第209話 過労の原因
「んー……さて、私は寝るわよ」
「ベッドメイクは済んでいますので、どうぞごゆっくり御入眠ください」
「流石はクロ、気が利くわね。リーフはどうする?」
「無論。寝る。丸一日あなたと死闘を繰り広げて脳が既に活動を拒否している」
「そうだと思ってあなたの分もノア様の隣の部屋に用意しています。部屋までご案内しますのでそれまで耐えてください」
「謝意、非常に助かる」
眼をこするノア様の手を取り、フロムの背中で眠気と悪戦苦闘しているリーフを連れてベッドルームまで連れていった。
ノア様のお召し物を一瞬で脱がせて一瞬で寝間着に着替えさせると、ノア様はギブアップと言わんばかりにベッドに倒れこんだ。
数秒で寝息を立て始めたので、体制を整えて布団をかける。
リーフの方の部屋に移動すると、軍服のままで掛け布団の上に寝っ転がっていた。
「おいリーフ!……まったく、仕方のないヤツだ」
「大丈夫です、こんなこともあろうかともう一組ずつ掛け布団を持ってきています」
「優秀だなあ、君は。引き抜きたいくらいだ」
「お気持ちはありがたいですが、わたしは後ろでだらしのない顔で寝ている御方に忠誠を誓った身ですので」
リーフに布団を被せ、オウランとルシアスを待機させている会議室に戻った。
勿論フロムも一緒にだ。
「オウラン、通信の魔道具は?」
「用意しておいた。誰に繋げる?」
「最優先はステアです。計画を次の段階に移す必要がありますから」
オウランは頷き、ゴムボールのような魔道具を何度か握った。
すると魔導が小刻みに動き出し、やがて止まると、ステアの声が聞こえて来た。
『もしもし』
「ステア、わたしです。大丈夫ですか?」
『問題なし』
「何よりです。ノア様とリーフの戦いに決着が着きました。ノア様の勝ちです」
『お嬢、すごい』
「というわけで、計画が次の段階に移ります。『ノア様死亡、リーフ生存』という旨の密文書を偽造し、今から三日後辺りに王族たちに荷造りでもさせてください。あと正式な亡命の手続書も国王に書かせるように。それを精神操作していない人間にも目撃させ、噂を広めるように仕組んでください。あとはこちらでなんとかします」
『了解』
「ご飯とかは大丈夫ですか?毎日ホットケーキは体に悪いから、ちゃんと野菜も食べるんですよ」
『大丈夫、好き嫌い、しない』
「いい子ですね。ではもうしばらくそこで待機を」
『ん』
さて、ステアは問題なしと。
「じゃあオウラン、オトハの対応はお願いしますね」
「なんで僕が!?」
「姉弟でしょう。あなたほど適任もいないと思いますが」
「イヤだよ、どうせアイツはノアマリー様が勝ったって話聞いた辺りで気絶するか、興奮でノアマリー様トリップが始まるんだから!」
「そう姉を蔑ろにするものではありませんよ。ほら、スタート」
「うわっ、ちょっ、と……!?」
魔道具を起動させ、オウランに投げてよこす。
オウランは慌ててキャッチして切ろうとするが、時すでに遅し。
ノア様からかもしれない連絡はワンコール以下で出るオトハの声が部屋に響いた。
『お嬢様!お嬢様ですわね!?嗚呼、あなたの御声が聞けないこの数日は地獄の針山で全身の急所を貫かれるが如き苦痛でしたわ!さあ私めにその美声をお聞かせくださいませ!』
「……僕だけど」
ブツッ。
………。
「おい、あいつ切りやがったぞ」
「あのバカ姉、どうやったらマトモになると思う?」
「一生無理だと思うので諦めてください。ほら、もう一回」
オウランは何か言いたげだったが、諦めるようにもう一度連絡を入れた。
『……なんですの?あなた今お嬢様といるのでしょう、さっさと代わりなさい』
「お前、弟に対して何か話すこととかないのか?」
『姉を蔑ろにする弟が姉に優しくされるとでも?』
「蔑ろにされたくないなら、もう少しマトモになってくれないか」
『なにを言うのです、私はマトモですわ。お嬢様の魅力に心酔せず、お嬢様こそが世界のルールそのものであるという極めて単純かつ簡単なこの世の真理に気づかない愚民たちがおかしいのです』
「なんか『自分以外が皆迷子になった』理論を展開し始めましたね」
「相変わらず俺らの中でぶっちぎりで頭おかしいなアイツ」
「……その話は後で聞くから、とりあえず仕事の話していいか」
『分かりましたわ。じゃあ私はその話をするまでに「ノアマリー・ティアライト様の栄光~我が麗しき主の覇道の軌跡~」を完成させておきますわね』
「ナニソレ」
『私が日々したためているお嬢様の麗しさを文章にした作品ですわ。そろそろ三千ページに突入しそうです』
「ノア様が言うまでもなく、既に辞書級のオタク怪文書を創作していましたか。あの子の頭のイカれ具合を侮っていましたね」
「絶対読みたくねえ……頭がおかしくなるの確定だろ」
「それでオトハ、そっちの件なんだが」
オウランは何も聞かなかったかの如く話を進め始めた。
諦めたようだ。
「ルクシアたちの痕跡とかは掴めたか?」
『いえ、それらしきものはなかったですわね。めぼしい魔道具の類いもすべて持ち去られてますし、逆に罠などもなかったですわ』
「そうか。まあ元から期待は出来なかったしな」
『ただ、うちの書庫にはない我々の希少魔法の魔導書が何冊か。今回の迷惑料として持っていってもいいですわよね?』
「いいんじゃないか」
『じゃあ袋にしまっておきますわ。それで、そちらはどうなっているんですの?』
「ああ、うん。決着は着いたぞ。ノアマリー様の勝ちだ」
『おお、おおおおおお……!素晴らしいですわ!さすがはお嬢様です、この目に顛末すべてを焼き付けられなかった運命を呪いたい!いくらクロさんの負担を軽減するためとはいえ、何故私はこのような遠方に!嗚呼、きっとその御姿は勇ましくも美し』
ブチッ。
今度はオウランがいきなり切断した。
「あいつ帰ってきていい時間伝えなきゃならなかったんじゃねーのか?」
「ほっといていいよ、どうせ当分はトリップで使い物にならないだろ」
「そうですね、今夜にでももう一度連絡すればいいでしょう」
「君達、彼女の扱いだけが酷く雑だな」
「いや、あれで仕事は有能なんですよ。でもノア様が絡みだすと頭がおかしいことを連呼しだすので扱いに困るんです」
「それが結局、あの雑な扱いになるってこったな」
「あいつのアホのおかげで、僕まで何度巻き添えを食らったことか……」
オウランが項垂れる。
側近の中で過労度をランキング化するとしたら。間違いなくわたしの次はオウランだろうな。
しかもその過労の原因の大半が姉。可哀想に。