第201話 最悪の一週間
「お帰りなさいリンク、ホルン。……何があったんです?」
「「コイツが!」」
「もういいです」
一週間ほど地獄のような特訓の日々を過ごした。
特訓自体はそうでもないが、このバカ女と一週間も同じ屋根の下で寝なきゃいけなかったのが苦痛極まりなく、途中一度寝た隙にテントから放り出したくらいだ。
翌日、アタシの洗濯物が乾くまでの時間を伸ばされて着るものが無くなり、半裸のままリンクに掴みかかる羽目になったので次の日からはやめたが。
ただまあその甲斐(?)あって、なんとか《魂の束縛》の習得には成功した。
「ケーラ、本当に勘弁してよ!これとあんな狭いテントで一週間も過ごさせるなんて、あんた一流の拷問官になれるよ!」
「別にそういうつもりはなかったのですが。極限状態に二人を放り込めば少しは協力し合おうと考えるかなと」
「荒療治すぎますし、もうちょっと手を考えてください!いややっぱり考えないでください、この女とこれ以上仲が深まることなんて天地がひっくり返ってもあり得ません!!」
「あなたたち戦闘での息はピッタリなんですから、仲が良ければよりコンビとして活躍できるか、と思ったのですが」
「「はあああああああ!?」」
この女とアタシが息合ってる?
冗談じゃない!
「ケーラ先輩馬鹿言わないでください、このゾンビ女とリンクのどこが息合ってるんですか!」
「そうだそうだ!こんな伸び縮みしか能のないダルンダルン娘とアタシが息ピッタリとか、いくらケーラでも怒るよ!」
「誰がダルンダルンよ、人を太ってるみたいに言うんじゃないわよ!」
「そっちこそゾンビ女とは何だ、アタシ自身は生きてるわ失敬甚だしい!」
「ルクシア様も『側近四人で二人一組作るならあの二人が間違いなく最強』と言っておられましたよ。いい加減素直に互いを認めたらどうです?」
「「コイツを認めるくらいなら死んだ方がマシ!!」」
「息ピッタリですね」
「真似すんなバカ!」
「リンクのセリフなんだけど!?」
普通の人間なら、一週間も極限状態に近い状況に放り出されたら、何かしらの友情とか協調性とかが生まれるもんだろう。
しかしダメだ、アタシらには微塵もそんなものわかなかったし、それどころか残り少なくなった食料を巡って大喧嘩した。
逆に、どっちかが死ななかったのが不思議なくらいだ。
「まあそれはともかく。ルクシア様が、帰り次第大書庫に来いと仰せです。すぐに来てください」
「そうだ、こんなバカに構ってる場合じゃない。アタシの修業の成果を聞いてもらわなきゃ」
「その修業に付き合ってやったの誰だと思ってるのよバカホルン!」
遠い昔のことを持ち出してくる後ろのバカツインテを無視し、アタシは屋敷の裏手に回る。
そこから真っ直ぐ、裏にある森の中を進み、一ヵ所だけ木も茂みもない空間に辿り着いた。
首に下げたネックレスを外して地面に近づけると、アタシの周りをベールのような光が包み、ゆっくりと地面に引きずりこまれた。
千年前、まだご主人様がルーチェだった頃の魔法が、徐々にエレベーターみたいにアタシを地下へと運ぶ。
「よいしょっと」
一分ほどで最下層に辿り着き、奥に入ると、前世だったら『東京ドーム〇個分』とかで表されそうな広い空間、そしてそこに何万冊あるか分からない本が並べられている。
「おお、ホルン。戻って来ていたのか」
「やっほ、メロッタ。最悪の一週間だったよ」
「そうか。リンクと仲は深まったのか?」
「話聞いてた?最悪だったって言ってるじゃん」
入ってすぐのところに置かれた大きな円卓、その席の一つにメロッタが腰かけて魔導書を読んでいた。
「ご主人様は?」
「主君様は奥だ。ノアマリー殿をかたどった例の人形と紙を持って、やけに興奮したお顔で『しばらくこっちに来ないで』と言っていたぞ。何なのかは分からんが、戻ってくるのを待った方がいいだろう」
いや、それって……。
「メロッタ、ご主人様の目的分からんの?」
「……?ホルンにはわかるのか」
なんだろう。
アタシより一歳上のメロッタにこうも純粋な反応をされると、自分がひどく汚れた人間に思えてくる。
いや、うん。こいつが鈍いだけだ。
「ちょっとホルン、話は終わってないわよ!」
「あ、リンク。丁度良かった。メロッタ、さっきの話もう一回してやって」
「なんだかよく分からんが……」
メロッタが話していくうち、徐々にリンクの顔は赤くなり。
「そ、そ、それって……!」
「二人が帰ってくる日にまでなにをやっておられるんですか、あの御方は……」
よかった、アタシが特別耳年増なわけじゃなかったらしい。
「ふー……あ、あら、リンクとホルン。帰ってたのね」
「……ルクシア様、とりあえずお風呂に。お話はそれからにしましょう」
「……やっぱり分かってる?」
「メロッタ以外は年齢相応の知識くらい持ってますので」
「なんか、年上のメロッタが分かってないのにリンクが分かるとか、すごく自分が穢れた人間に思えちゃうんだけど……」
「今回ばかりは同意するけど大丈夫、これに関してはメロッタがおかしいだけだ」
「そうよね、よかった」
「??何の話だ?」
マジで分かってないらしい。
腹立つからちょっと汚したくなるなコイツ。
風呂に入ってツヤツヤしたご主人様の着席と同時にアタシたちも座る。
一週間ぶりのご主人様は、相変わらずお美しい。
「ホルン、どう?」
「例の魔法は覚えました」
「さすが、早いわね。それに、仲間と切磋琢磨した時間というのは後に生きてくるはずよ」
切磋琢磨、か。
初日は言わずもがな。
カレーが水っぽいという理由で喧嘩した二日目。
寝てるときにアイツのツインテがアタシの口に入って喧嘩した三日目。
アタシがリンクをテントから放り出して喧嘩した四日目。
アタシの水浴びをリンクが見て、乳に目向けて鼻で笑ってきたので大喧嘩した五日目。
暇すぎてリンクのシュシュを飛ばして遊んでたらどっかになくして大喧嘩した六日目。
ついに食料が底をつきかけて、マトモな食事を巡って大喧嘩した七日目。
………。
「すいません、あいつと喧嘩した記憶しかないんですけど」
「あなたたちこの一週間何してたの?」
「まあ、予想はしていましたが」
まあ、なんとなーく魔法の制御が上手くなった気はする。
「それでご主人様、どうするんですか?このままカチコミにでも行きます?」
「却下。スイピアを仮に捕らえたとしても、全面衝突になれば双方に死人が出るわ。ワタシの目標はこちらが無傷でノアちゃんを手に入れることだもの。あなたたちの誰かが死んで、その上であの子を手に入れたって嬉しくないわ」
「ルクシア様……」
「だからワタシたちに今必要なのは、計画。だけどこちらの居所がこの近辺だということがバレていて、しかも向こうには最強の精神魔術師であるステアさんがいる。おそらくこの書庫の座標も、既に記憶を読まれてバレているでしょう。そうなればノアちゃんの光魔法で開けられちゃう。しかも向こうにはルシアスさんという空間魔術師がいる、この書庫に訪れられたら、ここはいつ奇襲が来るか分かったもんじゃない、安全とは無縁な超危険地帯と成り果てるわ」
「そ、それまずくないすか」
「まずいわよ、凄く。だから惜しいけどここは手放すしかない」
ご主人様は頭に手を当て、ため息をついた。
無理もない、この場所ほどアタシたちにとって安地と言える場所はなかった。
「しかし、ここを手放しても、一度バレンタイン邸を訪れたことがあるルシアス様がいる以上、その気になればノアマリー様たちはこちらに来ることが出来ます」
「ええ、そうね。だから仕方ないわ」
やがてご主人様は、決心したような顔で言った。
「行方をくらますわよ」