第207話 決闘と観戦
雷鳴が轟き、空が何度も光る。
恐ろしいほどの強風で、窓がガタガタと揺れているのが分かる。
しかし妙だ、雷は目視出来るし、風もまるでハリケーンを連想させるほどのものなのに、雲がない。
まさに雲一つない晴天、お出かけ日和という言葉が合うような天気にも関わらず、帝国の帝都から十数キロほど離れているであろう場所には、雷と光線が飛び交っていた。
その様子をわたしは、わざわざ用意した椅子で見ていた。
紅茶を飲んで落ち着き、ほっと息をつく。
「……なあ、クロよお」
「なんですかルシアス。わたしは今、久しぶりに気の休まる時間を過ごしているのですから手短に」
「あんたのそのリラックスぶりで、いつもどれだけ苦労してるのかは分かるけどよ。いいのか、あれ?」
この場にもう一人だけいる側近、ルシアスは雷と光が入り乱れる空を指さした。
「わたしだって許容したわけではありませんが、ノア様の計画ですし。それに、あの二人はもうずっと消化不良を引きずっていたようなので、そろそろ発散させた方が良いでしょう」
「だがなあ……」
雷と光。
勿論正体は、リーフとノア様だ。
あの密談から一週間、ついに国から送らせた命令書が届いたので、ノア様は堂々と帝国に侵入。
狙うは皇帝の首一つ、とでも言いたげに帝都に入り、そこでリーフと交戦に入った。
帝都の民衆は大慌てで、街は誰一人として歩いていない。
そしてわたしは、もぬけの殻に近い状態の帝国城の上層、一面を窓で覆われた階に陣取っている。
「クロ、心配じゃねえのか?」
「さすがに、同盟組んでいる立場で本気で首を狙いに行きはしないでしょう。だからこうやって、終わるまでゆったりしてればいいんですよ。……いつぶりでしょう、やることがなく、ただ静かにこうやっていられるというのは」
「……これからは出来ることは手伝うことにするわ」
「それはどうも」
「い、いや、そうじゃなくてよ。……もうあいつら丸一日戦ってるんだぜ!?おかしいだろうよ!」
「かつて、ハルとルーチェは七日七晩戦い続けたといいます。規格外の魔術師にとっては一日程度問題ないのでしょう。前回は短期決戦を狙ったがゆえに最高位魔法を二人とも使ったそうですが、今回は使っていないようですから燃費よく戦えているようですね」
「にしたってだろ!空中で360度どこから攻撃が来るか分からない状況で、飛行魔法を維持したまま攻撃を打ち合うってなんだよあの二人!」
「なんですか、あなただって一日戦い続けるくらいできるでしょう?」
「相手が格下ならな!互角の相手と丸一日とか、集中力が持たねえよ!」
「それが出来るからこそあの二人は強いんですよ。わたしたちも精進が必要ですね」
「努力で身に付くもんなのか、あれは……!?」
ルシアスの言葉を左から右へ聞き流し、紅茶を再び啜った。
皇帝も愛飲していたというだけあって、非常に美味しい。
「む、ここにいたのか」
「おお、フロムさん」
「こんにちは、良い天気ですね」
「それは君なりの洒落か……?」
体の力を抜いていると、階段からフロムが降りて来た。
一週間前と比べて、目の下に隈は出来ているし、心なしか少しやせた気がする。
「大丈夫ですか、フロムさん」
「大丈夫ではないな。陛下の死の偽装もどうしてもワシが動かなければ隠せない部分があるし、それに加えて君たちが以前この城を襲撃してきたときに殺してくれた兵士の埋葬、その他諸々……老骨に鞭うつにも限度というものがあると思わんかね」
「心中お察しします」
「死んだ兵士については、カメレオンの謀反ということで話のつじつまを合わせた。ルクシアに魂を売った連中だ、大嘘というわけではあるまい」
「恨まないのか?殺した兵士はあんたの部下だろ」
「戦争だぞ。命のやり取りは当然だ、いちいち人を恨んでいてはキリがない」
「素晴らしい心構えだと思います。それで、皇帝はやはり死を偽装するのですね」
「今あの御方が亡くなったと分かれば、国民に不安が広がる。仕方があるまい。お亡くなりになったことを広めるのは、戦争が終わった後で良い」
ちなみに死の偽装方法は単純。城勤めの人間全員、ステアの精神操作で認識を誤認させればいい。
新しい女中や世話係は皇帝の世話をしていると思い込んでいるだけで、実際はパントマイムしているだけだ。
他にも、フロムの声を皇帝の声と誤認させるなど、色々と改竄している。
さすがは側近最強、それをものの数秒で終えてしまった時はちょっと引いてしまった。
「ところで、他の三人はどうしたのかね?」
「ステアは王国の王都に。後に国王がどれだけの非道を行っていたかとか、逃げようとしてたとか、あることないこと国民に吹きこむ必要がありますからね。その噂流し役や密告者役、その他細かい指令を出すために行ってもらいました」
「ふむ、なるほど」
「オウランは爆弾を仕掛けに行きました。万が一誤作動が起きても、彼なら耐性魔法で防げますからね」
「オトハ君は?」
「共和国連邦で、ルクシアたちのかつての拠点の調査です。ちなみにわたしはノア様とリーフの戦いの行方を見届ける役なのでここに、ルシアスは魔法で各地に三人を転移させて魔法が暫く使えないので休憩中です」
「側近筆頭の君が一番楽な仕事なのか?」
「フロムさん、それは言わないでやってくれや。この人はいつもは忙しいんだ。それも俺ら他の側近の倍はな。なまじ優秀なせいで姫さんの雑用を全部ワンオペでこなしてるんだよ。昨日今日が暫くぶりの休暇なんだ、そっとしておいてやってくれ」
「前言を撤回しよう。苦労しているのだな、君も」
「お心遣いありがとうございます」
中身が無くなった紅茶のカップを横の机に置き、椅子に深く座って伸びをした。
すると静かにルシアスがおかわりを淹れてくれていた。どうやら本当に労わってくれているらしい。
お礼を言ってもう一度啜る。
「いつ終わるんだろうな、あの二人の戦いは」
「今日か明日には終わるんじゃないですか?さすがに魔力が持たないでしょう」
「この世にリーフに勝る能力を持つ魔術師などいないと思っていたが……ルクシアといいノアマリー殿といい、世界は広いものだ」
「千年前からの魔術師であるその二人は比較対象には合わない気もしますがね。リーフと比べるなら、ステアが妥当でしょう」
「精神魔法、だったか。あの娘の働きは幾度となく目の当たりにしたが、つくづく君たちが味方で良かったと認識する。この魔法抵抗力を七倍にする『恩寵の指輪』でも、彼女の魔法は防ぎきれぬだろうな」
『一周目』でどれだけの努力を積んだか具体的には聞いてないが、事実あの子の魔法は、極め具合だけでいえばノア様すら上回っている。
加えて、恐らく現代最高値であろう魔力量。
わたしの魔力量も、スイを体に宿した影響で既にノア様とリーフを上回っているものの、それでもステアの六割もない。
つくづく思う、わたしたちにとっての最大の幸運は、ステアを見つけたことなのではないかと。
「そーいやクロ、お前の今の魔力量ってどれくらいだったか?」
「840です。元の倍以上になってるのですが、そのせいでまだ魔法の出力に慣れないんですよ。制御できれば格段に強くなれるでしょうが、かなり時間を要しそうですね」
「スイに手伝ってもらえばいいじゃねえか。そっちは元の魔力量と大して変わらんから、千年前と同等のパフォーマンスが出来るんだろ?」
「ボクもそう思ったけど、闇魔法は他の魔法と原理が違いすぎて互いに参考にならないんだよ」
「うおっ!急に代わるなよ、びっくりするだろ!」
「髪色の変化で慣れてもらいたいね」
闇魔法は、歪みと消去を司る属性。
理を捻じ曲げる力であるがゆえに、他の魔法とは質がまったく異なる。
特に時間魔法や空間魔法のような、世界の理そのものといっても過言ではない力と比べれば尚更。
「クロと姫さんの二人で何とかしなきゃならんってわけか」
「もしクロが完璧に制御できるようになれば、ボクたちと互角くらいの域には達せるだろうと思うけどね……っと?」
「おっ」
「むっ!」
スイに貸した体は自由が利かないが、スイはわたしが望んだ方向を見ていた。
ノア様とリーフが戦っていた場所から、音が消えた。
そして代わりに、二つの小さな光が下に落ちていく。
「決着した、か?」