第210話 共通の目的
七時間ほど経ち、すっかり日も落ちた頃、同じタイミングでノア様とリーフは起きて来た。
丸一日寝ているんじゃないかと思っていたが、体力の回復速度はさすがといったところか。
「よし、では明日、リーフは生きていることを国民に知らせる。その後は君たちに任せていいんだな?」
「ええ。ちゃんと私が死んだとも言ってね」
「分かっている。一週間ほどで撤回すればよいのだろう」
「そう、王国を欺くために嘘をついたごめんなさいってね。それで半月後くらいに正式に降伏するから。あとは王族とか諸々全員ギロチンで首ちょんぱして帝国に領土を併合、それでこの大陸の半分以上が帝国の支配下に置かれるわ」
「嘆息、相変わらず下衆な計略」
「やあねリーフ、照れるじゃない」
「褒められてません」
ノア様の売国計画は着々と進んでいた。
成功してしまえばノア様は敗戦国の最後の王、普通は処刑だ。
だがノア様は光魔術師。それだけでこの世界では殺さないで利用する価値がある。
それも普通は奴隷のような待遇だろうが、今回の一連の計画の黒幕であるノア様はそうなることもない。
で、帝国を利用して世界を侵食し、征服するつもりだろう。
「じゃあ、あとはよろしくね」
「む、帰るのか?」
「ええ、暫く身を隠すならここにいる必要もないし。ルシアス、長距離転移の用意」
「あいよ」
ノア様はルシアスに近づき、ルシアスも魔法の準備を始めた。
わたしとオウランも二人に近づき、大書庫に戻ろうとした。
「待て」
しかしその前に、フロムがわたしたちを呼び止めた。
「何かしら?」
「最後に一つ聞かせてくれ。ノアマリー殿、君の目的はなんだ?」
「私の目的、ねえ」
ノア様はその質問に、意地の悪そうな笑顔を浮かべて答えた。
「世界征服」
「………」
「私は、この世界を手に入れる。大地も、海も、空も、人間も。この世のすべて私の手にあり、知恵あるものすべてが私に傅く世界にする。それこそが私の目的」
「ほう。強欲だとは思っていたが、これほどとはな」
「……呆然。何故そんなことを考える?」
「簡単よ。私はね、誰かに見下されるのも、誰かを見上げるのも大っ嫌いなの。だから世界で一番偉くなる。それだけ」
「自分勝手な考え方だな」
「そう?少なくとも今の世界よりは、マシに出来ると思うわよ?私と、私が選んだ子たちだけが偉い世界。私が絶対の存在となり、私のお気に入り以外はすべてが平等な世界。争う必要は消え、今まで人を殺すために磨いてきた技術は繁栄の技術へと変わっていく。そして発展した技術を使って私は楽に生きる。素敵でしょう?」
「相変わらず、怠惰で強欲で傲慢なお考えですね」
「あらクロ、不満?」
「まさか。その世界でも、きっとわたしはあなたにこき使われているのだろうと今からため息が漏れるだけです」
「当然じゃない、あなたみたいに優秀な子を遊ばせておくなんてとんでもないわ」
「オトハはペットか何かにしたとしても、僕にはちゃんと良いポストをください」
「望む役職をあげるわよ、貴方たちには」
「その世界を実現してやったら、俺と本気で戦ってくれるんだよな?」
「無論ね。楽しみにしてるわ」
なんの躊躇もなく、噓偽りもなく、ノア様はそう言った。
リーフはノア様の言葉に心底呆れた顔をし、フロムは顔を伏せ、体を震わせていた。
世界すべてを敵に回すようなノア様の言葉にリーフ同様呆れたか、それとも正義感からの怒りか。
しかし、その予想はどちらも外れていた。
「……ク、クク」
「フロム様?」
「クハハ、ハッハッハッハ!」
唐突なフロムの笑いに、リーフすら戸惑いを見せた。
子も同然のリーフでそうなのだから、わたしなど猶更だ。
「ハッハッハ……いや、失礼。君の思想を笑ったわけではないのだ。むしろ、感嘆した」
「へえ?」
「まさか、まさかだ。我が主と似たようなことをいう者が現れるなど、夢にも思っていなかったのでな」
「主って―――皇帝のことですか」
「ああ。陛下は君と似たようなことを言っていた。自分こそが世界を手中に収めるべき存在だと。争いのない世界を、自分が絶対君主として君臨することで実現させると。……驚いた、あの御方よりもくだらん理由で世界征服などと言う娘がいるとは」
フロムはひとしきり笑い、先ほどまでとは違う、好奇心に満ちたような顔でノア様を見た。
「陛下はおっしゃった。『余が世界征服を成せずとも、余の子孫が野望を引き継いでいってほしい』と。……しかし、無理だった。ディオティリオの血筋は絶え、あの御方の思想はワシでは引き継げない。せいぜい陛下を殺した輩共へ復讐するくらいしか出来んだろう」
「そうね。あなたは強いけど、世界を覆う器ではないでしょう」
「言うな、自覚はある。だが君は違うだろう。あの御方が成せなかった野望を実現しようと目論む娘、か」
そして、その後に繋げた言葉は耳を疑わざるを得ないぶっ飛んだ話だった。
「リーフ、お前も力を貸してやれ」
「え?」
「「「は!?」」」
側近が全員素っ頓狂な声を上げ、ノア様もさすがに予想していなかったようで目を見開いた。
「……確認。フロム様、もう一度言って」
「お前も手を貸してやれと言った。彼女の世界征服とやらにな」
「困惑、意図が分からない。何故?」
「そ、そうですよ!いえ、我々としてはリーフがこちらの戦力になるのは歓迎すべきことですが!それをあなたが支持するメリットはない筈です!」
「それは違うな、メリットならばある。まず君たちも分かっているだろうが、リーフは強すぎる。その気になれば帝国の全国民を皆殺しに出来るほどにな。それほどの大戦力を、このまま国内の政治処理に向けるのは勿体ない」
「そりゃわかるが、そこからなんでうちの姫さんに付き合わせるって話になるんだ?」
「主を失った今、ワシがしなければならないのはあの御方が残したもの―――このディオティリオ帝国という国家を継ぐことだ。しかしワシは、あの御方と同じ立場に就くなどという不敬を働く気はない。だからこそこう考えた」
フロムは今までに見たことがない悪い笑みを浮かべて、自分の野望を吐いた。
「ワシはな、リーフを王にしたいのだよ」
「……へぇ?」
「侵略国家において最も重視されるのは、無論だが強いことだ。その点に関してはリーフは申し分なかろう。君と共にいることでここから強くなるかもしれんしな」
「きょ、驚愕!フロム様、そんな話聞いていない!」
「今思いついたからな」
「なーるほど。合点がいったわ」
ノア様もまた、フロムと同じように悪い顔をしていた。
「要するに―――私が世界を手に入れるまでは力を貸してやる。その後にリーフに私を殺させて、世界ごと奪ってやる、ってことね」
「んなっ!?」
「察しがいいな」
「ちょっ……そんなの、了承するわけないだろ!?」
オウランが慌てて止めに入った。
しかし私はその話を聞いても、オウランと同じようにはしなかった。
次の展開が手に取るように分かったからだ。これはノア様との付き合いが長いからか、それともスイを宿したことによって未来予知でも出来るようになったか。
「そんなの、こっちがリーフを受け入れなければいいだけだ!ですよね、ノアマリー様!」
「そうだな、オウラン君の言う通りだ。どうするノアマリー殿?」
「そんなの決まってるじゃない。親の同意も得たことだしほら、こっち来なさいリーフ」
「ですよね!ほらリーフ、大人しくこっちに……あれ!?」
でしょうね。
【お詫び】
たびたび感想等で、「ルシアスとルクシアの名前が紛らわしい」というご意見を頂いています。
実は当初、二人は腹違いの兄妹という設定があったのですが、内容を吟味した結果それをやめて、しかも名前をそのままにしてしまったのが原因です、ここにお詫びいたします。
読者の皆様にはご不便をおかけしますが、ここまで統一してきたため、名前はこのままにさせていただきます。何卒ご了承いただければ幸いです。