第206話 売国
「……詳しい話を聞こう」
フロムは大分唸っていたが、やがて覚悟を決めたかそれとも諦めたか、頭を片手で抱えたままそう言った。
「そうねえ、話の流れはこういうのはどうかしら?」
それに対し、ノア様はまったく笑みを崩さず、心底面白そうに話している。
「私とリーフの激戦の話を聞いたエードラム王家は、リーフの強さと私の謀反にビビっていた。そこで、私とその側近を無理やり帝国に送り込み、リーフと再び衝突させた。私とリーフが消耗したところで、王家は私たちを二人まとめて爆弾かなにかを用いて殺そうとした」
よくもまあ、嘘だらけのシナリオがポンポン出てくるものだと、呆れと感心が入り混じった複雑な感情がわたしの中に巡っていた。
「しかし王家には、『ノアマリーは死亡、だがリーフは生きている』という、考えうる限り最悪の報せが飛び込んできた。慌てた王家はリーフを恐れ、逃亡を図った。しかし私は本当は生きていて、帝国に匿われていた。忠誠を誓っぶふっ。……失礼」
自分が国に忠誠を誓っていたなんていう、ギャグ以外の何物でもない言葉が自分でツボったらしく、ノア様は口を抑えてプルプル震え始めた。
やがて落ち着くと、話を再開する。
「忠誠を誓っていた王国に裏切られた私は、それでも真意を確かめるために王国城へ乗り込んだ。そこにいたのは自分の家族と信頼する大貴族を連れ、亡命を目前にした王。国を見捨てる国王に失望する私。そこで王を取り押さえ、牢に放り込んだ!」
段々と熱が入ってきた。
「しかし、既に帝国はかなりの王国領を支配下におさめている。唯一の切り札である側近もリーフには及ばないし、自分自身も互角がいいところ。加えてフロムもいて兵も向こうの方が圧倒的に多い、勝ち目無し!そして実質的にクーデターを成功させた立場で、国王代理に推される私はこう言うの。『降伏します。愚かな前国王の首も差し出しましょう。私もどうなっても構いません!だからお願いします、無辜の民をこれ以上傷つけるのだけはやめてください』……と」
………。
あ、はい。
「私は帝国にこの身を差し出し、王国は帝国に飲み込まれた。だけど代わりに、旧王国民は戦争のない平和な世界を手に入れた。ありがとう、ノアマリー様。我らの誇る聖女様。貴女のことは忘れません……終わり」
―――パチパチパチパチ。
どこに感動する要素があったか知らないが涙を流すオトハと、素直に感心したようなステアが拍手を始めた。
「『……終わり』じゃありません。いつから芝居になったんですか」
「でも、いい感じだったでしょう?」
「いや……随分美化していましたが、要するに売国したってことですよねそれ」
「何言ってるの、『私はどうなっても構いません』って言って帝国にこの身を捧げたじゃない」
「その捧げた先で怠惰な贅沢三昧の日々を送るんでしょう?」
「まあそうね」
「売国じゃないですか」
これは酷い。
「そんなで国民が騙されますか?」
「国民だって戦争がさっさと終わってほしいと思ってる人が大半だから大丈夫よ。それにほら、私って金髪じゃない。これだけで吉兆の証だの聖女だの勝手に勘違いしてくれたんだもの、ちょっと献身的な姿を見せれば騙せるでしょ。それで売国奴だなんだと言って抵抗を見せるヤツは、リーフが殺せばいいわ」
「……不明、勝手に外道計画のメンバーに含まれている」
「ただの恐怖政治じゃねーか」
「お嬢、超鬼畜。超最悪。超かっこいい」
「ありがとうステア。それでどう、フロム?この計画なら帝国は存続、それどころか領土が大きくなり、しかもこれ以上被害も出ず、更には念願の光魔術師が手に入ったという事実が国外への牽制として使えるわよ。帝国に利益しかないと思うけど?」
「う、うむ……確かに、陛下の愛したこの国を護り、大きくしていくことこそがワシの使命……これならばたしかに、これ以降は無傷で大陸第二位の国を吸収できるが……」
「何か不満なの?」
フロムは葛藤している。
理性と利益と良心と忠誠心と、その他諸々が彼の中でバトルしているに違いない。
腕を組みながらウンウンと唸った末に、彼が出した結論は。
「……それでいこう」
「理解してくれて嬉しいわ。ではリアリティを追求するために、さっきの話をちゃんとなぞっていきましょうか。ステア、早速だけど国王を操って正式な御触れを私に出させて。『帝国への奇襲を命ずる』みたいなやつ」
「ん」
「……嘆息、まさかとは思うけど、王家は既にあなたの傀儡?」
「私というかステアのね。結構前からそうよ」
「……想像以上にとんでもない女なようだな、君は」
「そう?ありがとう」
「多分褒められてないです」
リーフとフロムはうんざりしたような顔をしているが、ノア様はどこ吹く風。
「それでノアマリー殿。先日話した、ルクシアたちの居所は?」
「あー……」
しかしフロムのこの問いに、ノア様は少し顔を曇らせた。
「その様子だと、いなかったか」
「ええ。ステアが読み取った記憶から本拠地も割り出したんだけど、もぬけの殻。共和国連邦は混乱中よ、連邦最強がメイドごと消えたんだから無理ないわね。誘拐事件だって話も出て、この時代での親も随分と取り乱してた」
「質疑、行き先に心当たりは?」
「あるわ。でも、今は追えない」
「なぜだ?」
「理由は三つ。一つ、単純に向こうの戦力が強いから二度目も死人が出ないと考えづらい。二つ、行くための交通手段が非常に限られている。そして三つ、恐らくあの女はそこから動かないから、王国と帝国の問題を片づけてからでも遅くない」
「何故、動かないと言い切れるんです?」
「あの女がいるのが、多分私と千年前に戦った場所だからよ。私とのリベンジマッチにこれ以上の場所ってないでしょう?あの女、ロマンチストだし」
なるほど、そういうことか。
『ということは、あなたも知ってるんですか?』
『うん。ここから北の大陸、千年前のルーチェと主様の国があったところだね。二人の生まれ故郷』
たしかにあの狂人にとって、ここまでうってつけの隠れ家はない。
「脅威、聞いただけでも恐ろしい。あなたのためだけに千年生き続けたとは」
「そういう女よ。昔から私の話なんて聞きやしないし、おしとやかに見せて馬鹿みたいに腹黒いし、私の人生を振り回すし……」
それだけ聞くとノア様と大して変わらない気がする。
「私があの女の元を離れた後もそうよ、わざわざ亡命先の国に宣戦布告して私を炙り出そうとしてきたり、国宛で私に対する狂った恋文送ってきたり!ああもう、思い出したら鳥肌立ってきたわ!」
「本当に一方通行だったんだな」
「当たり前でしょう、私は何度も断ったのに聞きやしない!結局、アイツの元を離れてからあの決闘まで、一度たりとも心を通わせたことなんて……」
ノア様は激しく憤っていたが、そこまで言って突然尻すぼみになった。
「いや……一回だけ、あったわね」
「え?」
「なんでもない。それよりステア、ことは済んだ?」
「今、終わった」
「ありがとう。じゃあここからはさっきの話通りに行くわよ」
……?
露骨に話を逸らした。
「さて、そろそろおいとましましょうか。私がここに攻めてくる……という設定まで、一週間というところかしらね。その頃にまた来るわ」
「ああ、分かった」
「じゃあリーフ、準備をよろしくね」
「え?」
「え?じゃないわよ。さっきの話聞いてなかったの?私とあなたは再び戦うってことになってるじゃない」
……ん?
「帝都に侵入しようとした私にいち早く感づいたあなたが私を逆に奇襲、そのまま戦闘に、って流れが望ましいかしらね」
まさか。
「ねえリーフ」
ちょっと待ってほしい、その先は言わないでもらいたい。
そんなわたしの願いは、一瞬で砕け散った。
「せっかくだし、決着つけましょう」
それを聞いたリーフは―――心底楽しそうな笑みを浮かべた。