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第216話 船旅

 二日後、わたしたちはフロムから連絡を受け、皇家専用の小さな港に来ていた。


「おお、来たか。丁度最後の点検が終わったところだ」

「ありがとうございます、フロムさん。ここまで大きな船を用意していただけるとは」

「漁師のための船を少し改造したものだ、帝国で海戦用に使っている船に比べれば大した大きさではないさ」

「いえ、十分です。非常に助かります」


 正直、モーターボートくらいの大きさを考えていたが、予想以上にちゃんとした船を用意してくれていた。

 どれくらいというと表現が難しいが、二十人くらいなら余裕で乗れそうだ。


「それでフロムさん、お願いしていた例の男たちは」

「ああ、こっちだ」

「ステア、ちょっとついてきてください」

「ん」


 フロムが手招きするので、わたしはステアと一緒についていき、倉庫のような部屋の中に入った。

 少し歩くと、段々と怒号のようなものが聞こえてくる。


「約束していた例の犯罪者だ。港を襲撃し、漁師を殺して回って金品や魚を強奪していたところを捕まり、反省の色も無かったので死罪が確定している。しかし操船技術は保証できるぞ、どのように使うかは君たちの自由だ」

「ステア、お願いします」

「《精神侵食(メンタルインヴェイド)》」


 声の大きさがマックスになって囚人たちの顔が見えた瞬間、ステアの魔法が炸裂し、揃って大人しくなった。

 人数は三人。動かなくなったところを確認してフロムが閉じ込めていた鉄格子の扉を開け、一糸乱れぬ統率で出てきた。


「ステア、まず身なりを整えさせてください。こんな汚いナリでノア様の前に立たせるわけには行きません」

「わかった」

「フロムさん、シャワー室などありますか?」

「あるぞ。こっちへ」


 フロムに礼を言って三人をシャワーの中にぶち込み、汚れを洗い流させた。

 この後どれほど見た目を美しく出来るかどうかはステアの腕の光る所だったが、若干の心配は杞憂だったようで、見事に三人をどこへ出しても恥ずかしくない船乗りの姿へと変えてくれた。


「素晴らしい。さすがはステアです」

「どや」

「では戻りましょう。わたしたちでも軽く点検をした後、出発します」

「りょ」


 しかし船の所に戻ると、ノア様を含む五人の姿がなかった。

 どこに行ったのかと辺りを見渡すと、すぐそばにある小さな倉庫から謎の煙があがっていた。

 何事かと思ってステアと一緒に走って中を確認すると。


「……何やってるんですか、ノア様」

「見て分からない?魚介焼いてるの」

「まず、どうやって魚介を手に入れたのか、何故こんなところで焼いているのか、そもそもなんで焼くという発想に至ったのか、それぞれ簡潔に説明してください」

「最初の質問の答えは、ルシアスが素潜りで全部取ってきたわ」

「楽勝だったぜ」

「このフィジカルお化けが……」

「二番目の質問の答えは、外が寒かったから。最後の答えはお腹が空いたから」

「何故誰も止めなかったんですか。特にオウランとリーフは何をやっていたのです」

「回答、ウチもお腹空いてた。密漁して売るわけでもないしいいじゃん、と思った」

「ごめん、僕はその……最近肉ばかりだったから、ずっと魚食べたくて」


 思わずため息をついてしまった。

 せめて許可をとるとか、食糧庫からもらってくるとか、そういう発想はなかったのだろうか。


「……あとで一応、フロムさんに一報入れておきましょう。くれぐれも火事にならないよう気を付けてくださいね」

「そんなヘマしませんわクロさん。ルシアス、塩とってくださいな」

「ほらよ」

「完成しましたわお嬢様。小骨に気を付けてご堪能くださいませ」

「あらありがとう」


 ナイフとフォークで優雅に魚を食し、楽しそうな表情をしているノア様に思わず若干目を奪われた。

 だがその直後、ふと素朴な疑問がわたしの頭をよぎった。


「ノア様、確認なのですが」

「なに?」

「その魚って、何の魚か判別してるんですか?」

「してないわね。でも美味しいからいいんじゃない?」

「いえ、そうではなく。毒があるかとかは確かめました?」

「やってないわよ、そんな面倒なこと」

「えっ」


 焼かれている魚が妙に色鮮やかだったのでまさかとは思ったが。


「む、ぐおっ……!?」


 苦しそうな声が聞こえ、まさかと思って目を向けると、案の定腹を抱えて膝をつくルシアスの姿があった。


「は、腹が……」

「ちょっ!?やっぱりそれ食べないでください、毒が……」

「《解毒(アンチドート)》」


 わたしが全員を制するより早く、ルシアスにノア様が魔法をかけた。

 淡い光がルシアスの腹部を包み込み―――。


「おっ、治ったわ」

「お腹が痛くなったということは、胃を溶かすほどの酸性毒か、下痢でも引き起こすやつかしらね。オトハ、解析して」

「かしこまりました。では……あ、美味しいですわねこの魚。でもたしかに毒がありますわ。そう強くないですが、身全体に毒を行き渡らせているために一口分の摂取量が多く、一口食べれば致死量に達してしまいそうですわね。毒の種類としては超強力な下剤のようなものと思って頂ければ。組織は単純なのですぐに魚から分離できます」

「じゃあ全部消毒しておいて。同じ魚があっちにいっぱいあるから」

「承知ですわ!」

「要望。オトハ、こっち先にお願い」

「はいはい」


 …………………………。

 考えてみれば。

 治癒能力で解毒できるノア様、毒に対する完全耐性を持つオトハ、あらゆる耐性を付与できるオウランがいるこの状況では、どんな強毒でも誰も死なないか。

 でも、だからって毒ごと食べようとするって発想にはならないだろう。


「で、クロ。もう出れるの?」

「あ、はい。既に準備は整っています」

「そう。じゃあ食べ終わったら行きましょうか。リーフ、火消えそうだから風送って」

「承諾」


 どこまでもマイペースな仲間たちに半ば呆れながら、わたしも焼き目が付いていた、無難な色の魚を手に取った。







「おっ、動いた」


 普通船乗りが上げるような大きな声もなく、ステアの精神操作によって淡々と凄まじいコンビネーションで船の用意をしてくれた海賊たちによって、船は問題なく出港した。


「吉報を待っているぞ!我が国のため、全神国を手中に収めて来てくれ!」

「うちの姫さんとかお前の姉貴ほどじゃねえが、あのおっさんも相当やべーよな」

「亡き主のためとはいえ、一国の軍人が『国を手に入れてこい』って。しかも自分の腹のうち隠す気まったくないよね」

「必然!ウチが行くから大丈夫!フロム様も気を付けて!」

「任せたぞリーフ!」

「そしてそのフロムの息のかかった女が一人……」

「オウラン、まーだリーフを警戒してんのか。いい加減力抜けよ」

「そうはいってもさ」

「神経質な男はモテないぜ」

「え、ウソ」


 あちこちで思い思いに会話をしている間に、港はどんどんと遠ざかっていった。

 天候は晴れ。波は若干荒れているが、航海に問題があるレベルではない。


「リーフ、帆はお願いしますね」

「了承。最短最速で全神国へ向かう」


 リーフの風を帆に当てて、真っ直ぐに、帆船にしては破格のスピードで進んでいく。


「このスピードなら、ざっと計算して……十日もあれば着きそうですね」

「時化が起きようが凪になろうが、リーフか私が何とかできるものね。船旅よりも向かった先でのことを考えた方が建設的だわ」

「ハイラント全神国……光魔術師に対する優遇がある可能性が高いとはいえ、世界有数の問題を抱えた国です。ステアとオトハを先行させるとはいえ、ご油断なさらないようお気を付けください」

「分かってる分かってる」


 小さな期待と大きな不安と共に、船は進んでいった。

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