第202話 新たなる地へ
「行方をくらます……つまり、この家を捨てると?」
「不本意だけどね」
「しかし主君様。貴女様の強さがあれば、奇襲など」
「ええ、ワタシは、ね?ワタシがノアちゃんなら、一瞬でもワタシが目を放せば即座に奇襲かけてあなたたちを一人ずつ殺していくわ」
まあ、周りから削っていくのは戦略の基本だわな。
「何せ向こうには、生体感知でこちらの動きを把握できるクロさん、室内に前触れなく人員を送り込めるルシアスさん、一瞬で最適解の猛毒を放てるオトハさん、遠くからこっちを狙撃できるオウランさん、そして規格外の強さでワタシ以外を一瞬で殺せるノアちゃん、リーフ、ステアさん、スイピアがいる。ワタシとあなたたちが同じ部屋で四六時中顔を突き合わせてでもいない限り、いつ殺されるか分からない恐怖におびえることになるわよ」
そう考えるとやばいな、アイツらの魔法。
全員が応用が効き、一瞬とはいえご主人様の動きを止めるほどの能力を持ち、そして極めて暗殺に向いている。
「だから、今のうちにここを離れるしかないわ。共和国連邦の皆には悪いけどね」
「体勢を立て直すってことですね」
「しかしルクシア様、離れるといってもどこへ?」
「それに関しては案があるわ」
ご主人様は地図を広げ、アタシたちのいる大陸を指さした。
「この大陸から北にある、このちょっと小さな大陸があるでしょう?」
「ここって……たしか、まだ未開拓の大陸ですよね?なんでも二十年くらい前に送り込んだウン百人っていう探検隊が全滅したとかなんとか」
「ああ、上陸した場所が悪かったのね」
「はい?」
「この大陸はね。千年前、ワタシとノアちゃんの国があったところで、同時にワタシたちが七日七晩戦い続けた戦場でもあるの」
「へえ」
「五十年前―――ルクシアの前の体だった時に行ってみたんだけど、どうも千年前の戦いの魔力がまだ微弱ながら残留してるみたいなのよね。大陸とその周辺に、当時のワタシの光魔法とハルちゃんの闇魔法の残滓が漂っているの」
封印魔法のように死後も魔法が持続するタイプの魔法ではない筈の闇魔法と光魔法の魔力の残滓が、千年後まで残ってるって何?
どんだけ高密度でぶつけあったのよ。
「大陸を半分にして、北側が光魔法、南側に闇魔法の残滓があるから、南側に上陸すると魔法抵抗が低い―――そうね、魔力を数値化したときに50に満たない魔術師じゃ、数日で寿命を吸いつくされて死ぬんじゃない?100を超えてないと完全抵抗はできないでしょうね」
「こっわ」
この世界の平均魔力数値は35だぞ、ほぼ死ぬじゃん。
「でも逆を言えば、全員100を優に超えているワタシたちには、特に問題がないのよ。北側にはかつてワタシが統治していた国、聖光国ルミエールの跡地があるはず。封印魔法で状態を保ち続けている場所もいくつかあるはずだから、暮らす分には問題ないと思うわ」
「なるほど……しかも、この未開の地であれば上陸してくる者もそうはいないはず。うってつけですね」
「だけど勿論、ここよりも状況は過酷よ。千年前に滅びた国だし、最後に確認したのも五十年前。今どうなってるか分からないわ。ただ一つ言えるのは、ワタシの光魔法の残滓によって全生物の治癒能力が上昇していて、それが千年受け継がれてきたものだから、他大陸よりも遥かに強い魔獣が揃ってること」
魔獣の縄張り争い→治癒で回復→また戦う→回復するので死ぬことが稀で繁殖してポンポン増える→また縄張り争い。
これを何代にもわたって千年続けてりゃ、そりゃ強くもなるか。
「ちなみに、南側は?」
「勿論一匹も住んでないわよ、死ぬもの」
「ですよね」
再び地図に目を落とす。
縮尺的に、大陸の大きさは大体前世で言うところのオーストラリア大陸くらいだ。
つまり、半分でもめっちゃでかい。少なくとも、日本の十倍くらい。
たしかにここなら、ノアマリーたちがやってきたとしても探すのに骨が折れるだろう。
体勢を立て直すには絶好の場所だ。
「しかもここなら、きっと遠からずノアちゃんもやってくる。かつての自分の国、オースクリード魔女国には、あの子の世界征服に有用なものがたくさんあるもの」
「待ち伏せというわけですか」
「それも計画に織り込める、ってこと」
ご主人様は、不敵で狂気的で、そしてどこか妖艶な笑みで呟いた。
「ああ……しばらくのお別れね、ノアちゃん。だけど大丈夫、絶対にまた迎え位に行くわ。千年待ったんだもの、あと数年くらい……ね?」
「そうと決まればルクシア様、出発はいつになさいますか?」
「今日の夜中にでも出るわ。……ただ」
「?」
ご主人様は直前まで浮かべていた笑みを消し、真剣な顔でアタシたちの方を向いた。
「ここからは、本当に過酷よ。ワタシの目的のためだけに、あなたたちはここでの暮らしを捨てることになる」
「何がおっしゃいたいので?」
「……ワタシを見限るなら今のうちよってこと」
は?
……。
この御方は、なんでたまにこう、見当違いで頭の悪いことを言うんだ。
「何を言ってるんですか、ご主人様。出会った時に言ったでしょう?アタシがこの世界に生まれてきた意味は、この命尽きるまであなた様にお仕えすることです。ご主人様が行かれるというならば、いかなる死地だろうと、世界の果てだろうと、あの世だろうとお付き合いします」
「ふんっ、ホルンにしてはいいこと言うじゃない。生涯唯一マトモなこと言ったんじゃない?……リンクも同じです、お姉様。お姉様から離れるだなんて有り得ません!」
「右に同じです、主君様。貴女様に拾って頂いたこの命、貴女様以外に捧げるなどあってはならないことです」
「ルクシア様、冗談でもそのようなことはおっしゃらないよう。そのようなおつもりがなくとも、我々の忠誠をお疑いになっているように聞こえますよ。わが身大事であなたの元を離れるような意思を持つ者など、この場には誰一人としていません」
口々にアタシたちがそう言うと、ご主人様はキョトンとした顔をして。
直後に、さっきまでとは違う、万人を惚れさせるような美しく自然な笑みを浮かべた。
「そうね、たしかに失言だったわ。前言撤回しましょう。……ついてきなさい。ケーラ、ホルン、リンク、メロッタ」
「かしこまりました」
「勿論です!」
「お姉様と一緒ならどこまでも!」
「無論でございます」
こうしてアタシたちは、ご主人様と共にあの大陸へと渡った。
そしてその後、再びノアマリーたちと対峙することとなる。
―――いや、対峙するだけならよかったのかもしれない。
命の危険はあるけど、あの御方のために死力を尽くし、あの御方の力になれるのなら。
まさか、あんなことが起るなんて―――この時のアタシは、思ってもいなかったんだ。
ここまでで、エクストラストーリー『灰色の苦心編』は終了です。少し間隔あけて、本格的に第2部をスタートします。