
そして門番はわたしたちの方を振り向き、わたしとノア様を視界に入れて完全にフリーズした。
「ふふっ……お気づきになられたようですわね。そう、右におわしますが我が主にして女神、ノアマリー・ティアライト様。そして左におわしますが―――」
ギギギ、という音が鳴るのではないかというほどの動きでオトハに首だけ向き直った門番は、なにやら顔を紅潮させ、うわごとのように「まさか、まさか」と呟き続けている。
そして。
「その番―――クロ・ティアライト様ですわ!!」
オトハがそう言い放った瞬間、いつも間にやら屯所から出て来ていた連中の反応はそれはもう大きなものだった。
まず全員が歓声とも奇声とも似ている咆哮を挙げて一斉に涙し、半分は膝を折って一人は気絶した。
そして一人が涙と鼻水で顔をぐしょぐしょにしながら屯所に戻り、恐らくは通信機に向かって何かを叫んだ。
「ルシアス、なんて言ってるか聞き取れる?」
「門番が『神の御使が!金と黒の番様がご降臨なされたあああああああ!!』って叫んでるな。通信機からは『ほほほほほ本当か!?あまりの信心で幻覚が見えているんじゃないだろうな!?』だと。今は姫さんとクロの外見がいかに美しいかを語って……お、通信機から『十二聖信者様にご報告だああああ!!』って叫び声が」
「カオスですね」
「よくもまあ事実確認もせずにあんなに盛り上がれるものだわ」
「予測、オトハがもたらした情報によれば、金と黒の番は全神国の国民にとっては自分たちの信仰心が生み出した神の使い。それはつまり、自分たちの信仰が揺ぎなくそして正しいものであったという証明なのでは?」
要するにあれか、布教型オタクが自分が好きだったものが大ブレイクしたときのような心情……いや、何か違うな。
「ほらクロ、腕」
「え?」
思考が中断され、ノア様の方を見ると、ノア様はわたしに向けて軽く腕を持ち上げていた。
「えじゃないわよ、私の腕に抱き着いときなさいって言ってるの」
「……必要ですか?」
「当たり前じゃない、出来るだけ夫婦みたいにイチャコラしてないと疑われるでしょ。ほら早く」
「そうですか。……で、では、失礼します……」
わたしはやむなくノア様の腕に自分の腕を絡めた。
……細い。力を込めたら折れてしまいそうな予感がする、しかし同時に強さも感じる腕だ。
「あ、あのノア様。これ、思ったより恥ずかしいんですが」
「あなた意外と初心よね。バレたくなければ堂々としてなさい」
ちなみに私が腕を組んだ瞬間、その様子を目からレーザーでも出そうとしてるのかと疑うほどの目力でこちらを凝視していた連中のうち二人が鼻血を出して気絶、他のも奇声を上げたり祈り始めたりともう何が何だか分からない状況に陥っている。
なんだろう、何故かは分からないけどものすごく恥ずかしい。一刻も早く手を放したい。
だが同時に、そうすることを惜しいと感じている自分もいる。自分で自分の感情が分からない。
「クロ」
「…………」
「クロってば」
「え、はい!なんですか?」
「私たちは番、対等な立場ってことになるわ。けどあなたが話すとうっかり主従関係が出ちゃうかもしれないし、国の中では基本的に私が話す。あなたは人見知りみたいに、私の腕ずっと掴んで陰に隠れてる感じでいなさい」
「は、はい。分かりました」
「それと」
「な、なんでしょう」
ノア様にじっと見つめられて、顔が熱くなる。
今日の顔は変じゃないだろうか、顔赤くなってないだろうか、髪は乱れてないだろうか。
今はそこまで重要ではない筈のことが頭の中をぐるぐる回って、上手く思考を纏めることができない。
「いや、あなた意外と胸小さいのね。もうちょっとフニッとした感触があると思ってたわ」
「まあまあ本気の威力で頬はたきますよノア様」
完全に思考が落ち着き、ここ最近で一番冷静かつ冷ややかな目でノア様を見つめていた、その時。
ゴゴゴゴゴゴ……という音と共に門が開き、完全に開き切る前に扉の隙間から誰かが飛び出してきた。
赤色のボサボサの髪をした、二十代半ばくらいの女性だ。何故かわたしたちを視界に入れる前から顔の穴という穴から汁を噴き出していた彼女は、わたしたちを確認した途端、音速と見紛うほどの速度でこちらに近づき。
ズシャアアアア、という音を立てながら体を前方に倒し―――土下座を、敢行した。
「……えっと」
「ごふっ!」
「ちょ、大丈夫?」
「ぐおああっ!?」
ノア様が声をかけると突如叫びだし、胸を抑えて苦しみだした。
気分はまるでエクソシストだ。
「これもしかして、姫さんの声聞いて感動してるんじゃねえの?」
「要するに、オトハの、強化版」
「ええ……」
あまりの奇行にルシアスは引き、ステアはここ数日で何度か見たうんざりという顔を浮かべた。
突然ですが皆さん、「こういうシチュが好き」みたいなのはありますでしょうか。
皆さんのご意見を参考にしたいので感想なり作者のTwitterなりに送っていただけると何かと助かります。この作品の好きなカップリングなどでも。なんならもう好きなアニメやゲームのカップリングとかでもいいです。
ちなみに作者は自分の作品の中だとホルン×リンクが最強だと思ってます。