第197話 ずっと一緒(第一部最終回)
「さて、今後についての会議を始めるわよ」
大書庫の椅子にそれぞれ着席して、姿勢を正した。
あまりにも増えすぎた問題点の整理をするために。
「それに入る前に―――ステア。私は察しはついてるし、クロは知っているようだけど、一応あなたの口から、自分の身に何があったのかを説明して」
「ん」
ステアはこくりと頷いて立ち上がり、ゴラスケを抱えたまま喋りだした。
「結論から言う。私は、未来から来た。前の時間軸の、スイの魔法で」
ステアは、前にわたしに話してくれた話をかいつまんで話し出した。
ステアの説明だけに話は長くなったけど、それでも三十分くらいにまとまった。
「これが、全部」
ステアがしゃべり終わって息をついて座った瞬間。
「………てことはなんですの、私あの女の死体人形にされてたんですの!?」
「マジか、記憶はないとはいえ随分な話だな」
「ステア―――こう言っちゃなんだが、よく正気を保てたな」
「スイが、いたから」
三人が堰を切ったように質問しだした。
そしてノア様はというと、不機嫌そうにも楽しそうにも見える複雑な顔で、騒ぐ側近たちを見つめていた。
そしておもむろに立ち上がってわたしに近づくと。
「クロ、代わって」
「かしこまりました」
即座に言葉の意味を悟って、わたしは頭の中で情景を思い浮かべる。
わたしと、わたしじゃないものが、入れ替わる姿を。
間もなくわたしは意識と五感こそはっきりしているものの、完全に体が動かせない状態になった。
『スイ、ノア様がお呼びです』
「分かってるよ」
おそらく、今鏡を見たらわたしの髪色は銀色になっているんだろう。
「スイ、改めて褒めてあげるわね。本当によくやってくれたわ、あなたがいなければ本気で最悪の未来になるところだった」
「滅相もございません、主様。あなた様のお役に立てたことが、ボクにとって最上の喜びですから」
「………しかし忌々しいわね。この私を騙していた挙句に、私のお気に入りたちを皆殺しにして利用するなんて、想像しただけでイライラしてくるわ!」
ムキィー!とでも言いたげな顔をして、ノア様は頭をくしゃくしゃにした。
「スイ、あなたとクロがそんな面白………もとい、面倒な体になった以上、是が非でも協力してもらうわよ。ルクシアとの戦いで、あなたの時間魔法は必須と言っても過言ではないわ。幸い向こうはあなたが自由にクロの体を使えることも、魔力が増大していることも知らないはず。まあすぐバレるでしょうけど」
「勿論です、主様!千年もの間この時を待ち続けたんです、今度こそあなた様を………主様、今面白い体って言いそうになりませんでしたか?」
「気のせいよ」
『どう思う?』
『絶対気のせいじゃありませんが、スルーしましょう』
この御方の愉快犯ぶりにいちいち付き合ってたら、脳がいくつあっても足りない。
スイもそれは分かっているようで、何も言わずにそれ以上の言及をやめた。
「ま、まあなんにせよ、これからは再び、主様に忠を捧げます。主様の往く覇道に、最後までお供いたしましょう」
「期待してるわ。あの子たちとも仲良くしなさいね」
わたしはスイと仲が良い云々はともかく、息が合う気はしないんだけど。
「スイ、これから一緒、なの?」
「そうだよステア」
「ん、よかった」
当然ではあるけど、ステアはスイと上手くやれそうだ。
スイに記憶がないとはいえ、二年以上も一緒に過ごしていれば当然か。
「………………」
「どうしたんだいオトハ。そんなにボクを見て」
「いえ、ちょっと確認したいことが一つありまして」
「なに?」
「失礼ですが、スイさんって男性ですの?女性ですの?」
「こんな口調だけど女だよ」
「………ああっ、またライバルが一人増えてしまいましたわ!」
「えっ?」
オトハは相変わらずか。
というか、普通は警戒する性別が逆じゃないだろうか。
「この変態は放っておいてくれ。よろしく、スイさん」
「こちらこそだよオウラン」
オウランは普通。
「おーう、よろしくな」
「よろしくルシアス、君の空間魔法とボクの時間魔法は相性がいいから、組むことも多くなるかもね」
「マジでか。そりゃ楽しみだ」
ルシアスも『戦ってみてえ』っていうギラギラした視線以外は普通だ。
スイと戦うってことはわたしの体を使うんだからやめてほしい。
『それと君も。よろしく、クロ』
『また扱いに困りそうなのが増えましたが………まあ、よろしくお願いします』
何故話が進展していくたびに、わたしの苦労はそれに比例して増していくんだろう。
オウランやステアはともかく、オトハやルシアス、それに苦労の原因ぶっちぎり一位が自分の主なんだから、それも当然と割り切るしかないんだろうか。
さらに、主導権はこっちにあるとはいえ、自分の体まで別人に入り込まれるとは。
この世界に転生してから、妙なことばかりだ。
ノア様に拾われて。
闇魔法に出会って。
ステアを見つけて。
オトハとオウランを見つけて。
ルシアスを見つけて。
スイに入り込まれて。
「ちょっとスイさん、お嬢様に近すぎではありませんの!?そこは私の位置ですわ!」
「いつからノアマリー様の傍がお前の位置になったんだ」
「姫さん、ちょっと聞きたいことがあんだけどよ」
「お嬢、お腹空いた」
「はいはい、いっぺんに聞けるわけないでしょう。まずはクロに言いなさい」
「なんでわたしを通す必要があるんですかノア様。………って、戻ってる」
引っ込むのはスイの意思でも出来るのか。
『しかしクロ、君の体、なんだか軽すぎない?少し太っても罰は当たらないと思うけど』
『大きなお世話です』
外側も内側も騒音でいっぱいになってしまった、わたしの第二の人生。
苦労に続く苦労、尻拭いに続く尻拭い、面倒に続く面倒。
まったく、もう少し全員自重して欲しい。
でも、まあ。
前世よりは、何百倍かマシではあるか。
「ちょっとクロさん、聞いてますの!?」
「クロさん、ちょっと相談なんだけど」
「なあクロ、これ飲んでいいのか?」
「クロ、ホットケーキ、食べたい」
『ねえクロ、やっぱり一日ごとに体を交代する制度にしない?』
「ちょっとクロ、本に手が届かないから取ってちょうだい」
「ああもうっ、いっぺんに喋らないでください!」
わたしはこれからも、ノア様とこの仲間たちと一緒に過ごすんだろう。
ノア様がこの世界を手に入れるその日まで。
わたしをノア様が拾ってくれたあの日から、この命はノア様のものだから。
だけど、ただ一つ言うなら―――。
「いい加減あなたたちは!我儘を控えてください!!」
『闇に染まった死神は、怠惰で強欲な聖女に忠誠を誓う』
第一部 完
はい、突然で驚いた方も大勢いらっしゃるかと思いますが、ここでクロたちの物語は一旦終結します。
この後のクロたちの行方は?ルクシアとの対決は?そこら辺については、第二部にて語るかもしれません。
ただ、作者個人としては、このまま幸せなままで終わらせてもいいかもしれない………と、思ったりしています。
この辺りについては活動報告にてもう少し詳しく語らせていただきますので、詳しくはそちらをご覧ください。
クロの前世での死からここまで幸せを掴むところまで読んでくださって、読者の皆様に対しては感謝の念に堪えません!
これからも、作者と拙作をよろしくお願いいたします。