第188話 記憶爆裂
ルクシアの氷雪魔法。
身体能力に対する補正効果が無い精神魔術師私に、避ける術はない。
けど、防ぐ術はある。
「ホルン」
ホルンを操作して、目の前に飛び出させる。
「っ!」
ルクシアは慌てて魔法を解いた。
氷は停止して、水となって崩れる。
ルクシアは異常だけど、そこを除いた性格を見ればお嬢に似ている。
用意周到で、頭の回転が速くて、油断を一切しない。
そして何より、自分が気に入った人間のことは自分と同じくらいに大切にする。
少なくとも、ホルンたちには愛着を感じているのは見ていて明らかだった。
「動いたら、自害させる。嘘をついても、同じ。質問に答えて」
「………っ」
「こっちには、クロがいる。誤魔化しは、通じない」
一周目ですら見たことがない、ルクシアのその表情。
浮かんでいたのは、怒りと焦りだった。
「お嬢、質問して」
「私が?」
「ん」
「まあ、聞きたいことは山ほどあるし、良いのだけれどね」
お嬢はルクシアに近づく、と思ったら、私に近づいてきた。
そして私の頭を撫でて、ニコッて笑って。
「どういうことかはまだ分からないけど、よくやったわステア。あなたがいなければ、色々とまずい状況になっていたかもしれない。誇らしいわよ」
「………ん」
そんな場合じゃないのは分かってる。
でも、お嬢の優しい手に、思わず縋りつきたくなるくらい、褒められるのが嬉しかった。
お嬢にまた笑ってほしくて、撫でてほしくて、褒めてほしくて、時間を遡ってきた私にとって、何よりの報酬だった。
「………さて」
お嬢は少しして私から手を離した。
名残惜しかったけど、そうも言ってられない。
厳しい顔で、お嬢はルクシアに近づく。
「ルクシア。さっきステアが言ったことは本当かしら」
「…………………」
「あなた、ルーチェなの?」
「…………………」
「答えなさい」
「………はあ。ええ、そうですよ―――ああ、もうこの口調やめよう。そうだよ。私はルーチェ。あなたの恋人だよ、ハルちゃん♡」
「げえっ」
お嬢は露骨に嫌そうな顔をした。
「ああもうっ、そんな顔を向けないで、虐めたくなっちゃう!」
「なんでこの時代にいるのよ、転生を繰り返したってなに?あとあなたと恋人になったことなんて一瞬たりともないからそこのところ間違えないでちょうだい気色悪い」
やっと本性を現したルクシアは、早速お嬢に絡み始めた。
「で、染色魔法って何よ」
「ああ、それ。私のこの時代での魔法なの。ほら、こんなふうに」
ルクシアの髪色が、青から金に変わる。
お嬢は目を丸くし、オトハたちも驚いていた。
「髪色を自在に変化させる、ねえ。希少魔術師をいくらでも生み出せるという利点はあるけれど、一対一なら大した魔法でもないわね」
「そうなの。私はステアさんが言った通り、光魔法と水・氷雪魔法しか使えないし、大袈裟な名前に反して不便な魔法だわ」
「まさかあなたが覚醒してるとはね。さすがにあなたが黒幕というのは予想外だったわ」
「私だってまだばらすつもりはなかったのよハルちゃん。もう少しして、色々と準備が完璧に整ってから、あなたをワタシのものにするつもりだった。………なのに」
ルクシアは、私に視線を向けて睨んだ。
「聞かせてほしいな、ステアさん。なんでワタシのことをそこまで知っていたの?知っていたならなぜ今まで黙っていたの?ワタシたちのことを、どこまで知っている?」
「答える義理が、ない」
お嬢に聞かせるべきことも話させた。
もう、用はない。
「《記憶爆裂》」
「!?があああああ!」
私のオリジナル魔法がルクシアを蝕む。
《記憶爆裂》は、今まで私がやってきた記憶の抽出とは真逆。
つまり、記憶の注入。
私が今まで経験してきた、いくつもの『無駄な記憶』を、向こうの頭に刷り込む。
ルシアスに一周目で何度も行った、記憶の受け渡しと原理は同じ。
私の記憶―――雨粒の数、どうでもよかった本の一言一句余さない内容、今まで食べたホットケーキの数、その他諸々、なんの攻略のヒントにもならないどうでもいい記憶を強制的に相手に押しつける。
記憶を『奪われる』『操られる』ことは、ルクシアは精神力で防げる。
けど、『情報共有』というこの魔法の性質上、精神力では防御できない。
記憶という形を持たないものである以上、物理的にもどうこうすることは出来ない。
つまり、この魔法は絶対防御不可能の精神攻撃。
「ぐ、が、うう………!」
最強の魔術師、ルクシア・バレンタインすら、この魔法は不可避だ。
「あ、あの、ステア?あなたどうしたんですの?以前より強くなっている気がしますし、色々と知っているし、それにその、顔が………」
「なに?」
「顔が、ものすごく怖いですわよ?」
―――そんな顔をしてたかな。
してたんだと思う、オトハがこんなに戸惑うくらいには。
「つーかあの魔法、俺に前にやったやつの応用か?あのヤバそうなのが苦しんでんぞ」
「死んだりしないよな?」
「死ぬかも」
「ええっ!?」
「別にいい」
私からお嬢を奪おうとしたこの女なら、最悪死んだって何の影響もない。
記憶という私以外は絶対干渉不可の領域からの攻撃、ルクシアでも殺せる可能性はある。
「フー………フー………」
「降参するなら、話くらいは、聞いてあげる」
私は一切手を緩めることなく、魔法をかけ続けた。
「や、やるなぁ………こんなに痛みを受けたのは、五百年ぶりくらいだよ………!流石はステアさん、どこで情報を得たのかも、どこでそんな力を身に付けたのかも分からないけど、凄まじい魔力だね………」
だけど、それでもルクシアは立ち上がった。
「だけど、たかだか十数年生きただけのあなたが―――千年生きた私に、正面から勝てるなんて思わないことね!」
そして、氷雪魔法で冷気を作り出し、放った。
冷気は、私に―――ではなく。
ホルンとケーラ、そして死体人形に向かった。
「………!」
「全員氷漬け。精神魔術師といえど、仮死状態に陥った者の精神までは操れない。かといってその高純度の氷を溶かすには、それ相応の時間がいる」
干渉を試みるけど、無理だった。
ルクシアの言う通り、私は仮死状態の人間を操ることは出来ない。
眠っているくらいなら大丈夫だけど、完全に凍らされているホルンたちを操作するのは難しい。
「そしてそんな隙が無いことくらい、ステアさんなら分かるよね」
振り向くと、ルクシアの髪色は青から金に変わっていた。
光魔法。
あの光速で動かれたら、これを溶かすなんて不可能。
クロの闇魔法でも、ルクシアの膨大な魔力の塊であるこの氷を消すのは時間がかかるはず。
「ふふふ、ステアさん。本当によくも邪魔してくれたね。でも私、そんなに怒ってないの。なんでか分かる?」
「………作戦を狂わされても、自分で、何とかできる、から?」
「正解」
次の瞬間、ルクシアの無詠唱での光魔法が四方に飛んだ。
リーフとお嬢は自力で弾き、クロが私たちを守ってくれた。
「ホルンも、ケーラも、メロッタも。私の大切な仲間。だけど正直、やろうと思えばワタシさえいれば、すべての有象無象をねじ伏せてノアちゃんを手に入れられるもの。だからこそ、封印魔術師と死霊魔術師であるこの二人を側近筆頭と準筆頭にしてるんだから」
つまり、戦力としてではなく、あくまでサポート役として側近を召し抱えたってこと。
分かってはいたけど、この化け物は本当に規格外。
さっきまではあんなに効いていた記憶注入も、対して影響を受けてないように見える。
「さあ、ノアちゃんを手に入れるためにも―――あなたは一番邪魔そうだね、ステアさん。惜しいけど、ここで消えてもらおっか」