第213話 不正投票
「で、最初はどこにしますか?」
「いや、どこにするって俺たちに聞かれてもよ。最終的に決めるのは姫さんだろ?」
「まあそうですけど、一応意見を伺っておこうかと。もしかしたら、下手すると、奇跡が起これば、極小の、10の100乗分の1くらいの確率ではありますが、ノア様の意見が変わるかもしれませんし」
「あんたもう次の目標がどこかわかってんじゃねえか」
むしろさっきのノア様の様子を見て、分からない奴がこの中にいるなら申し出てほしい。
一からノア様の取扱説明書を読み込ませる必要がある。
「じゃあ、多数決を取ります。クーデターの本場、アルスシールが良いと思う人」
ルシアスとリーフが手を挙げた。
「理由は?」
「強い奴と戦いてえ」
「同意、右に同じ」
「はい、分かりました。では次、海洋国家スギノキが良いと思う人」
ステア、オウラン、そしてわたしが手を挙げた。
「ステアは意外ですね。何故です?」
「海を制する国は、世界を制す。論理的に、考えて、海洋技術は、魅力的。真っ先に、欲しい」
「オウラン」
「概ね同じだね。あとは島国なら邪魔も入らなそうってのもある」
「なるほど。では……全神国が良い人」
ノア様とオトハが手を挙げ、頭の中でスイが元気に声をあげた。
「……一応聞きますが、理由は?」
「私を崇める愚民が増えそうだから」
「オトハは?」
「お嬢様をチヤホヤするモブが多いに越したことはありませんわ!」
「モブってあなた」
『ボクは主様がここに行きたそうだったから』
『はい知ってます』
さて、これがただの多数決ならスギノキと全神国の一騎打ちだが。
「えー、事前の打ち合わせによりノア様の選択は八票分の力を持つので、2対3対10で、次に行くのはハイラント全神国に決定しました」
「八票って、スイ含めた俺ら全員同じところに入れたって届かねえじゃんよ」
「わかりきってたけどね……」
「不満、再考を要求する」
「イヤよ。リーフも今は私の配下なんだから、こういう理不尽にも耐えられるようにしなさい」
「自分で言いますかそれを」
というか、理不尽って自覚はあったのか。
今日一番の驚きだ。
「反論、たしかにウチはあなたと行動を共にするけど、配下になった覚えはない」
「あら、じゃあ対等以上の関係を求めるつもり?私に負けたのに?」
「うぐっ」
リーフはたじろいだ。
別にノア様に負けたからってそこに上下関係を持ち出す必要はないと思うんだけど。
いや、リーフはこれでも軍人、わたしとは別の価値観で動いてるんだろう。
「提案、ならばもう一度戦えばいい。勝った方が言うことを聞く」
「なるほどね、良い案だわ。じゃあ早速」
「行ったら本気で怒りますよノア様」
「……と思ったけどやめましょう」
「意外、傍若無人なあなたなら従者の言うことなんて聞かないものと」
「基本的に聞かないけど、クロは怒ると怖いんだもの。あれよ、怒りの沸点が高い人ほど爆発したときヤバイって言うじゃない」
「納得」
散々な言われようだが、二人が止まるなら別に構わない。
「じゃあなんだ、全神国で決定かよ」
「まあいいんじゃないですか。どうせ征服するのですから遅かれ早かれの問題です。なら面倒なところから先にやった方が、考えとしてはいいかもしれません」
「そう言われればそれもそうか」
「ただ、全神国はその悪名こそよく聞きますが、その実態はよく分かりません。鎖国とまではいかないものの、他国との貿易は最低限の秘密主義国家ですからね」
「そこに無策で突っ込むなんてのは馬鹿のすることだな」
「オウラン、一瞬こっちをチラ見したの見逃してませんわよ」
オウランがオトハにマウントポジションをとられてひっぱたかれた。
さすがのオトハもそこまでマヌケではないだろうが、「馬鹿」という単語で一瞬視てしまったんだろう。
「で、どうすんだ?」
「まずは情報を集める必要がありますが、そのためには入国しなければなりません。ですが全神国で我々の髪色が受け入れられるかが定かではない以上、まずは少数を偵察に向かわるのが最善でしょう」
「この中から選抜するってことか」
「目的が情報収集である以上、ステアは確実に必要です。加えてあと一人、サポートとして欲しいですね。ノア様は論外、オウランはノア様の護衛、リーフは顔が割れている可能性があるのでやめた方がいいと思います。つまりルシアス、オトハ、わたしの誰かが一緒に入るべきかと」
「俺の転移か、オトハの毒か、クロ&スイの闇と時間操作か、ってわけだ。悩ましいところだな」
「ただ、わたしは今は闇魔法の出力調整が上手く出来ない状態ですので、わたしが行く場合は実質スイに任せる形になるかもしれません。無論、調整は進めていますが」
「これから短時間でことを成すとすれば、間に合わないでしょうね。時間魔法しかあてにしない場合はクロはやめておいた方がいいと思うわ」
「何故です?」
「スイ、説明してあげなさい」
説明を面倒くさがったらしいので、スイと入れ替わる。
「ボクの時間魔法は、局所的に時を操る魔法だからね。広範囲に対しての時間操作は魔力をめちゃくちゃ使うんだよ。加えて、ステアが強すぎるのもちょっと問題かな」
「というと?」
「例えば何かトラブルが起きた時、ボクは時間加速で逃げられる。けど、多分ボクの魔法はステアに対して効果が薄いから、一緒に逃げられない」
「え、なんでステアに……あっ!」
ステアの魔力量は1450。今のわたしとノア様の魔力を足して、ようやくほぼ互角というくらいの膨大な魔力量だ。
いつもなら頼もしさここに極まれりだが、ここでは障害になる。
スイの時間魔法の自由度は『時間操作対象の質量と魔力に反比例する』。
故に、ステアの底無しに近い魔力は、時間魔法の影響を阻害してしまう。
「でも、時間遡行は、出来た」
「多分だけど、それは『一周目』の時の特訓以前の君の魔力と、特訓後の魔力の差に対して遡行を使ったから出来たことだね」
わたしの記憶では、ルクシアとの戦いより前に測ったステアの使用可能魔力量は900だった。
質量がない「精神」と、1450-900で550程度の魔力のみを遡行させたからこそ出来た芸当だってことだろう。
「んー、なるほど。てことはクロさんはやめた方がいいのか。じゃあオトハかルシアスだけど」
「私はイヤですわよ。私は常にお嬢様の半径100メートル以内にいないと狂ってしまいますの」
「うざったいわね」
「んんっ……!?お嬢様、それいいです!もう一度お聞かせくださいませ!」
ノア様にすり寄ろうとする変態の襟首を掴み、もう一人の意見も聞いてみることにする。
「ルシアスはどうですか?」
「俺は別にいいけどよ。ただ、その潜入って多分時間かかるよな?」
「まあ、そうですね。多くの宗教が混在していますので、当然一枚岩ではないでしょう。ステアがいるとはいえ、集めなければいけない情報は膨大だと思います。細かい所は定かではありませんが、十日前後といったところでしょうか」
「それだとよ、ほらその、女性ってのは色々あるだろ。一ヶ月もかかるなら互いに手助けできる同性の方がいいんじゃね、とは思うな」
「おお、なるほど。たしかにそれは盲点でした」
「あれ?待ってください雲行きが」
ステアは体は十二歳、精神は一周目の問題があるので十四歳。
体の成長に伴って、そろそろ色々とある時期だ。
これはわたしとしたことが、こんな初歩的な気遣いを忘れるとは。
「やるじゃないルシアス、たしかにその発想はなかったわ」
「そりゃどうも」
「ではルシアスは避けましょう。残るは」
「お断りしますわ」
「まだ何も言ってませんが」
「イヤですわ、私は幾度とない遠征で学習したのです!私にはやはり、お嬢様が必要なのだと!常にそのお傍に侍り、その御姿を一日に十二時間以上は視界に納めていないと耐えられないのだと!」
「厄介オタクも大概にしなさい。駄々をこねてる場合ですか、ノア様にとって非常に大事なことなんですよ」
「ですが、それでも!私は」
「オトハ」
「はいオトハですなんでしょうお嬢様ぶえっ!?」
「「「「「!?」」」」」
一瞬だった。
尚も食い下がろうとするオトハにしびれを切らしたように、ノア様が立ち上がった。
声を掛けられて即座に振り向いたオトハの足をノア様が引っかけて転ばせた。
そしてノア様は、満面の笑みでオトハの頭を靴のまま踏みつけた。
……えっ。
「行け。命令」
「……は、はひ♡」
後ろで、オウランがすすり泣く声がした。
ちょっと予定が多く詰まっているため、今年度の更新はここで終了です。次回更新は1月9日の予定です。皆様、良いお年を。