第192話 協力
「ふ、ふふ、ふふふふ………」
追い詰められたルクシアは、肩を震わせて笑い始めた。
敗北感でおかしくなったか、それとも。
「素直にさすがと言っておくわ、スイピア・クロノアルファ。千年前はハルちゃんの副官とまで言われた天才なだけのことはある。このワタシに二度もこんな屈辱を味わわせたのは、あなたが初めて」
「恐縮だね」
「ワタシの光魔法と氷雪魔法は、時間魔法に対しては相性が悪い。氷雪魔法は光魔法と相性がいいから習得したけれど、まさかあなたがこの時代に現れるなんて夢にも思っていなかったんだもの」
スイは身構え、私もいつでも対応出来るように魔法を準備しておく。
「光魔法と比べて習熟度が数段劣る氷雪魔法だけで、あなたたち三人―――ステアさんを含めれば四人を同時に相手するのは、さすがのワタシも厳しい」
それを聞いて、一瞬だけ私はほっとした。
ほんの僅かに、全員の体から力が抜けた。
「―――とでも言うと思った?」
その隙をつくように、ルクシアの氷塊がスイに迫った。
「こんなもの―――!?」
スイは再び時間を加速させ、氷を気化させようとした。
だけど。
「ぐっ!?」
なぜかスイはそれをせずに、咄嗟に魔法を中断して横に飛びのいた。
「飛びのいただけじゃ、延々と氷は追い続けるわよ」
「くそっ!」
氷塊はスイをどこまでも追い続ける。
何故スイは氷を気化させないのかと考え、一瞬でその考えに行きついた。
「リーフ!落雷魔法で、あの氷、壊して!」
「承諾」
瞬時にリーフが氷を破壊した。
電気熱で氷が溶ける―――と思いきや。
「やっぱり、溶けない」
「溶けない氷!?」
「正確には、氷の周囲を氷点下の冷気で覆っているみたいね。あれならたしかにスイの対策になるわ」
そう、時間魔法は強力だけど、決して無敵じゃない。
最も面倒な弱点を的確についてきた。
「時間魔法が操れる時間は、対象物の質量と魔力に反比例するのよね!つまり質量を大きく、魔力を多く使った魔法であれば、あなたの時間操作はその強力無比な性能が激減する!」
「このっ、面倒な真似を!」
「この千年、何万回お前を頭の中で殺したと思っている!対策なんていくらでもあるわ!」
スイを集中砲火し始めたルクシアに、お嬢の剣が迫った。
「ちょっと邪魔しないでいてねノアちゃん、まずはあの女を殺すのが先だから」
剣は届く前に、一瞬で現れた氷によって阻まれる。
「リーフ!」
「《降り注ぐ轟雷》!」
「《氷絶壁》」
リーフの魔法も氷で受け流され、さらには氷のつぶてがリーフに飛んだ。
「あなたももう用済みよ。落雷魔法を使えるようになったのは素晴らしいけど、属性が違うとはいえ千年魔法を使い続けたワタシと、たかだか十数年生きた程度のあなたじゃ、覚醒魔法のレベルが違う。あなたじゃワタシには勝てない」
「ちっ!」
「氷雪魔法なら対処できると思った?残念、光魔法ほどじゃないにしても、こっちだって十分使えるの。世界最強を舐めないでほしいわ」
さらにルクシアは氷を増やし、四方八方を完全に氷で覆った。
氷はまるで鏡みたいに私たちを映し出す。
「《散り巨雹》」
さらに無数の巨大な雹が、私たちに降りかかる。
「うおっ!?」
「あっぶな―――」
私たちが避けている間に、ルクシアの髪色が変わっていく。
「《時間遅―――くそっ!」
スイが時間魔法で魔法が使えない時間を引き延ばそうとしたけど、間に合わない。
すぐに髪色が金に戻り、再びルクシアの姿がぶれる。
私の記憶伝達で直前に察知して飛びのいたリーフ。
だけど、氷で足を取られて一瞬動き出すのが遅れた。
「《聖光の鉄槌》」
「あ、ぐぅ!?」
光魔法が右足に直撃して、潰れた。
「リーフ!」
「《治癒の―――」
「遅い」
「げほっ!」
「主様!」
まずい。
スイがルクシアへの対策を考え続けたのと同様に、ルクシアもスイへの対策を考えていた。
これじゃあ、スイの時間魔法が上手く機能しない。
何とかしなきゃ。
「でも、どうすれば―――」
頭をフル回転させて、対策を考える。
一瞬だけでいい。一瞬だけでも隙を作ることが出来れば、スイが光を遅く出来る。
考えろ、その方法を。
光魔術師だって人間だ、いくら周囲に気を配っていても、一瞬別の所に意識を集中させることくらいは不可能じゃない筈。
集中するために、ゴラスケをぎゅっと抱きしめて考える。
………そうだ。
「ルシアス、オトハ、オウラン!協力、して!」
「きょ、協力って………どうするんですの?」
「隙を作る。スイの時間魔法が、当たるように」
一人じゃ無理。
でも、四人で協力すれば。
私は、作戦の概要を三人に伝えた。
ルシアスの魔力があまり回復してない今じゃ、チャンスは一度だけ。
「おらあああっ!」
「………!」
まず、ルシアスが空間を断裂させてルクシアを囲む。
「タイプ94、《致死煙》!」
「《耐性最弱化・猛毒》」
オトハの毒劇魔法で断裂した空間に毒の煙を発生させ、オウランの耐性魔法で毒耐性を下げる。
シンプルだけど、これ以上なく有効打のはず。
「ふっ………あははは!」
だけど、光魔法を使えるルクシアはどんな毒を受けても簡単に解毒できる。
普通は耐性を下げたって通用はしない。
「ステアさん、この程度でワタシの集中を乱そうなんて甘すぎるね。あなたらしくもないお粗末な作戦。こんなものでスイピアへの警戒を忘れるほど、ワタシは愚かじゃない」
嘲笑するように私たちを見たルクシアは。
「そこで黙ってみてるといい。どうせノアちゃんがワタシとの結婚を拒否した以上、あなたたちは殺すんだから。特にステアさん、私の完璧な計画を邪魔しようとしたあなたはね。だか、ら………?」
話を最後まで続けず、その場で膝をついた。
戸惑い、立ち上がれず、口から血を吐いた。
目からも血が出て、体が震えだす。
「なん、で………解毒、したはず………!?」
ルクシアもお嬢も、解毒が出来るというだけで、毒が効かないわけじゃない。
オトハの作り出す毒は、即効性があるとはいえ、一番強力な毒でも相手を殺すのに数秒必要。
だからそのうちに解毒されて通じない。
だから、私がそれを阻止した。
ルクシアの強固な精神に無理矢理干渉して、解毒の魔法を使ったと思い込ませた。
だから、ルクシアは解毒を使っていない。
「ア、《解毒》………!」
頭が回っていない状態で、無理に解毒の魔法を使う。
この状況で。
「げほっ………あ、しまっ!?」
ハッとしたルクシア。でももう遅い。
光魔法で離脱される前に、
「《時間停止》!」
ほんの一瞬だけ、スイが時間魔法でルクシアを停止させた。
その一瞬があれば。
「《雷鳴の魔剣》」
「《勇者の聖剣》」
リーフとお嬢が、即座にルクシアを斬り裂いた。
「カハッ………」
「………やっと当たった」
時間停止によってすべての防御が機能していなかったルクシアは、慌てて回復魔法をかけようとした。
「《記憶爆裂》!」
「がああ!?」
すかさず精神を乱して、回復を阻害した。
「あ、ああ………ノアちゃ………」
言葉を言いきらないうちに。
ルクシアは、バタリと倒れた。
すみません、諸事情で数日更新を見合わせます………。
一週間以内には再開する予定なので、これからもよろしくお願いします。