第199話 戦いの後
前回からいきなり時系列飛んでます。
第一部で彼女たちが負けた直後からです。
「ホルンを鍛えようと思うのよ」
「はい?」
何かを考えこんだ顔をしていたと思ったら、唐突にそう言ってきたご主人様は、アタシを見下ろして真剣な顔をしていた。
手に持ってる魔導書に指を挟み、話を利く体制をとることにする。
「……なんです?」
「あなたを側近最強に育て上げようかと思って」
アタシからしてみりゃ願ってもない申し出だけど、なんだろう。
ちょっと嫌な予感がする。
「な……何を言ってるんですかお姉様!」
アタシが何かを言うより早く、アタシからもっとも離れたところにいた紺色のツインテが勢いよく立ち上がった。
なんだ、まだ死んでなかったのかアイツ。
「お考え直しくださいお姉様、最強になってお姉様をお守りできるのはこのリンクです!そんな人格の捻じ曲がったバカ女なんて最強にする必要ありません!」
なるほど喧嘩か。
「言わせておけばなんだとこの女、クソナルシストに人格捻じ曲がってるとか言われたくないわ!」
「誰がナルシストよこの死体女、リンクが可愛いのは事実だもの!」
「それをナルシストっつーんだよ、このチビ娘!」
「なんですってこの墓荒らし!」
「ツインテの付属品!!」
「ネクロフィリア!!」
「死体性愛じゃないわ!」
「仲良いわねえあなたたち」
「「仲良くないです!!」」
ご主人様は素晴らしい御方だけど、このバカを側近にしたのだけはいただけない。
いつか絶対首かっ切ってアタシの死体人形にしてやる、あのクソガキ!
「落ち着きなさい二人共。ルクシア様がお話しできないでしょう」
「「だってコイツが!!」」
「喧嘩するのは勝手ですが、まずはルクシア様の言葉を聞いてからにしなさい」
一発魔法を撃ち込んで許してやろうと魔力を集中させていると、後ろから側近筆頭のケーラが諫めて来た。
本来ならこのままアイツの顔に一発ぶち込んでやろうと思ってたけど、ここはケーラとご主人様のためにいったん矛を収めよう。
命拾いしたな。
「……で、ルクシア様。ホルンを最強にするというのは?」
「そりゃもちろん、あの雌猫をぶっ殺すためよ」
「あなたも落ち着いてください、言葉が悪いですよ。……雌猫というのは、例の時間魔術師のことで?」
「ええそうよ!」
あー……そういうことね。
アタシのご主人様、ルクシア様は、世界最強の魔術師だ。
千年もの長い間、転生を繰り返し光魔術師としてこの世界に君臨し続けた。歴史上で英雄と語られている偉人のうち三割はご主人様だといっても過言ではない。
そしてその目的は、ご主人様が最初の生を受けてから千年後―――つまり現代に転生してくる、かつてご主人様に敗北した闇魔術師・ハルを追いかけること。
ご主人様の原初、光魔術師ルーチェが死ぬほど愛していた女性で、再びハルと巡り合うためだけにご主人様は十七度も命を輪廻させた。
そして確かに、この世界のハルはいる。ノアマリー・ティアライトと名を変えて。
さて、問題は。
ご主人様は一か月前、そのノアマリーを手に入れるために事を起こした。
しかし、現在のノアマリーの五人の側近の一人、精神魔術師ステアと、向こうの側近筆頭のクロの体を使って現れた千年前のハルの副官、時間魔術師スイピアに邪魔をされ、敗れた。
そして、このスイピアは、千年前にご主人様がハルを手に入れられそうになった時にも邪魔をした女なのだというのだ。
「スイピア……あの泥棒猫が、一度ならず二度までも、このワタシと愛するノアちゃんの二人だけの時間を邪魔しやがってぇ……!殺す、絶対に殺す!千年もの間魂を維持し続けたことを後悔させ、心も体もズタボロにして跪いて命乞いをするまで痛めつけて殺してやるううう!!」
「やばい、また発作よ」
「おーいメロッタ、この前作った『等身大ノアちゃん人形』持ってきて」
「心得た」
一番奥にいた金属魔術師のメロッタに、側近総出で作った鎮静アイテムを持ってこさせる。
ご主人様の前に置くと、殺気ビンビンだったご主人様は急速に落ち着き、いかがわしい漫画だったら目にハートマークを浮かべていただろうだらしない顔で人形に抱き着いた。
「……我が主ながら、将来が心配になる光景ですね」
「そういうなケーラ殿、主君様はこのご病気さえなければ非の打ち所がない素晴らしい御方だろう」
「メロッタ、自分の主の恋模様を『病気』っつった?」
「あんたその天然失礼なんとかしなさいよ」
うん、まあ。たしかにほとんど病気みたいなもんだけども。
「で、ルクシア様。話を続けてください」
「え?何の話だったかしら」
「アタシを鍛える云々って話です」
「ああ、そうそう。スイピアの対策の話ね」
ご主人様は恍惚とした顔で、人形に抱き着いたまま椅子に座った。
「スイピアは千年前の魔術師。おそらく当時ハルちゃんの部下だった死霊魔術師の力と自分の時間魔法のコンボで、魂の時を止めて輪廻転生を無視したのでしょう。だけど、魂だけの状態で肉体はとうに朽ちている。この状態は、死霊魔法では死人と認識されるわ」
「ああ、なるほど。アタシならスイピアを操れるかもしれないって話ですね?」
「そうそう。基本的に魂だけなら幽体だけど、ホルンは死霊魔法の特性でスイピアを感知できる。肉体がない状態というのは、酷く無防備よね」
「そうですね、魔法は魂と肉体の共存ですので、魂だけじゃ魔法は使えませんし」
「癪だけれど、スイピアはあれでかつてワタシとハルちゃんに次ぐ天才魔術師と呼ばれた女。時代が違えば世界最強の魔術師と呼ばれていたであろう能力を持ち、世界の理である時間という概念に干渉できる、総合的な性能だけで言えば恐らく最強の魔法」
「つまり?」
「無防備な時に仕留められれば一番いいって話。だから万が一にもあの女を殺し損ねないように、魂を操る魔法、死霊魔法をもっと鍛えたいのよ」
なるほど。
今のアタシなら、スイピアの天敵になり得るのか。
「前の戦いの時はスイピアが体を得て久しく、身体能力や魔法が馴染んでいなかったから圧倒出来たけど、次はそうはいかない。ノアちゃん、リーフ、ステアさん、スイピア。規格外級の魔術師に四対一でかかってこられたら、流石のワタシも正面から勝つのは難しい。だけど三対一なら多分勝てるわ。そして四人の中で最も行動不能にしやすいのが、スイピアよ」
「お言葉ですが、直接的な戦闘力がないステア様ではダメなのですか?」
「無理ね。スイピアがやったんでしょうけど、あの子の精神魔法は既に史上最強の域に達している。ワタシを上回る魔法発動範囲、範囲内の全生物の精神を把握できる神がかった頭脳、希少魔術師の魔法抵抗すら歯牙にもかけない凄まじい魔法出力、そしてそれをほぼ無制限に発動できる膨大な魔力総量。あの子の間合いに入った瞬間に即時感知されて、光魔法も届かない超遠距離から精神攻撃を食らうのがオチ」
「……主君様とケーラ殿以外は、彼女の領域に入った瞬間に精神を破壊されて終わりだな」
「アタシの死体人形すら解除してくるからねー」
「リンクの伸縮魔法も一瞬で見抜いたし、マジで化け物よね、あのちびっ子」
『精神操作』は、元の世界のラノベとかでも最強クラスの技として書かれてることが多かった。
にしたって、いくらなんでもステアはおかしい。
ご主人様とリンク以外は精神を乗っ取られたし、アタシもやられた。
あれは恐怖だ。魔法をかけられた間、『ステアの言うことに従う』以外のすべてが消えていた。
あの瞬間、アタシはご主人様のことすら忘れていたほどだ。
「基本的にノアちゃんと行動してるから、唯一の弱点である近接戦の脆弱さもカバーできてるしね。入念な計画を練ってからじゃないと、ステアさんは殺せない」
「なるほど」
「だから、おそらく適合する体を持つクロさんに付いて回っているであろうスイピアの魂をホルンが捕らえるのが最適解なのよ。勿論、ステアさんから離れているところでね」
クロは、任務とかでノアマリーたちの元を離れることがたまにあるからな。
そこを狙えば、確かに何とかなるか。
クロの生体感知に引っかからないよう、この体にアタシの魂のコピー疑似魂を入れて遠隔操作すれば、安全に魂を捕獲できる。
「えー、でもそれ失敗したらアタシがスイピアと戦うことになるんじゃ……。一応聞くんですけど、勝てますかね?」
「今のホルンじゃ、一分も経たずに殺されるでしょうね」
「デスヨネ―」
「だから、そうならないようにあなたを鍛えたいって言ってるんじゃない」
なんとなくわかった。
「分かりました。お願いします」
「ええ。あなたならすぐに、スイピア相手に善戦できるくらいの強さは身に付くわ」
勝てはしないんですね知ってます。
「とはいっても、この件に関しては数年単位で行わなければいけない話だからね。まずはあなたに、とある魔法を覚えてもらいたいの」
「魔法、ですか」
「ええ。死霊属性の中位魔法、《魂の束縛》。自分の魂に死者の魂を縛りつける魔法ね」
「ああ……死後間もない人間に残留する魂と自分の魂を繋げて輪廻転生を防ぎ、死霊魔術師が死んだ瞬間に解放する、文字通りの『心の中で生きてる』を実現させる、ニッチで自己満足なあの魔法ですか?」
「そう。だけどスイピア対策にはうってつけでしょう?」
「たしかに」
今まではあまりに使い道がなさ過ぎたために習得してなかったけど、魂状態のスイピアを拘束するためにはうってつけの魔法か。
「さあ、始めるわよ。『泥棒猫捕獲大作戦』!」
「それだけ聞くと、お魚加えたどら猫追っかけるだけみたいっすね」