第205話 ノアの名案
ノア様は、フロムとリーフにほとんどすべてを話した。
希少魔法について、自分の正体、ルクシアの正体。
千年前の出来事も交え、わたしたちの要であるあの大書庫のこと以外は包み隠さず二人に伝えていった。
聞き終わったフロムとリーフは、特に疑う様子もなく。
「なるほど。そういう事情か」
「納得、あなたの側近が未知なる魔法を使っていた謎が解けた」
「疑わないのね」
「君に治癒されたとはいえ、帝国最強であるリーフの片足を砕いたほどの魔術師だ。少なくともルクシア・バレンタインの正体に関しては信用できるだろう。そしてルクシアは我々の共通の敵のはずだ、嘘をつく意味がない」
「同意。加えるならば、希少魔法とやらに関しても虚言にしては出来すぎている。これが作り話ならば、怒りより感嘆が勝つ」
「理知的な二人で助かるわ」
ここにいるのが直情的な軍人なら、劣等髪と揶揄されているわたしたちを信用などせずに攻撃してきたかもしれない。
リーフとフロムという、わたしたちを侮らずに戦ってきた人間だからこそ、この密談は意味がある。
「じゃあ、私が開示するべき情報はすべて伝えたわ。次は帝国がどうなっているのか聞かせてほしいわね」
「ああ」
フロムは重苦しい顔で、声を低くして喋りだした。
「君たちも知っての通り、我がディオティリオ帝国の皇帝陛下はお亡くなりになった。……いや、なっていた、というのが正しいな。六年もの間それに気づけず、恥ずかしいばかりだ」
「無理もないわ。死霊魔法によって生み出される死体人形は、注視しないと分からない。天幕の向こうに常にいたなら、気づけないのも納得よ。大方周りの世話をしていたのも、あのホルンという死霊魔術師の息がかかっていたカメレオンの連中でしょうね」
「ワシにとって、陛下は尊敬すべき主人であり、命を救って頂いた恩人だった。……正直、あの御方が死んだという事実に、まだ向き合えていない」
フロムに同情せざるを得なかった。
フロムが今置かれている状況は、わたしがノア様を失うのとほとんど同じようなものだ。
わたしなら耐えられない。絶対に後を追う自信がある。
「だが、悲しむのは後だ。まずは仇敵、ルクシアとその一味を殺すこと。それが陛下に対する最大の弔いだ」
「そうね」
「故に、提案だ。先の話で、君たちもルクシアが野放しになっているのは看過できない身であることは分かった。そこで同盟を結びたい」
「リーフ、あなたはそれでいいの?」
「肯定、ウチはフロム様の決定に従う。それに、個人的にも利用されていたというのは非常に気に入らない」
「わかったわ」
ノア様は立ち上がり、フロムの目の前まで一瞬で移動した。
「承諾しましょう。あなたたちとの同盟関係、面白そうだわ」
「よくいうぜ、元々その気だったくせによ」
「ルシアス、余計な茶々をいれないの」
ノア様が差し出した手を、フロムはがっちりと掴んだ。
「さて、同盟を組むなら他にも色々と話をしていかなきゃいけないわね。差し当たって、王国と帝国の戦争についてとか」
「同感、しかも状況はなかなか面倒」
「ああ。宣戦布告したのは我ら帝国側だが、そのトップである陛下が既に亡くなられている。帝国における戦争法では、戦争は作戦から降伏・勝利宣言まで、すべて陛下を通してから行わなければならない。つまり陛下がいない今、こちらから戦争を止める手立てがないのだ」
「跡継ぎに関してはどうなっているの?」
「それなのだがな……」
フロムは大きなため息をつき、頭を抱えてしまった。
その理由に何となく想像がつき、ノア様も同じ結論に至ったようで顔をひきつらせた。
「陛下の子は三人いる。皇子が二人、皇女が一人だ。だが、長男は八年前に皇位簒奪を目論み失敗して獄中。次男は清廉な御方だったが、四年前に戦死した。頼みの綱は長女だったのだが……先日、自室で亡くなっておられた」
「原因は?」
「分からん。ご遺体が綺麗すぎて、死因すら判明していない」
このタイミングで原因不明の死。
まさかとは思うが。
「一周目で、ホルンが、ここの王女様の死体、使ってた」
「やっぱりそういうことですか」
「ノワール……いや、ホルンだったわね。あの不届き者の魂に適合する体だったのでしょう。言い方は悪いけど、万が一の時の予備の体として殺されたんだと思うわ。おそらく、ルクシアの染色魔法で髪色を変えられていたカメレオンの誰かの魔法で」
「おのれノワール……陛下のみにあきたらず、ご息女までも……!」
フロムは拳を握りしめ、歯ぎしりした。
心なしか周囲が暑くなってきた気がするが、気のせいじゃないだろう。
「なるほどね。それで、皇帝の跡継ぎがいないと」
「そういうことだ。建国期からディオティリオの血筋がこの国を支配していた。だがここにきて、皇位継承権を持つ世継ぎがいなくなってしまったのだ」
「孫とかいなかったの?」
「いない」
「なるほどねえ……」
ノア様は口に手を当てて少し伏せ、考えるような姿勢をとった。
ノア様ですらポンと案が出てこないあたり、状況的にはかなりまずいのが分かる。
皇帝がおらず、休戦や停戦が出来ない以上、帝国から戦争を止めることは出来ない。
しかし皇帝は皇位継承権の持ち主がもういない。
一体どうするべきか。
わたしの陳腐な頭では皆目見当もつかないが。
「あっ、良いこと思いついたわ」
「えっ」
ノア様は顔を上げ、満面の笑みでそう言った。
あ、ダメだ。
碌でもないことを思いついた時の顔だ。
「疑問、なにかいい案が?」
「ええ。この戦争を終わらせ、しかもこの帝国の利益になる最高の妙案がね」
「なんと!」
フロムは前に身を乗り出すが、わたしたちは分かる。
とんでもないことを言い出すぞ、この人。
「その案とは一体?」
「簡単な話。帝国から戦争を止められないなら、王国から止めればいいの」
「ふむ……ん?いやノアマリー殿、それは不可能だろう。戦争を仕掛けたのはこちらだ、止めようという動きはこちらからしかできない。そちらから止めるとすると、それは最早、王国の降伏しかない」
「そうね」
「ではどうする?」
「降伏させればいいわ」
「……んん?」
「だから、王国を無条件降伏させて、帝国に吸収させればいいのよ」
フロムは目をぱちくりさせ、リーフもキョトンとした顔をしている。
わたしは天を仰ぎ、オウランとルシアスは開いた口がふさがらず、オトハは久しぶりの悪ノア様に鼻血を垂らし、ステアは「その発想はなかった」といわんばかりに拍手をしている。
わたしの頭の中からも「おお……」という声が聞こえてくるので、スイも感心しているらしい。
「待ってくれ、ノアマリー殿。それは、故郷が帝国に奪われるということだぞ?」
「だから?」
「君の仕える国の王族が、首を差し出すことになる」
「で?」
「納得しない王国兵士による暴動が予想される」
「皆殺しにすればいいじゃない」
「自らの国を裏切る行為だぞ?」
「それで?」
「……ほ、本気か?」
「当然でしょう」
言わんこっちゃない。
いや、言ってないけど。
予想通り碌でもないこと言いだした。
つまりノア様は、完全に王国を見限って帝国につくつもりなのだ。
かつてノア様の御父上や汚い貴族が画策し、その度にノア様が殺すなりステアに操らせるなり廃人にさせるなりで阻止してきたことを、さらっと自分でやり始めた。
「……リーフ」
「?」
「ワシらはもしかして、とんでもない女と手を組んでしまったのではないか」
「意外。フロム様」
座り込んだフロムに対して、リーフは。
「今気づいたの?」
「………」
そんな、とどめを刺すような言葉を吐いた。