第191話 時間停止
「スイ?」
「はい!」
再度驚いたというように口元を片手で覆ったお嬢は。
今度は、なんとなく呆れたような顔をした。
「あなたまさか、千年間ずっと魂の時間を止めて生きてたの?」
「その通りです!」
「で、今はクロの体を使ってお話し中ってわけね。呆れた、どいつもこいつもなんでそんなに私についてきたがるのよ」
「え!?あの、主様?もっとこう、感動のセリフとかないんですか!?久しぶりのスイですよ、千年越しの感動の再開ですよ!」
「千年越しの再開ならついさっきやったもの、二回目だとねえ」
「あんな女と一緒にしないでください!泣きますよボク!」
涙目になって訴えるスイを見て、お嬢はちょっといつもの黒い笑みを浮かべて、
「からかい甲斐は相変わらずねえ」
「あ、主様あ………」
スイの頭を、満足そうに撫でた。
「なるほど、ステアが色々と知っていた理由と、やたらと強くなってた理由がようやく分かったわ。あなたが噛んでたのね」
「は、はい。尤もボクにその記憶はありませんが………」
「前に私を助けてくれた時の過去逆行の魔法をステアに使ったのかしら。なんにせよよくやったわ」
「は、はい!ありがとうございます!」
パアア………とスイの顔が明るくなった。
分かりやすい。
「お嬢、時間がない」
「そうね。スイ、あなたどれくらい戦える?」
「この肉体との親和性が高いので、全盛期と変わらない程度には。ですが、この少女の体の問題であと十三分二十秒しか体を使えません」
「十分よ」
クロの命は、クロ自身が消したもの。
クロは自分の体や精神であれば、消しても元に戻せる。
だから自分の命を一時的に消してもらうことで、スイを体に宿した。
だけどそれも、あと約十三分。
「というかあの、お嬢様?その方、誰ですの?」
「ああ、忘れてたわ。この子はスイ、千年前の私の右腕の時間魔術師よ。あなたたちの先輩ね」
「「「はああああ!?」」」
「み、右腕だなんてそんなあ。ボクなんか主様の足元にも及びませんよ、えへへ」
「知ってる」
「嘘でも否定してくださいよそこは!?」
「質問、彼女は戦える?」
「戦えるどころか、この状況に限ってはまさに天の恵みだわ。この子の使う時間魔法は、光魔法にとって闇魔法に次ぐ天敵属性。私の知る限り、この子ほどあの女に対抗しうるのに適した魔術師はいない」
機を計らったかのように、そのタイミングで向こうで瓦礫が吹っ飛んだ。
お嬢と同じ金色の髪を乱れさせ、俯きながらもゆっくりとこっちに近づいてくるルクシアの姿が見えた。
すさまじい悪寒と、無意識に震える体。
ルクシアから放たれる殺気がそうさせているのか。
「銀色の髪………時間魔法………その口調………!お前、スイピア・クロノアルファねえ!?」
「千年もの間、ボクなんかを覚えててくれるなんて光栄だね」
ルクシアは体を震わせ、大きく仰け反って、
「ふっ………あはははははは!あははああはっはっはは!」
狂ったように笑いだした。
「神様がいるとしたら、本当にワタシの味方みたいね!死ぬほど愛している人と、死ぬほど殺してやりたい女が千年経ったこの時代に同時に現れてくれるなんて!」
今までのおしとやかなルクシア・バレンタインの皮を被ってた時からは想像もできないような獰猛な笑みを浮かべた彼女は、スイに本気の殺意を向け続けている。
「………おい、めっちゃ怒ってんぞあの女」
「スイっていったっけ?あんたなにかしたの?」
「何かと言われても。あの女がかつての主様を倒して、満身創痍で高笑いしてる隙をついて、あの女の時間を止めて主様を救出しただけだよ」
「あー、そりゃあのイカレ女なら怒り狂うわな」
「それ以前にも貴方、ルーチェの配下の希少魔術師部隊を一人で壊滅させたことがあったでしょう。あれよ」
「あー、そんなこともありましたね」
そんなことしてたんだ。
やっぱりスイって強い。
「スイピア・クロノアルファ………ワタシのお気に入りたちを全滅させた挙句にワタシの前からハルちゃんを奪った女………!許さない、絶対に………お前だけは、このワタシが殺す!」
「っ!全員飛びのけ!」
スイの言葉を合図に、全員が言われた通りに後ろに飛びのいた。
直後、極太のレーザーがスイのいた場所を貫く。
でも、私は心を読んでたから分かったけど、スイはどうやって?
「《滅亡の星光》!!」
「《時間停止》」
ルクシアの光魔法がスイに襲い掛かる。
けど、スイは簡単に時間を停止して攻撃を止めてしまった。
光の速度、しかも最高位魔法を片手間で止めるなんて。
「たしかに光速は不可知だ。だけどステアがやったように、来る場所さえわかっていれば対策はできる。ボクの未来視があれば、光魔法がどこに来るかはすべてお見通しってわけだよ」
未来視?
そっか、時間魔法で未来に干渉して、少し先の未来を予視してるのか。
「そして、ボクにばかりかまけていると痛い目を見るよ」
ルクシアははっとして後ろを見たけど、もう遅かった。
「《直雷》!」
「あぐっ!?」
リーフの魔法がルクシアを直撃。
落雷魔法による感電が、一気にルクシアの体を焼く。
「こ、の………」
「《視覚鏡花》」
即座にリーフに攻撃しようとしたルクシアに、今度は私が視覚情報と現実との位置を微妙にずらす魔法をかけた。
光線はリーフを逸れて、柱を一本なぎ倒しただけで済んだ。
「《治癒の―――」
「《時間加速》」
すかさず回復しようとしたルクシアをスイの魔法が襲う。
体の時間を加速させて、雷によって傷つけられた臓器をさらに深手に。
ルクシアはたまらず血を吐いて後退した。
「仕方がない―――」
ルクシアの髪色が、金から青に変わっていく。
氷雪魔法を使う気だ。
「全員一度、凍りつけえええ!!」
氷が一気に全範囲に渡って私たちに襲い掛かってきた。
全員凍らせてから、ゆっくりお嬢を手に入れて、スイを殺す作戦か。
狙いはいい。
けど。
「―――雑な手だ」
スイが指を鳴らした瞬間、すべての氷が消失した。
「なっ!?」
「氷の時間を進めて気化させた。時間魔術師に氷で挑もうなんて、なんて無謀なことを考えるんだ」
氷も光も、時間魔法の前では意味がないってことか。
「《時間拘束》」
「っ!」
お返しとばかりにスイの魔法がルクシアに襲い掛かる。
咄嗟にルクシアは飛びのいて躱した。
そしてさっきまでルクシアがいた場所にいたネズミの速度が、急速に遅くなった。
時間を遅くする魔法か。
「氷雪魔法にしたのは失敗だったね。君の染色魔法は、色を変えるのに一秒かかり、その間は魔法が使えない。もう変わる瞬間は見逃さないよ」
お嬢とリーフがいる以上、一秒は致命的な時間だ。
しかもこの場の時間を遅くされたら、スイの魔法でその一秒を数倍に伸ばされる危険性もある。
これでルクシアはおいそれと髪色を変えるわけにはいかなくなった。
「さあ、まだまだだ。君を倒すために、この千年欠かさずイメージトレーニングを積んできたんだ。時間魔法の真骨頂、ここから見せてあげるよ」