第196話 クロとスイ
「はあ………」
道をぶらぶらと歩きながら、わたしはため息をついた。
あれから三日、わたしたちは一旦帝国を離れて、ティアライト領に戻ってきた。
数日のうちに帝国に残ったフロムとリーフとまた会って、今後の帝国と王国の関係について話し合わなきゃならない。
なにせこちらは王国の実権は事実上ノア様 (というかステア)が握っていて、向こうは皇帝がとっくに死んでるのが判明したんだから、どちらも王がいないようなものだ。
混乱を避けるために市民には非公開として、今後の付き合い方を考えなきゃならない。
しかし、ルクシアとの戦いの時は、わたしはあまり役立てなかったな。
途中から死んでいたし。
死ぬというのは二度目だったけど、闇魔法で殺された人間は走馬灯を見る暇も無く即座に痛みなく死ねるというのが、わたし自身で証明されてしまった。
あの後、わたしの体は別の魂によって動かされていたらしいけど、もちろんその記憶も無い。
死んでいる間の記憶があるわけもないけど。
ただ、これがため息の理由かと聞かれれば、正直違う。
あの後、もう一つわたしの心労の理由が意図せず増えたのだ。
それは何かというと。
『そんなに深くため息をつかないでくれよ、幸せが逃げるじゃないか。同じ体を共有しているんだから、君が死ねばボクも死ぬんだよ?』
………はあ。
『あっ、また!』
頭の中にガンガン響いてくる、この声だ。
スイピア・クロノアルファ―――通称スイ、かつてのノア様の側近だった時間魔術師。
ステアに「二周目」を与えて最悪の未来を変える要因を作ってくれた、言うなればわたしたちの恩人なんだけど、その気持ちも薄れ始めてきている。
『頭の中で喋らないでくださいって言ってるじゃないですか。響くんですよ、直接脳に』
『仕方ないじゃないか、君の体とボクの魂の親和性があまりにも高すぎて、ボクの魂が離れられなくなってしまったんだから』
『身体なら言ってくれれば貸しますし、黙れとは言いませんから、少し自重してください。いきなり話されるとビクッってなるんです』
スイはどうやら感動的なお別れをステアたちとしたみたいなんだけど、スイが言ったようにわたしの体から離脱できなくなってしまったらしい。
だけどわたしの魂をわたしの体から追い出すことなどできるわけも無く、結果として一つの体を二つの魂で共有するなんて、ややこしいことになってしまった。
一応切り替えの主導権はわたしにあるとはいえ、自分の体を他人に寄生されているようでなんか複雑な気分だ。
『そういえば最近、寝ても疲れが取れないんですが。まさかとは思いますが、わたしが寝てる間に体を使って遊んだりしてませんよね』
『見くびらないでくれ、体を借りている状態でそんな図々しい真似はしないよ。精々、主様とステアの可愛い寝顔を観察しに行く程度さ』
『十分図々しいでしょうそれ、寝不足はそのせいですか』
勘弁してほしい。
ただでさえノア様やオトハの奇行でこの体には精神的にも肉体的にも平均の三倍くらい負担がかかっているというのに、その上睡眠を削られたら間違いなく早死する。
随分と厄介なものを体に引き入れてしまった。
『君はボクの何がそんなに不満なの?ボクが入ったおかげで、君も随分と強くなったじゃないか』
『それは否定しませんが………』
『魂に刻まれた記憶を共有することで、かつての主様の使っていた闇魔法の編纂を見せてあげられるし、魂を切り替えればボクの時間魔法も使える。挙句に魂の同居によってボクの魔力が上乗せされて、魔力が倍以上に跳ね上がるときた。互いにメリットだらけだろう?』
たしかにそこに関しては感謝してる。
スイが体に入ったおかげで、わたしの能力は格段に跳ね上がった。
特に魔力量。スイは全盛期の魔力こそ肉体がないためにないものの、魂に刻まれた魔力によって今まで存在を維持してきた。
その分の魔力がわたしの体に上乗せされたことによって、400だったわたしの魔力量は840にまで上昇している。
魔力量だけならノア様を上回った。
『ですが、どうもあなたと上手くやっていける気がしないんですよ』
『………うーん、奇遇だね。困ったことに、ボクもそんな気がするんだ』
***
ティアライト家の敷地に入り、大書庫の入り口から中に入る。
中にはノア様とステアがいて、どっちも真剣な面持ちで魔導書を読んでいた。
「ノア様、ステア。お昼ご飯作って来たので、ここに置いておきますよ」
「ありがと、クロ」
「クロ、ちょっと今手が離せないから食べさせてくれる?」
「ノア様、いくつなんですか。ちゃんとご自分で食べてください」
『なんで?やってあげればいいじゃん。主様があーんさせてくれるなんて、超がつくほど名誉なことだと思うけど?』
………………。
『あのですね、いくら主人とはいえ、甘やかしすぎたらダメ人間まっしぐらでしょう。いえ既にダメ人間ではありますが。それを矯正するのも側近の御役目です』
『王の才能を持つ人がダメ人間で何が悪い?たしかに主様が超絶ダメ人間であることは否定しないけど、それを支えるのが側近の役目だと思うね』
『そんな理屈が通ってたまりますか。もしかしたらこの先、わたしたちとはぐれてしまうような事態になるかもしれません、そんなときにこのダメダメ人間のままだったら、この御方はどうなると思います?それを考えて発言してください』
『主様のスーパーダメ人間ぶりは千年前から変わって無いけど、それでもそんな事態になったことは無いよ。そもそも主様とはぐれる前提で話を進めてる時点でおかしいと思うな。そうならないように努めるのが配下の役目だし、万が一そういう状況になってしまったとしても、主様を早期に発見することが君たちの仕事じゃないか』
『うぐっ』
こいつ………。
『でしたら、ノア様の覇道が成就して、世界を手に入れた時、この御方をこのウルトラダメ人間のまま頂点に君臨させるんですか?わたしたち希少魔術師ははともかく、一般人にはノア様の御威光は理解できないかもしれません。そんな時に役立つのは普段の所作です。一国を治める程度ならともかく、世界を手に入れるのであれば基本的な能力は必須です。このミスダメ人間コンテスト大陸代表みたいなままだったら、世界滅びますよ』
『それは………』
スイは唸り、やがてため息をついて、
『………やっぱり、君とは気が合いそうにないね』
『わたしもそう思います』
スイの何が面倒って、わたしとは違う視点から正論を言ってくることだ。
わたしは基本的に、自分が間違っていると感じれば謝罪するし、向こうが一方的に間違えてるなら遠慮なく正論で反撃する。
けど、向こうも正論を持ってくるとなると、意見の押し付け合いの口喧嘩に発展してしまうと最近気づいた。
スイが間違ってるとは思わないけど、わたしだって間違ってない。
この御方をダメの擬人化みたいな今のままにしておいたら、間違いなく後々苦労する。
「あなただって、ノア様のダメ人間ぶりを改善するのに反対というわけではないのでしょう?」
『まあね、ダメが治るならそれに越したことは無いんじゃない?』
「嫌でも今後は文字通りの一心同体なのですから、互いに協力し合わないとやってられませんよ。まずはノア様ダメ人間脱却の意見の妥協点を見つけ合うことからです」
『君のそういう理性的なところは好いてるよ。よし、じゃあまずは話し合いからだね』
「ええ、まずは」
『………ねえクロ、君』
「なんです?」
『いや、普通に今声に出して―――』
「クロ?スイ?一体どんな会話をしてるのかしら?楽しそうね」
「『あっ』」
喧嘩友達ができてよかったねクロ。