プロローグ
性癖全開百合百合ファンタジーです。よろしくお願いしたいです。
焦げたにおいがする。
風向きの影響で、こっちにまで炎系魔法の匂いが漂ってくるらしい。
この匂いの元で、何人の人々が命を落としたんだろう。
でも仕方がない。これは戦争なんだから。それくらい割り切ってる。
そもそも、神様がわたしに与えた力自体が、人の命を奪うための力みたいなものだ。
そういう意味では、もしかしたらわたしは、かつての世界でいうところの『魔王』にでもなった方がよかったのかもしれない。
でも、それは無理な相談だ。たとえ神様がここに現れて、魔王になれとわたしに命令したとしても、わたしは従わない。
わたしには、神なんかより大切な御方がいるんだから。
「クロ」
わたしを呼ぶ声に振り向くと、そこには大切な同僚がいた。
「ステア。どうかしたんですか?」
「ん。お嬢が呼んでる」
またかと、わたしはげんなりしたが、命よりも大切な御方が呼んでいるとなれば、行かないわけにはいかない。
いったい、どんな無理難題を吹っ掛けられることやら。
わたしは眺めていた月に背を向けて、主人の元へと向かった。
いくつもある天幕の中でも、ひときわ豪華で大きなものの中に、主はいた。
「何か御用ですか、ノア様」
「あら、なにかしらその顔。呼ばれたことが不服?」
「正直に言えば不服です。どうせ無茶なことを言い出すんだろうなって思ってます」
「酷い言い草だわ、主に向かって」
「ノア様がもっと謙虚堅実な主でしたら、もうちょっと素直で従順な従者になれたと思いますけどね」
わたしの主人であるノア様は、その後は微笑むだけで言葉をつなげなかった。
「で、何か御用があったのでは?」
「ああそれね。クロ、あなたちょっとステアと一緒に例の敵別動隊とやらの所まで行って、ちゃちゃっと全滅させてきなさい」
「い、嫌ですよ。五百人はいるって話じゃないですか、二人で何とかしろと?」
「ステアは分かったって言ってたわよ?」
「あの子は貴方にひたすら従順なだけでしょうが」
ノア様に対する悩みはこれだ。
ひたすらに怠惰。後方でわたしやステア、その他の味方や傭兵に指示を出して、自分は自分のやりたいことをやるだけ。
「大丈夫よ、あなたならできるわ。それともなに、怖いとか?」
「怖いですよ、こちとらノア様と違って、神経図太くないんですよ!ステアもいるとはいえ、『お茶買ってきて』みたいなノリで五百人も殺せって言われるわたしの気持ち考えてください!」
「『可愛くて美しくて心も清らかで頭もいい、我が主人のノア様に尽くせて幸せですニャンニャン』じゃないの?」
「………あなたと出会ってからもう十年経ちますが、あなたの心が清らかだと思った瞬間は出会って間もないころに消え去りましたよ」
「あら、可愛くて美しくて頭がいいことは否定しないのね」
「うぐっ………」
痛いところを突いてくる。
実際問題、ノア様は美しい。綺麗な金髪(毎日わたしが手入れしている)、白い肌(日焼け対策をわたしがしている)、猫のように吊り上がった目、化粧がなくても整っている顔立ち(ただし毎朝薄い化粧はしている。わたしが)。そこに完璧と言っていいプロポーションも相まって、国中から求婚者が後を絶たない。身長は低いけど。
魔法の知識が異常なほどに豊富で、世界中が知らないような魔法知識も彼女だけは持っている。
わたしがこの世界で唯一無二の魔法が使えているのも、この御方のおかげ。
ノア様に拾われなければ、きっとわたしはとっくの昔に死んでいるか、奴隷として地獄のような日々を送っていたかのどちらかだ。
うん、だから感謝しているし、忠誠も誓っているし、ましてや嫌ってもいない。
けど、それがこの怠惰な主人に対する不満がないという話に繋がるかと言われれば、首を横に振らざるを得ないわけで。
「いやいや、わかっているのよ?クロが私のこと大好きなんだってことくらい。大丈夫よ、ちゃんと国に帰ったらかまってあげるから、今は仕事してちょうだい。公私混同はいけないことよ」
「公私混同の申し子みたいなノア様が何言ってるんですか!ああもうわかりましたよ、やればいいんでしょやれば!」
ああ、ダメだ。やはりノア様の命令は断れない。
十年以上この御方に仕えてるけど、命令に背いたことはなんだかんだ一度もない。
勿論、主の命令が絶対ってこともあるけど、この御方の厄介なところは『できないことや本当にやりたくないことは命令してこない』ってところ。
さっきの命令だってそう。確かにちょっと嫌だけど、ノア様の命を狙う連中の別動隊。直接ノア様を殺そうとする不逞の輩。
なら殺す。全員殺す。
人を殺すのはあまり好きじゃないけど、わたしたちからノア様を奪おうとする奴らは、みんな殺す。
「じゃあ、行ってきます。極力ここから出ないでくださいね」
「言われなくたって出ないわ。面倒だもの」
でしょうね。
「ああ、クロ」
「なんですか?」
「勝手に死んだら許さないわよ」
その言葉は、私に元気をくれる祝福の言葉か、あるいは私をこの御方の近くに縛る呪いの言葉か。
「死ぬな」と言われただけで、わたしはこの御方に必要とされているという気持ちが湧き出る。
だからわたしは、いつものようにこう返す。
「大丈夫です。わたしを信じてください」
***
天幕を出ると、既にステアがスタンバイしていた。
「ステア、話は聞いてますよね?わたしと一緒に、五百の敵別動隊の殲滅に向かいます。ステアなら大丈夫だと思いますが、死んではノア様が悲しまれます。絶対に死なないように」
「ん」
「あと、お互いの魔法に巻き込まないように注意しましょう」
「ん」
「一人残らず殲滅しますよ。ノア様の命を狙う愚か者です」
「わかった」
本当にステアはいい子だ。
わたしとノア様より四つ年下で、昔から妹みたいに可愛がってきた。
水色の髪に、お人形さんのような容姿。そしてノア様に誕生日に買ってもらったマンドラゴラの人形(若干怖い。命名はゴラスケ)をいつも抱きかかえている姿は、保護欲をそそる。
唯一の欠点は、ノア様にべったりで何でも言うことを聞こうとすること。
あとはこの子がノア様のことを「お嬢」と呼ぶせいで、ノア様がギャングさんやヤクザさんの娘みたいに聞こえることくらいか。
「ねえ、クロ」
「なんですか?」
「その人たちをいなくしちゃえば、お嬢は喜んでくれる?」
「まあ、多分」
「頭、撫でてくれる?」
「おそらくは」
「クロも撫でてくれる?」
「ええ、いいですよ」
「じゃあ、頑張る」
なんて愛らしい。
あとでたくさん撫でてあげましょう。
わたしもステアも、ここにいる兵士たちの中ではかなり位が高い方だ。
五人しかいないノア様の直属の部下。
特にその筆頭であるわたしは、場合によってはノア様に代わってある程度の軍を動かす権利を任されることもある。
本当に、なんでこうなっちゃったんだろう。
かつては、この世界に絶望して、世界を滅ぼしてやるとか思った時期があったわたしが、今やたった一人の同い年の貴族の、従者兼ボディーガード兼最大戦力とは。
「クロ?」
「え?あっ、ごめんなさい。行きましょう、ステア」
「ん」
歩みながらも、わたしは思いを馳せる。主と出会う前、どうしようもなく自分の運命に嫌気がさしていたあの頃。
いや、それよりもっと前。前世まで、記憶をさかのぼる必要があるかもしれない――――
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