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第220話 オウランの感情

 リーフの厳しすぎる言葉に、しかしオウランは何も言えなかった。

 ぐうの音も出なかった。その通りだと思ってしまった。

 自分には、『自分』がないと。

 クロやスイピアのような、ノアに仕えること自体が自己だということもない。

 オトハのような強い感情も、ステアのような自由さも、ルシアスのような目標も。


「助言、別にそれが悪いことではない。むしろある意味、それが普通だと言えるのかもしれない。確たる自分を持っている人間の方がマイノリティなんだから。だけどそれは、ノアの持論には些かそぐわないと感じた。それだけ」

「……じゃあ、教えてくれよ。どうすればあんたらみたいになれるんだ。どうすれば、あの御方に忠誠を誓ってるって、胸を張って言えるようになる」


 オウランはリーフに対する嫌疑すら忘れ、藁にも縋る思いで助言を求めた。


「お前の言う通りだよ。僕は、あの御方の側近として皆より劣ってる。ノアマリー様に付き従いたい気持ちは本当だ、絶対に嘘じゃない。……けどそれだけだ。僕はあの御方に―――『自分の部下以上の何か』に、見てもらっている自信がない」


 クロは側近筆頭、自分の右腕として。

 ステアは妹のように。

 オトハはうざったくも憎めない……ペット?

 ルシアスはいつか自分を超えようとする弟子のよう。

 リーフは、自分とほぼ互角の喧嘩友達。

 きっと、ノアにそう思われている。


 ―――じゃあ、自分は?


 オウランは、その自問に答えが見つからなかった。


「提案。感情を強く持てばいい。人間はほとんどの場合、感情をごまかして生きている。したくもない仕事を笑顔でする人、死への恐怖を勇気と名付ける兵士、自分以外にもっとふさわしい人がいるだろうと身を引く男女」

「感情……」

「しかしそれは、ウチやノアからしてみれば滑稽。何故なら人間は感情で動く()()生き物だから」

「動く、べき?」

「肯定。全人類が感情を押し殺した世界を想像すると、こんな退屈な世界はない。自己よりも他人を優先し、すべての規律を守り、娯楽すらも失われる。極論、神の教えを世界中全員が守ったら、世界はこれ以上なくつまらなくなる」

「それは……そうだな」

「そんな完璧な世界を、ウチは好まない。だったら全人類が欲望と感情のままに生きる、文明もクソもない世界の方がまだマシ。……以上、ウチの持論。だからもっと、感情を盛り上げて生きてみれば?」


 ……説得力があるようで微妙な話だったなと、オウランは思った。

 しかし、少し心が軽くなったのも事実だった。


「感情を盛り上げて、か。出来るかね、十年以上押し殺して生きてきた僕に」

「妙案、姉を参考にしてみればいい。あれは一種の理想形」

「いや、それはイヤだ」

「主人だろうが恋愛感情のままに飛びつき歯向かい、欲望に忠実に、かつ主人には並ならぬ忠誠をもつ。感情論の参考とするには有益だと思う」

「いや、それは絶対にイヤだ」

「そう」


 何故却下されたか分からないというようなリーフに、こいつもしかして天然が入ってるのだろうか、とオウランはなんとなく感じた。


「回帰、話を戻す。この屋敷に突入する?」

「……それは」

「理性じゃなくて、感情のままに話してみれば?」

「……ムカつく。陰湿な仕返しのやり方も、罪のない子供を攫うっていう部分も、それを自業自得だっていうところなんかは昔の自分にかけられた言葉を思い出す。感情的に言えば、今すぐ破壊したい」

「賞賛、その通り」

「で、でもやっぱりダメだ!もし誰か一人でも逃したら?ここ以外にアジトがあったら?あの御方にご迷惑がかかるかもしれないと、そう理性が言うんだよ!やっぱり、そう簡単に感情的には、なれないよ……」

「……?否定。ウチの言い方が少し悪かった。ウチは感情を強く持てと言ったし、理性ガチガチの世界よりはない世界の方がいいとは言ったけど、それはあくまで例え。理性的であることを否定したわけじゃない」

「えっ」

「むしろ、感情と理性を併せ持って、それを上手に使い分けられたら、無敵」


 リーフは無表情でサムズアップするが、なんとなく拍子抜けしたオウランはそれを返すことしかできなかった。


「継続。オウラン、さっき君はこう言った。誰か一人でも逃がしたら」

「あ、ああ」

「ウチがいるのに?」

「え」

「ここ以外にアジトがあったら?探して潰せばいい。だってウチがいるんだから」

「えっと、あの、じゃあなんで僕連れて来たんだ?」

「?頑張ってウチらがやったって証拠が残らないように細工して。ウチ、そういう器用な真似できない」


 オウランは、その絶対的な自信と彼女の激情に、思わずうなずくことしかできなかった。







「……うわあ」


 目の前に広がる血の海を眺めながら、思わずオウランは呟いた。

 あまりの血の量に気絶した奴隷候補たちを介抱しつつ、目の前でこの惨劇を引き起こした少女を見つめる。


「達成。これですべてのアジトを潰したはず。生き残りもいない。オウランの懸念はすべてなくなった」

「お、おう……」


 最初の屋敷襲撃は、屋敷中の人間をほぼ全員リーフが二十秒で殺し、オウランが生き残りを拷問して残りのアジトの場所を吐かせた。

 そしてそのアジト三つもすべてリーフが撃滅。中にはオウランも若干苦戦するのではないかという実力者もいたが、魔法を放つ間もなくリーフが全身の肉を引き裂いた。

 この間僅か十五分。思わず引いてしまうようなスピードだった。


「えっと、名簿にあった構成員の人数とも一致してるし、ちゃんと全員始末できたみたいだ。この子たちはどうする?」

「回答、帝国に送り返す……と言いたいところだけど、生憎今はそんなことをしている時間がない。この街の領主に手配させる」

「いや、取り合ってくれるかそれ?」

「微笑、断ったらディオティリオ帝国全戦力をもってこの国を滅ぼす準備があるとでも言えばいい。そういう時のためにフロム様から何枚か皇帝の印が入った紙を預かっている、それで文書を偽造すれば……」

「悪魔か!」


 これがついさっき自分に、感情だ理性だと説教していた女とは。

 要するに自分勝手に生きたいってことじゃないかと、オウランはため息をついた。


「だけどまあ……羨ましい生き方ではあるよな」

「?疑問、何か言った?」

「お前の言ってたことが、なんとなく分かったかもしれないって言ったんだよ」

「……驚愕。ウチは基本的に説明が下手だと言われるから、理解してもらえるのは新鮮」


 実際の所そこまでよく分かったわけではないが、色々と話させてしまったお詫びにちょっとしたリップサービスくらいは、と思ったオウランは。


「ふふっ、よかった」


 次の瞬間にリーフが血だらけで浮かべた笑いに、抑えていた感情が一気に盛り上がってくるのを感じた。

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