第19話 ゴードン・ティアライト
「開いてるわよ。どうぞー」
扉がガチャリと開き、中に一人の男が入ってくる。
顔は、悪くはないけど特筆するほどでもない普通の顔。
髪色と同じ茶色の顎ひげを蓄え、眼鏡をかけたその男は、なんというか。
「久しいな、ノアマリー」
「お帰りなさいお父様。元気に私を利用してた?」
「なんのことだ」
「娘に利用され、その代わりに私を利用していいと言ったでしょう?どうだったの?」
「ぐっ………」
失礼な言い方をすれば、「頭いいけど周りを見下してて、結果的に噛ませ犬になる」という感じのキャラクターを地で行っているような顔だった。
「………まあそれはいい。私がここに来たのは、話があったからだ」
「あら、何かしら?」
「ノアマリー、お前………」
ノア様の御父上は、わたしを軽く一瞥して鼻を鳴らすと、ノア様に詰め寄った。
「黒髪をこの家に入れているというのはどういうことだ?いくらお前とて看過できん。吉兆の証であるお前が、不吉の象徴を招いてどうする!」
「そんな幸運云々なんて迷信に決まっているじゃない。クロは私が気に入ったから私のそばに置いているの、あなたにそれをとやかく言われる筋合いはないわ」
「ふざけるな、今すぐに追い出せ!王がこのことを知れば、この家が」
「知ったこっちゃないわよ。何か言われたら、『黒髪の美少女を追い出そうとすればノアマリーはこの国を出ていく気だ』とでも言っておきなさい。金髪大好きなロリコンジジイどもはそれでおとなしくなるでしょ」
「な、なんだと………?」
御父上に怒鳴られても、ノア様は煩わしそうに顔をしかめながらも冷静に躱していた。
というか、今「美少女」って言われた。ノア様に言われるとちょっと複雑だけど、照れる。
「そもそも、あなたが私に何か説教垂れることが出来る立場なの?今まで積み上げてきた汚いものを全部崩されたいなら、それ以上意見してもいいけど?」
「じ、実の親に向かって………!」
「実の親だから何?そもそも、あなただって私を一方的に利用しようとしているじゃない。雇ったプロを使って私の部屋を漁って、私が抑えた汚職や不正の証拠を探してるの、知ってるのよ?」
「っ!?」
「でも残念。そんな貴重なものを分かりやすい場所に置いておくほど間抜けじゃないの。もう絶対に見つからないところに仕舞ってあるわ」
ノア様は髪をクルクルしながら、御父上を見下すような目をしていた。
それを見てわたしは、例の大書庫のテーブルの上に、妙に装飾の凝った、紐で止められた数枚の紙があることを思い出していた。
「私に利用されている間は、あなたの成功は保証してあげるって言ってるじゃない。何がそんなに不満なのかしら。ねえクロ?」
「えっ、わたし?はあ、そうですね。成功できるなら別にいいのでは?」
「そうよねえ。だけど小娘に使われているのが気に食わないのか、ことあるごとに突っかかってくるのよこの人。ほんと嫌になっちゃう」
わなわなと体を震わす御父上を、ノア様は面白がるように煽る。
うん、わかってはいたけど間違いない。
「じゃ、実の娘に言い負かされて命運を握られている、成功は外面だけの負け犬さん?用が済んだならとっとと出てって、連れて来た女にでもストレスをぶちまけて来てくれない?私、クロともう少しお話がしたいから」
「こ、この小娘のどこに、お前がそこまで重宝する価値があるというのだ………」
「そうねえ。少なくとも、あなたの百倍は将来性があるところかしらね」
この人、ドSだ。
「じゃあさようならお父様。私は勿論、もしクロに手を出そうとしたら………わかってるわよね?」
***
「はー、面倒だったわ」
「お疲れさまでした、ノア様。お茶どうぞ」
「あら、ありがとう」
御父上を追い出し、ひと段落着いたと言いたげに、ノア様は疲れた顔でお茶をすすった。
「でも、あそこまで煽って大丈夫だったですか?」
「ええ。あれくらいやらないと調子に乗るもの」
体を伸ばし、リラックスするように椅子に深く座って、一緒に持ってきたお茶菓子を食べるノア様は、猫みたいで可愛らしかった。
「さて、お父様はあれでいいとして。クロ、そろそろ本格的に、希少魔術師の才能を持つ子たちを探すわよ」
「希少魔術師の才能、つまり劣等髪と蔑まれる人ですか」
「早めに見つけておかないと、才能を伸ばす時間が無くなるわ。そのうち私が戦場に出ることになっても、私を狙う敵国の連中を全員駆除できるくらいの強さがないと困るのよね」
「ですが、希少魔術って言うほどなんですから、そう簡単に見つからないのでは?」
「そうなのよねえ。軽く調べたけど、千年前よりもさらに少なくなっているみたい。希少魔法を開花させている人間が途絶えてしまったから、その魔力が受け継がれにくくなっているのよ。今ではほとんど、突然変異に近い形でしか産まれないみたい」
魔法の属性は、親や祖父母といった血縁者から受け継ぐことが多い。
だけど稀に、遥か昔の先祖の髪色を受け継ぐことがある。
その受け継ぐ色が、ピンポイントで希少魔術師の色なのが、現在の劣等髪と呼ばれる存在。
「どうやって探しますか?」
「貴族の娘とはいえ、私もまだこんな幼い。大規模に捜索するように人員を手配するには無理があるわ。従って、旅先とかで見つけるしかないわけなのだけれど、望み薄ね。少ない情報を精査して探していくしかないかしら」
「あの書庫に、捜索のアイテムとかないんですか?」
「あったらとっくに使ってるわ」
この世界の稀少魔法の使い手、劣等髪の出生率は本当に少なく、おそらく一つの国に三人いれば上出来ってほどだ。
そもそも、その中でもトップクラスに使い手が少ない闇魔法と光魔法のわたしたちが、こんな簡単に出会えている時点でびっくりするくらいの幸運。
この情報を基にするなら、この国にいる稀少魔法の才能持ちは、あと一人いるかいないかだろう。
「本当に、ノア様に見つけていただいたので一生分の運を使い切ったんじゃないかってくらいの確率だったんですね、わたしたちって」
「まったくね。あーあ、希少魔法の使い手さえいれば、探すのも楽なんだけれど。光魔法も闇魔法も、人探しには適してないし」
「その希少魔法の使い手を探す手段で困ってるんですよ、今」
「とりあえず、お父様に『見聞を広めるため』という建前であちこちに馬車を出して貰って、地道に探すのが一番効率的か。ああめんどくさい………」
ダレてしまったノア様を励ましつつ、わたしは。
ちょっと。ほんのちょっとだけだけど。
このまま、二人だけで世界を取るのも悪くないなあ、と思ってしまった。