第223話 オトハとステアの帰還
リーフを見るたびにしどろもどろになり、その反応にクエスチョンマークを浮かべ続けるリーフ以外の三人は特に何もなく、しばらく経った。
ここから出るわけには行かないわたしたちは趣味や仕事や自主練で時間を潰し、全神国に出張に行っているオトハとステアを待っているだけになっている。
十日経ったらわたしたちも向かう予定だったが、八日目の昼、ノア様の髪を結っていると。
「あれ?ノア様、あそこにいるのオトハとステアでは?」
「あら、本当ね」
少しだけ開けていたカーテンの隙間から、特徴的なピンク色と水色の髪が見えた。
二人は暫くは歩いていたが、やがてピンクの方が耐えかねたように走り出してこの宿屋の中に飛び込み、この建物を倒壊させんばかりの衝撃を伴って階段を駆け上り、やがて扉が開かれ、そこには。
「お嬢様ああああぶあっ!」
いきなり目に飛び込んだ八日ぶりのノア様にキャパオーバーして鼻血を噴き出してその場に倒れる、成長が微塵も見られないオトハの姿があった。
「……あちらお下げしますね」
「よろしく」
どうやら本当に気絶したらしい阿呆をベッドに放り投げようと掴み、違和感に気付いた。
まず、大量の荷物。両手いっぱいに大量の袋をひっさげるその姿は、前世でいうところの金持ちのショッピング、あるいは海外旅行から帰ってきたお土産いっぱいの人みたいな風貌。
さらには着ている服はスパンコールにゴールドの字で『MY GOD』と書いてある。こんなにもダサい服がこの世に実在したのかと、ある意味感心を覚えるレベルのファッションセンスだ。
もし今の彼女がウォー〇ーをさがせに出演したら、あまりの簡単さにクレームが届くことだろう。
こんな目立つ格好の馬鹿を精神操作で隠蔽してくれた我らが切り札に賞賛を送るため、わたしはオトハを扉の傍に立てかけて階段を降りた。
「ステア、おかえりなさい。お疲れ様です」
「クロ……」
既にステアは宿屋の扉を開けたところで、わたしの姿を見た途端に荷物を置いて走り出し、わたしの胸に顔をうずめてきた。
「大丈夫ですか?」
「疲……れた……」
「おや、そんなに長旅だったんですか?そこまで距離は離れていなかったかと思いますが」
「そうじゃない……」
なんだかこっちにも違和感を覚えてそっとステアの顔を見ると、わたしは仰天した。
骨折をした時ですら若干涙目になる程度で表情を崩さない、常時ポーカーフェイスのパッシブスキルを持つステアが。
なんと、誰が見ても明らかなほどに、憔悴していたのだから―――。
「ど、どうしたんですか!?」
「お嬢を、交えて……話す……」
「ちょっ、そんな体で!スイ、代わってください!ステアの体の時間を戻すんです!」
『了解!』
「あ、スイ……久し、ぶり……」
「いや、言ってる場合じゃないじゃん!」
慌てたスイが時間魔法でステアの体の時間を一日戻そうとした。
が。
「あ、ダメだ。やっぱり全然効かない」
「私、魔力多い……あんまり時間魔法、通じない……」
『ああっ、忘れてた!』
「そもそも、一日戻したくらいじゃ、この疲れ、取れない……」
あのステアがここまで疲労を表に出したことなんて、わたしの知る限り一度もない。
世界の終わりと言われても納得しそうな大事件だ。
「というかステア、君こんな体でここまで魔法を?いくら天才っていっても無茶しすぎだよ!」
「だって、あんな服のオトハ……見られたら、お嬢の、沽券にかかわる……それは、お嬢困る……その一心で、私、頑張った……」
『な、なんて良い子なんですかあなたは……!』
「ステア、よく頑張ったよ!君はやっぱりボクらの誇りだ!」
術者の精神状態に性能が左右される精神魔法を、こんな疲労状態の時に発動し続けるとは!
「お嬢に会いたい……」
「勿論だよ、回復もしてもらおう!」
スイはステアを抱え上げ、ノア様の元に連れてった。
ノア様はステアの様変わりに大慌てで回復魔法をかけまくり、ステアの表情にはいくらかの柔らかみが戻った。
その後、三十分かけてノア様とわたしとスイが交互にステアを甘やかし、リーフに大急ぎでホットケーキの材料を買ってきてもらって作って食べさせ、ステアは無事元に戻った。
「もう、大丈夫」
「本当ですか?辛いところなどありませんか?」
「ん、完全復活」
「それならよかったわ。あなたがあんな、三徹した直後みたいな顔をする日が来るなんて……」
『でも普通に戻ってよかった。やっぱりステアはこういう感じじゃなくちゃね』
『珍しく同感です』
男二人も部屋に連れてきて、久しぶりに仲間全員が揃った。
しかしまだ若干一名、鼻血を垂れ流したまま起きない女がいる。
「ステア、確認なのですが。あなたの憔悴の原因は、このスパンコール馬鹿ですか?」
「ううん、違う。……九割は」
なるほど、一割はコイツのせいか。
「リーフ」
「《上昇気流》」
「ぶえっ!?」
ベッドから勢いよく天井に叩きつけられたオトハは、間抜けな声を出して覚醒した。
「おはようございます。随分楽しかったようですね」
「いたたた……クロさん、久しぶりに帰ってきた後輩にこの仕打ちはあんまりでは!?」
「任務そっちのけでそんな浮かれた格好で遊んでくるような愚か者はわたしの後輩にはいません」
「誤解ですわ、これはちゃんと任務を終えた後の観光で買った荷物と服ですわよ!」
「誰が観光してこいと言いましたか!」
「だ、だってあの国はっ―――」
起き上がると同時にわたしに食って掛かってきたオトハと言い合いをしていると、突然オトハの声が止まった。
視界が一ヵ所にくぎ付けになっている。何に対してかは最早説明するなんて馬鹿らしいだろう。
しかし、その様子はついこの間までのオトハではなかった。
ノア様をその視界に収めたオトハは、突然涙を流し始め。
「め、女神様……」
…………。
「オウラン、姉が壊れました。なんとかしてください」
「クロさん、あんたは腐った肉を元の新鮮な肉に戻せるか?つまりそういうことだ」
「なるほど、じゃあ廃品回収にでも出しましょうか」
「何を言いたい放題いってくれてやがりますの!」
「いや、なんか……どことなくついに一線を越えたバカになってしまったんだな、と……」
「たしかに姫さんをを女神のように思ってる節はあったが、崇め奉り始めるまでの域に達するとはな」
「驚愕、人がここまで実在する人物に対して信仰を抱けるとは。本当に心の底からノアを神と信じて疑わないような顔だった」
今まではノア様の美しさを女神と表現することはあったものの、信仰ではなく恋慕に留まっていたのに、何かで箍が外れたか。
「ま、待ってくださいな!ちょっと向こうに長居しすぎて、影響を受けているみたいで……ちょっとしたら治ると思いますわ」
「この馬鹿姉をもっと馬鹿にする国か。ノアマリー様、やっぱり行くのやめませんか」
「なんか、さすがの私もちょっと気が引けて来たわね」
「はうっ!」
「え?どうしたの?」
「ひ、久しぶりに、お嬢様の御声が……ああ、脳のすみずみまで行き渡らせないと……!」
「もうダメなんじゃねえかなコイツ」
ルシアスのかつてない冷静な仮説を内心肯定しつつ、背中からオトハを蹴り飛ばして正気に戻し、ステアと並んで椅子に座らせた。
「まずはお疲れさまでした、二人共。早速ですがハイラント全神国についての報告をお願いします。まずはそうですね、どんな印象を抱きましたか?」
「なかなかに素晴らしい国でしたわ!お嬢様と同じ空気を吸う時間を増やすという人生の主目的が無ければもう一泊したかったです!」
「……二度と行きたくない」
仮にも同じ釜の飯を食い続けてきた二人の仲間の感想が、ここまで食い違うことってあるんだろうか。