第203話 起床
大変長らくお待たせいたしました。
本日より第二部を更新していきます!
しばらくは三日に一度ペースで更新していきますので、是非お楽しみください!
目が覚めて時計を見ると、午前五時。
目覚まし時計もないこの世界で、よく自力で寸分違わず同じ時間に起きられるものだと、自分の特技に我ながら感心しつつ眼をこすり、再び布団に倒れこみたい気持ちをぐっとこらえて掛け布団を自ら剥がした。
『うわっ、寒!』
頭の中に声が響いて来たけど一旦無視し、欠伸をしながらスリッパを履いた。
『ちょっと、いきなりやめてよ。起きる時はまずボクを起こして、何分かしてボクの心の準備が終わってから布団を出てくれないかな。ボクって低血圧なんだよ』
『私の体を使っているのに低血圧なわけないでしょう。そのほかの健康面は分かりませんが』
『そうだよそれ言おうと思ったんだ、君ってば口内炎出来てるじゃん。ボクが内側にいる状態でも感覚は共有してるんだから、ボクだってずっと痛いんだよ?』
『なぜ口内炎が出来たか教えてあげましょうか。あなたが人の頭に住み込んでいきなり話し出すストレスと、あなたが勝手にこの体を使って夜中に歩くことによる寝不足です』
『……むう』
頭から流れてくる声に頭の中で返答しつつ、私は四方を本で囲まれた道を進む。
これから、あの御方が気持ちよく朝を迎えられるように準備をしなきゃならない。
常人の数倍負荷がかかっているこの体を休める貴重な睡眠時間を削っている彼女と問答をしている場合ではないのだ。
『というか、あなたが時間を操って私の体を巻き戻せば、健康状態をキープできるのでは?スイ』
『おお、なるほど。その発想はなかった。魔法を再び使えるようになったのが最近過ぎてすっかり忘れてたよ』
頭の中の声―――スイピア・クロノアルファ、通称スイは、「天啓得たり」といったようにつぶやく。
それを聞いて私は、ここ数日で数年分つき果たしたと思っていたため息をまたついた。
『そう怒らないでよ、寝てる間に体を使ったのは悪かったからさ。ボクにとっては千年ぶりの主様なんだ、寝顔を見るくらいの我儘は許してほしいものだよ』
『気持ちは分からなくはありませんが、せめて私が十分な睡眠を取れている時にしてください。体を共有しているんですから、私の体の状態くらいわかるでしょう?』
『君の言う通り、やばくなったらボクが戻せばいいんじゃない?』
『それはなんですか、休暇無しにずっと働き続けろと?』
とんでもなく鬼畜なことを言ってきた。
『勘弁してください、あなただけでも厄介なのに、うちは問題児が後二人もいるんですよ?』
『主様を問題児扱いとは随分だね。主様の右腕ならそれ相応の態度ってのがあるんじゃない?』
『私、ノア様のことだなんて一言も言ってませんが』
『……あっ』
『なんだかんだと私に言っても、結局スイだってノア様を問題児だと思っているのではありませんか。なら分かるでしょう、私の心労が。それ以前にあなたとて、かつてあの御方の副官だったのですから』
『まあ、たしかに主様はこっちの説教をろくに聞かないし、よく勝手に一人でどこか行くし、服はちょっと複雑になったら一人で着れないし片付けしないし野菜食べないし怠惰だし強欲だしで、千年前も全員が手を焼いてたけどさ』
『……昔からお変わりないようでとても心が重くなりました』
昔からまったくかわらずダメ人間か。
馬鹿は死ねば治るらしいが、ダメ人間は死んでも治らないらしい。
『とにかく、頭の中で大声を出したりするのはやめてください。このままだとストレスで早死します』
『まったく、人を厄介者扱いとは失礼な人だよ。でも仕方ない、分かったよ、クロ』
かつて日本で生まれ育ち、終いに自殺した私は、この体に転生した。
色々あって荒んでいたところを、現在の主―――ノアマリー・ティアライト様に救っていただき、生涯の忠誠を捧げた。
最初は二人だったが、時が経つにつれて希少魔術師の仲間が増えていった。
他人の精神を掌握する能力を持つ、素直で手がかからないダウナー系。スイの魔法によって少し先の未来からやってきた側近最強、精神魔術師ステア。
あらゆる有害物質を生成する毒のエキスパート、ノア様を崇拝し病気レベルで敬愛する問題児、毒劇魔術師オトハ。
オトハの双子の弟、姉と違って常識人、あらゆるものに特定属性の耐性を付与でき、攻撃に転じれば相手を弱体化させることも出来る色々な意味で欠かせない存在、耐性魔術師オウラン。
空間を操る能力と超人体質を併せ持つ天才、魔法の腕は側近最弱、フィジカルは側近ダントツ。比較的常識人なので特に問題を起こさない武人、空間魔術師ルシアス。
ノア様と私達五人の側近は、ディオティリオ帝国との戦争で活躍し、帝国を追い詰めた。
しかし、私たちを騙してノア様を手中に収めようとした、千年前はルーチェという名の最強の光魔術師だった存在、ルクシア・バレンタインによって既に皇帝は殺されており、ルクシアの側近であるホルンという元異世界人の死霊魔術師によって帝国は支配されていた。
それを、実は未来で既に経験していたステアが見破り、ルクシアと戦闘となる。
しかし、帝国軍人の総大将フロムと、帝国最強にしてノア様と互角の強さを持つ天才魔術師リーフの力を借りても、ルクシアには劣勢を強いられた。
そこで私の体を一時的に自ら殺すことで、この体に千年前の時間魔術師・スイを宿させ、総出でかかることで辛くもルクシアを撤退させることに成功した。
そして役目を終えたスイは、再び魂だけの存在となるはずだった、のだが。
なんとも厄介なことに、私の体との親和性が高すぎて、体から離れられなくなったらしく、私は元の倍以上の魔力と必要に応じて魂を切り替える権利と引き換えに、自分の頭の中の安寧すら失ったのだ。
「ステア、オトハ、起きてください」
「んぅ……?」
「ぐへへへ、お嬢様、そんな……私のホクロはそんなにありませんわあ……」
「どういう夢見てるんですこの変態は。馬鹿なこと言ってないで起きなさい」
「えう?」
現在私たちは、元々ティアライト家の屋敷があった場所の地下の大書庫で寝泊まりしている。
数か月前のリーフとノア様の激闘で屋敷が粉々になっているので、宿かここくらいしか泊まるところがないのだが、ノア様が『毎回毎回ここに来るの面倒くさい』と我儘を言ったので、布団を引っ張り出してきたというわけだ。
全員が思い思いのところで寝ているのだが、ステアとオトハが一緒に寝ているとは珍しい。
大抵ステアは、私かノア様の布団に潜り込んでいるのだが。
「クロ、おはよ……」
「おはようございますステア。顔を洗ったら、ノア様を起こしてきてください」
「ん」
「ふあ……おはようございますクロさん。とはいってもあまり寝てないのですが」
「おはようございます。寝てないって、何があったんですか?」
「いえ、ステアがゲームをしたいというもので、今度こそ返り討ちにと息巻いたまでは良かったのですが」
「ボコボコにされたんですね。あの子に運の絡まない対戦型ボードゲームで勝てるわけないでしょうに」
「ですわね。さて、私も準備をしてお嬢様を起こしてきますわ」
「待ちなさい」
やれやれという感じの顔でステアの後を追おうとするオトハの襟首をガシッと掴む。
「なんですの?」
「あなたが行ったら十中八九ノア様に良からぬことをするでしょう。そっちはステアに任せて男二人を起こしに行ってください」
「お断りしますわ、弟と戦闘狂の寝顔なんて見たって毛ほども嬉しくありませんもの」
「誰が起こすことに喜びを見出せと言いましたか。いいから行きなさい、私は朝食の支度があるんです!」
「いーやーでーすーわー!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ出し、ノア様の元へ行こうとするオトハを羽交い締めにし、男二人の方向へと向き直させる。
尚も抵抗するオトハを見て、私は仕方ないので、オトハに起こしに行かせるのを諦めた。
『ええいもう面倒です!スイ、代わってください!』
『了解ー』
「よっ。おはようオトハ、あまり上司を困らせたらだめだよ」
「あらスイさん、丁度良かったですわ!あなたならクロさんより話が」
「《時間停止》」
オトハの時間を止めてもらい、再び私に代わる。
私とスイは現在は同一人物と扱われているようで、切り替えても互いの魔法の影響が消えないのは喜ばしいところだ。
「はあ……結局私が行くことになるんですか」
『なんというか、君も大変だね』
『あなたも悩みの種の一つだという自覚をお持ちになってくださいね』
半目で停止した淫乱ピンクの横を通り過ぎて、残り二人の元へと進む。