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第198話 灰被りの少女

皆さん、本当にお久しぶりです。

本日より、全5話の新章を開始します。

その後少し間隔をあけて、本格的に第2部投稿予定です。

クロたちの冒険を、再びお楽しみいただけると嬉しいです!

 ―――ガシャン!!


 耳をつんざくような音と一緒に、あたしの頭に激痛が走った。

 生まれてまだ五年も経っていないあたしの小さな体が、大の大人に突き飛ばされ、粗末な机に激突したことで起きた音だった。

 机は派手に揺れ、上に載っていた酒瓶がグラグラ揺れてあたしの頭に激突する。

 それを見てゲラゲラ笑う大人数の男の声。

 洞穴の奥から聞こえる苦痛を訴える女の悲鳴。

 だけど今のあたしには、そんな音はほとんど聞こえていなかった。


 頭を強く打った瞬間、頭の中に駆け巡った、知らない筈の記憶。

 自分が自分でなくなるような感覚に吐き気を覚え、体が動かなくなる。

 だけどそれはものの数秒で脳で整理されて、あたしのなかに寄生するかのように染みこんだ。


(思い、出した………)


 まるで元からあった記憶のように頭に浮かんだ情報。

 それは、あたしがこの世界の人間ではなかったということ。


 つまりは、転生者だということだった。





 前世での名前は思い出せないし、どんな人生を歩んだのかも断片的にしか記憶がない。

 ただ一つはっきりしているのは、まだ高校生だったこと。

 そして、父親の虐待を受けていたこと。

 誰もあたしとお母さんを助けてくれなくて、いつも怯えながら暮らしてた。

 でもあの日。クソ親父の機嫌が最高に悪い時に、お母さんが家事で些細なミスをしてしまった。

 親父は怒り狂って、ついに包丁を持ち出して―――その時に、あたしはお母さんを守ろうとして、近くにあったハサミを思いっきり親父の喉笛に突き刺したんだ。

 後悔はなかった。このまま警察に捕まるとしても、お母さんが無事だったならいいって、そう思ってた。

 ただ誤算は、親父が即死しなかったこと。

 親父は怒りの表情であたしをの喉を掴んで、自分の首から吹き出る血を意にも介さず、喉に刺さってたハサミを思いっきりアタシの胸に―――。




 ***




 バシャンという音とかけられた水の冷たさで我に返った。

 見上げると、酷い悪臭を漂わせる男たちがにやにやと下衆な笑みを浮かべてバケツを持っている。

 今までは特に疑問を感じなかったけど、かつての記憶を取り戻した今では嫌悪感ばかりを感じて思わずまた吐きそうになった。

 その様子を見てゲラゲラ笑う男たちに殺意を覚えるけど、今のこの体ではどうしようもない。


 この世界は、前世と違って魔法がある。

 だけど魔法を使えるのは赤・青・緑・茶の四大元素の同色の髪をしている人だけ。

 だけどあたしの髪色は―――少し濃い灰色。

 滅多に生まれない劣等髪と呼ばれる魔法が使えない人種で、この世界ではよく見下される対象らしい。

 でなければ、こっちの世界ではこの盗賊団の首領の娘であるあたしが、下っ端にこんな扱いを受けるはずがない。

 記憶を取り戻したせいか痛む頭をこらえて立ち上がろうとすると、脚で鳩尾を蹴られて再び机に激突する。

 こんなのは日常茶飯事で、日々このゴミ共のストレス発散に使われていて、体はボロボロ。

 ついさっきまではそれを当然のように受け入れていたけど、前世の記憶のせいで嫌悪感と怒りを覚える。

 もっとも、この程度の苦痛なら前世でも慣れていたけど。


 しかし、いくらなんでもあたし、運が無さ過ぎやしないだろうか。

 良く知らないけど、テンプレな異世界系ファンタジーじゃ、苦労して死んだらその後に凄い能力貰えたりして幸せな人生を歩むんじゃないの。

 それとも、こんなゴミ溜めみたいな洞穴で暮らすゴミみたいな人間のお山の大将が無理やり孕ませた人から生まれて、そんな人間のクズたちに魔法が使えない人間と見下される状況が、この世界じゃ幸せに類するんだろうか。

 んなわけあるか。


(絶対こっから抜け出してやる)


 あたしは反抗的な態度を取らないように心がけながら、固く決心をした。




 それから数日、毎日行われる暴力と暴言の嵐に耐えつつ、観察した。

 この盗賊団のアジトは、二つの国を結ぶ近道の少し離れた場所に構えられている。

 ここを通る商人なんかを襲って、男は殺して女は慰み者に、子供は裏ルートの奴隷として売るという典型的なクズオブクズなことをしているらしい。

 だけど逆に言えば、誰かを襲う時は大半の人員がここから出て行くので警備が薄くなる。

 実際、以前もそうだった。見張りはいるけど、アイツらはバカだから適当なことを言えば多分抜けられる。

 あたしは、その日が来るのを待ち続けた。

 そして、八日後。


「おい、奴隷商の馬車が仕掛けた罠に引っかかったぜ!」

「マジか!女か!?」

「いや、ガキばっかだ。金になるぜこりゃ」


 聞いてるだけで鳥肌が立つような酷い会話だったけど、あたしにとってはチャンスだった。

 その奴隷の子供たちは気の毒だけど、生憎あたしは聖人ではないので、見ず知らずの子供たちを助けようとするほど人間が出来ていない。

 まずは自分のことだ。

 情け容赦なく切り捨てる。


 絶対に逃げ出してやる。

 どんなところでもここよりはマシだ。

 あたしは連中が出て行ったのを見計らい、少しずつ盗んで作った脱出用の道具一式を掴んだ。





 結論を言うと、失敗した。


「げほっ…………!」

「気づいてないとでも思ってたのか?俺をあの馬鹿共と同列とでも?」


 バレてた。

 あたしの、この世界での父親に。

 荷物を持って走り出して、あとちょっとってとこでコイツがいきなり現れて、蹴り飛ばされた。


「はあ、ったく…………ガキなんて作るもんじゃねえな。俺の子ならちったあ将来役に立つかと思えばあの女、劣等髪なんて産みやがって。しかも育てきる前に死ぬしよ」

「かはっ…………こほっ」

「それでも、俺も一応情ってもんがあったんだな。何かに使えるかと思って殺さないでおいてやったのにその結果がこれだ」


 クソ親父は脇にぶら下げたサーベルを、鞘に入れたまま引き抜いてあたしを殴りつけて来た。


「うあっ!」

「飯も作れねえ、武器の手入れもろくに出来ねえ。やれることといえば野郎共のサンドバッグと、相手のオーラみたいなのが見えるとかいう妄想話だけ。マジで使えねえわ」


 妄想なんかじゃない。

 本当にあたしは、この世界に転生してからそういう能力を手に入れていた。

 視た生物のオーラを確認することで、相手がどういう人物かが分かる。

 でも、それだけだ。魔法でも何でもなさそうだし、それ以外は何も視えない。


「ここまでだな。何もしねえなら放っといたが、実の親父の俺から盗みを働こうとは。ろくでなしの娘は所詮ろくでなしってわけだ」


 コイツのオーラは、薄汚れていてドロドロしてて、そして大きい。

 つまり、性根の腐ったクソ野郎だけど腕は確かだということだ。

 この体じゃ―――いや、たとえ前世の体があったとしても、不意打ちすら許されない程度には。


「奴隷として売りたいところだが、前に取引してたところが共和国連邦に潰されたからな。新しいルートを確保するまでガキは間引いたりしなきゃいけねえし、これからその奴隷候補共が来る。最初の口減らしはお前にしておくか」


 動かない体と、抜かれたサーベルを、あたしは薄れかけた意識で視ていた。

 なんで、あたしがこんな目に。

 前世でも今世でも、親にも恵まれず運からも見放されて。

 殴られ蹴られ、最後には殺される?

 あたしは、何もしてないのに。


「い、や…………」


 神様ってのがいるなら、殺してやりたい。

 なんであたしばかりをこんな目に合わせる。

 何も成せず、ただ命を引き延ばされて、暴力を振られて。

 そんな環境から脱出しようとすれば、そこで人生終了。

 じゃあ、あたしは―――、


「死んどけ」


 一体、なんのためにこんな世界に生まれたんだ。



「か、頭アアアア!!」



 あたしの激情も意味をなさず、刃が心臓に突き刺されそうになった瞬間。

 慌てた声で盗賊の一人が走ってきた。

 憎しみと痛みでぼやける視界でもわかるほど、焦っている。

 クソ親父はサーベルを止めてそっちを振り向いた。


「なんだよ、うるせえな。ガキはどうした、捕まえたのか?」

「それが、無理に逃げようとしてそのまま崖から落ちて―――それどころじゃねえんです!頭、助けてください!バケモンみてえな金髪のガキが突然出てきて!」

「金髪だと?」


 金色の髪―――四大元素を模した髪色以外で唯一『光魔法』という魔法が使える吉兆の証だったか。


「まさか、例のティアライト家に生まれたっていう娘か?いやそんな馬鹿な…………」

「とにかくなんとかしてくだせえ!ガキとは思えないくらい強くて!空が光ったと思ったら一瞬で何人もっ」


 半狂乱になっている男がクソ親父にまくし立てている。

 どうやら束の間かもしれないけど、あたしは助かったらしい。

 その光魔術師の子供というのが何者かは知らないけど、もしかしたらソイツがこいつらの気を引いているうちに逃げ出せるかもしれない。

 あたしの運はまだ尽きていなかった。


 ―――カツン。


「ひっ!?」


 怯えた声を出す山賊Aと、サーベルを構えるクソ親父。

 あたしはいつでも逃げ出せるよう、震える足を奮い立たせて気づかれないように起き上がった。

 壁に寄り掛かって、タイミングを見計らうために入口の方を見続ける。

 足音が近づいてくるけど、あたしの位置からじゃ見えなかった。


「さすがは男所帯の山賊ね、酷い匂い」

「こちらを。御鼻と御口に押し当てれば多少は緩和されましょう」

「あら。どうもありがとう、気が利くわねケーラ」

「もったいなきお言葉です」


 侵入者は、二人組みたいだ。

 一人はあの山賊Aの言っていた光魔術師だろう。

 どれだけ強いのか知らないけど、せいぜいあたしが逃げ出しやすいようにちゃんと囮になってくれ。


「どうやらあと二人しかいないようですね」

「いえ、横の方にもう一人いるわね。でもたぶん子供。気配で分かるわ」


 おい、あたしに注意が向くようなことを言うな。

 ふざ、け―――。


「…………え?」


 二人組がこの、洞穴の奥に入ってきた、その瞬間。


 あたしの体は、動かなくなった。


 正確には、入ってきた少女の一人から目が離せなくなり、全ての思考力が彼女のこと以外を考えられなくなった。

 見た目からして五、六歳程度の、金色の髪をした美しい少女。

 だけど、そのオーラはあまりにも大きく、彼女が絶対的な強者であることを象徴していた。


「灰色の髪…………ウソでしょう、まさか短期間に二人目?金色の髪が吉兆の印って本当なのかしら」


 彼女の言葉以外のすべての音が聞こえない。

 彼女以外何も見えない。

 ただ一目見ただけで、あたしはそのあまりに完成された美しい少女に、魅入られた。


「傷だらけね。大丈夫?」

「あ…………え…………」

「おいおい!どこ見てやがる!」


 あたしは突然聞こえてきた声に我に返り、同時に声の主であるクソ親父を睨んだ。

 まるでこの人の声を穢されたようで。


「貴様如きが、この御方に…………!」

「いいのよケーラ、羽虫の羽音くらい。それどころじゃないわ」

「ああ!?」

「いえ、でもそうね。あまりざわつかれても耳が汚れるわ。ねえあなた」

「えっ…………は、はい」

「あの男とは何か関係あるの?」

「…………父、です。一応」

「ふーん。生かしておきたい?」


 ―――考える必要なんかなかった。


「…………全然、です。お好きなようになさってください」

「難しい言葉を知ってる子ね?まあいいわ、あなたがそう言うなら」

「おい、金髪だか何だか知らねえが、よくも俺のっ」


 クソ親父の言葉は、そこで遮られた。

 カメラのフラッシュのような光が発されて、思わず目を瞑る。

 一秒後に目を開けると、そこには。


「お見事です」

「いえ、ダメね。元の力の十分の一も引き出せてない。早く魔力を引き上げなきゃ」


 ―――首を落とされた盗賊Aと、体をバラバラにされた父の死骸があった。


「さて」


 不思議なほどに、恐怖を感じなかった。

 殺されるかもしれないのに、あたしを一瞬で魅了したこの人になら殺されてもいい、そう考えている自分がいることにあたし自身も驚く。

 それでも、手を向けられた時は思わず目をギュッと閉じた。


「《治癒の光(ヒールライト)》」


 でも、起こったことは想像と真逆。

 体にあったあざや出血が、瞬く前に消えていった。

 光魔法の、治癒の力…………?


「ふふっ、怖がらなくていいわ。別に殺したりしないもの」

「…………いいん、ですか。あたし、あの男の、娘なんですよ」

「親なんて関係ないわ。ワタシはあなたの話をしているの。ワタシがとても気に入ったあなたのね」

「気に、入った?」

「ええ。あなた、こんなに小さいのにアレから逃げ出そうとしたんでしょう?準備もして、一生懸命観察して。誰にでも出来ることじゃないわ」

「なんで、それを」

「見れば分かるもの。…………それに、あなたのその髪色もね」

「劣等髪が、ですか?」


 よく見ると、ケーラと呼ばれていたあの従者らしき十歳前後の少女も、黄土色の劣等髪をしていた。


「劣等髪?そんな言い方はよしなさい、あなたは劣ってなんかいないわ。むしろ唯一無二の才能の証よそれは」

「え…………」

「それについては、ワタシについてきてくれるなら教えましょう」


 あたしに目線を合わせてくれていた少女は、ほこりを払いながら立ち上がった。


「ワタシはね、ある人に会う必要があるの。そのための計画も生まれた時から準備してきた。あなたはその計画に必要になる。聡明で、こんな酷いことをされても折れない強い心を持ち、なによりその髪色を、()()()()を使える才能を秘めている。素晴らしいわ」

「…………!」

「ワタシは、あなたを気に入った。あなたをワタシのものにしたい。なってくれるなら、あなたの望みもきっと叶えましょう。だから―――ワタシの片腕になってくれないかしら」


 騙されているとか。

 もっとひどい暮らしを強制されるかもしれないとか。

 そんな不安は、どこにもなかった。


 あたしを救ってくれた恩。

 オーラを見れば分かる、何者にも揺るがされない強固な意思と、それを支える圧倒的な強さ。

 そしてなにより、あたしの心をざわつかせる、王の素質。


 あたしは迷わず、差し出された手を取った。


「あたしの望みは―――あなたにお仕えすることです。それがきっと、あたしがこの世界に生まれた意味です」


 この気持ちが、たとえ洗脳だろうが催眠だろうがどうでもいい。

 この御方のお傍にいれば、それだけであたしはきっと、世界一の幸せ者になれる。

 この御方のために死ぬなら、それはきっと世界一素晴らしい死だ。


「どうか、あたしを傍においてください。あたしを、貴方様の思うがままに使ってください」

「ふふっ、良い子ね。でもそこまでするつもりはないわよ」


 頭を撫でられた。

 前世を含めても、何十年ぶりだろう。この感覚は。


「う、うあ…………うあああ…………!」

「あらあら」


 思わず涙が出た。

 恥ずかしい。


「辛かったわね」


 そんな優しい言葉を掛けられただけでも、あたしの目は潤みをさらに強くした。

 ひとしきり、前世の分も泣いた。

 そして、涙も涸れた頃。




「…………すみませんでした」

「問題ないわ」

「お気になさらず」


 鼻をすすり、恥ずかしさで死にそうになりながら、あたしは俯いていた。


「ところであなた、名前は?」

「えっと…………ありません」

「あら、そうなの?」

「はい。お好きなようにお呼びください」

「じゃあ、そうね…………『ホルン』なんてどうかしら?」


 あたしなんかに似合わない、可愛い名前な気がするけど。

 この御方がそれが良いというならそうしよう。


「分かりました。今この瞬間から、あたしはホルンです。末永くよろしくお願い致します」

「ふふっ、素直でいい子ね。ねえケーラ」

「はい」


 褒められてしまった。

 どうしよう、この御方に褒められるだけですごく高揚する。


「あ、そうそう。ワタシとしたことがまだ自分の名前を言ってなかったわね」


 あたしのご主人様となった少女は、その金色の髪をたなびかせ。

 そして、その髪色を青へと変えた。


「え…………?」


 突然の出来事に目を奪われかけたけど、それよりも早く、ご主人様が名乗った。




「ルクシア・バレンタイン。今はそう名乗っているわ。よろしくね」





 これが始まり。

 この出来事が、ホルンという名のあたしを生み出した。

 その生涯をかけてお仕えすることとなる、ルクシア様との出会いだ。

全然関係ないんですけど、リコリコ→水星の魔女→転天って百合オタ殺しに来てませんかね?

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[一言] 待ってましたァァァァ!!
[一言] 待ってましたー!!
[良い点] 待ってましたー! ありがとうございます
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