第195話 ホルンの憂鬱
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
フィーラ共和国連邦、バレンタイン家の敷地の近くの森には、地下に大図書館が隠されている。
光魔法でしか開くことが出来ないその場所は、ご主人様がまだルーチェという千年前の大魔術師だった時代に作られたもの。
敵方であるノアマリー・ティアライトたちの一派も似たような場所を隠し持ってるっぽいけど、どこにあるかは分からない。
まあとにかく、その絶対に見つからない大図書館の中でアタシたちは、
「ああああああああああああああああああああああああああ、あの女あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
―――主人である、ルクシア・バレンタイン様の叫びを、耳を塞ぎながら聞いていた。
「ル、ルクシア様。どうか落ち着かれますよう―――」
「落ち着け!?落ち着けというの!?これが落ち着いていられると思うの!?ねえ、言ってみなさいよ!!」
「あ、いや………」
側近筆頭のケーラが必死になだめてるけど、効果は薄い。
ご主人様が何故こんなにも怒り狂ってるのかといえば、当然、昨日のあの事件が原因だ。
何年も―――それこそ、ワタシがこの世界に転生するより前から、途方もない時間をあのノアマリー・ティアライトともう一度出会うために捧げ続け、万難を排し続けて、やっと掴んだノアマリーの婚約者という立場。
それを棄却され、今度は武力行使に出ようとしたら、どこからか情報が洩れていて、直前で邪魔された。
邪魔したのは、ステア。
クロさんの次にノアマリーの配下となった片腕、魔力量だけならばご主人様すら上回る天才精神魔術師。
だけど、まさかあそこまで優秀で、かつこちらを邪魔してくるとは流石のアタシたちも予想外だった。
「………ちょっとホルン、あんたあれなんとかしてきなさいよ」
「はあ?そう言うならリンクがしてきてよ。ほら、ポケットに入ってた銅貨一枚あげるから」
「いらないわよ!」
「まあまあ、お前たちまでギスギスしてどうする」
「この二人は常にこんな感じですがね」
癪だけど、バカリンクがいなければあの場で全員殺されていた可能性すらあった。
コイツの伸縮魔法も、たまには役立つもんだ。
「メロッタ、あんた行ってよ。こういうの一番得意でしょ」
「えー………主君様とはいえ、あそこまで猛り狂っていると殺されかねないぞ」
「いくらヤンデレ、メンヘラ、クレイジーサイコレズ、三大地雷女フルコンプしてるご主人様でも、さすがに側近クラスに危害加えないくらいには理性保ってるっしょ」
「聞こえてるわよホルン!!」
やっべ。
「あー、とりあえず怒りを鎮めてくださいご主人様。お気持ちは強くお察ししますが、そう感情に怒りを任せるとデメリットが大きすぎますよ」
「ふーっ、ふーっ、ふーっ!」
「今回は確かに負けました。しかしそれは、ステアの予想以上の情報力、あの時間魔術師の存在、フロムを死体人形に出来なかったアタシの落ち度、様々な負の要因が重なりに重なったからです。ご主人様の計画自体は完ぺきだったはずです。なので、今度は得た情報を基に新しく計画を立てましょう。それでノアマリー・ティアライトは貴方様のものです」
「ふーっ………すぅー………ふーっ………」
慌ててなんとかそれっぽいこと言ったけど、どうやら落ち着けることに成功したらしい。
ご主人様は深呼吸を始め、不機嫌さこそ残ったものの、理性を取り戻したようだ。
「………失礼、ちょっと取り乱したわ」
『ちょっと?』という疑問がおそらく全員の頭に浮かんだけど、全力で顔に出さないようにこらえて話を聞くことにした。
「ホルンの言う通りね、一回の失敗でこんなに悩むことも無いわ。千年も待ったんだもの、ちょっとくらいのミスは無いも同然よ」
「そ、その通りですよお姉様!次は最初からリンクもお手伝いしますから!」
「頼もしいわね。リンク、あなたがいなかったら全滅もあり得てたわ、ありがとう」
「い、いえ!お姉様に褒められるようなことは何も………えへへえ」
なんだろう、コイツが褒められると無性に腹が立つ。
徹底的に人間が合わないんだと思う。
「問題はあの女よ。まさかスイピアがこの時代にも存在するとは思わなかったわ。おそらく、ステアさんが異常に強くなっていたのも彼女の仕業ね」
「そう、それです。ルクシア様、彼女は何者なのです?どうやらクロ様のお体に入っていたようですが」
「スイピア・クロノアルファ。千年前にハルちゃんの右腕だった魔術師よ。察していると思うけれど、全魔法中最も珍しい《時間魔法》の使い手にして、当時のワタシが唯一取り逃がし、ハルちゃんをワタシの目の前で攫った女」
「時間魔術師………やっぱりそうなんですね」
「ステアさんが強くなっていたのはおそらく、あの女がハルちゃんを助けた時と同じことをステアさんにやったんでしょうね。つまり、未来でステアさんを鍛えてから過去に精神を送ったんだわ」
「えーっと?」
「要するに、本当はワタシたちは勝ってたの。多分、フロムもリーフも、ノアちゃんの側近も、ステアさんとクロさん以外はみーんな死体人形に変えて、ワタシはノアちゃんを自分のものに出来ていた。けどあの女の時間魔法が介入したことによって未来が変わって、こんなことになったんだわ」
反則過ぎやしないか時間魔法。
過去に戻って未来を変えるってなんだ、某黒髪魔法少女か?
それとも「いっけえええーーー!」って叫びながらジャンプする女子高生?
いずれにしろチートだ。
「今回のことで、警戒する要素がかなり増えたわ。スイピアにステアさん、それに加えて他の側近も予想以上に強くなるスピードが速い。ワタシに関しては、ノアちゃんを手に入れることとスイピアへの怒りで取り乱したのが一番大きな敗因ね。ここは何とか矯正しなきゃ」
「我々もまだ精進が必要ですな。まさかフロム一人相手に、ああも手も足も出ないとは」
「アタシに関しては弱体化したしね。虎の子の死体人形を全部置いてきちゃったし。誰かさんが忘れたせいで!」
「はーあ!?命助けてもらっただけありがたいと思えば!?」
「二年前には魔獣からアタシが助けてやっただろ!」
「あれはあんたが原因みたいなもんじゃない!」
「なんだとこのナルシスト娘!」
「なによ死体女!」
「相変わらず二人とも仲良いわねえ」
「「仲良くないです!!」」
あっ畜生、ベタなことやらかした!
何でこんな女とハモらなきゃいかんのか。
「仲が良いのは結構よ、二人にも強くなってもらわなきゃいけないから、互いを意識して頑張ってもらうわ」
「だから仲良くないですって、誰がこんな似合ってないツインテ自慢げに揺らす痛い女と!」
「誰がこんな墓掘り起こしてニマニマしてる死体愛好家と!」
「「なんだとこのっ」」
「ああもうやめろお前たち、話が進まん!」
この女、いっぺんマジで上下関係ってやつを叩き込んでやる必要があるらしい。
いいだろう、こうなったら戦争だ。
アタシの本気を見せてやろうじゃないの!
「はい、そこまでー」
と、思ったのに。
互いに魔法を仕掛けようとしたアタシたちの手を、いつの間にか移動したご主人様ががっと掴んだ。
「そろそろやめにしなさい、二人とも。ワタシが怒る前に」
「は、はい」
「すみません、お姉様………」
怒られた、リンクのせいだ畜生。
「じゃあ、いったん解散しましょうか。良い作戦が思いついたらまた呼ぶわ。ホルン、リンク、あなたたちもしばらくはこの付近で待機しなさい」
「かしこまりました!」
「了解です」
アタシはルクシア様に頭を下げて、死霊魔法の魔導書を取ろうと―――。
「………あの、ルクシア様?手を放していただけませんと、勉強ができないんですけど」
「ねえ、ホルン?」
「え?はい」
「三大地雷女ってどういうことかしら?」
………やっべ、根に持ってた。