第187話 遡及精神寄生
フロムは強い。
この場で一対一でフロムに勝てるのは、お嬢とリーフ、それに私だけ。
相性の問題があったとはいえ、オトハに負けたメロッタじゃ、力を取り戻したフロムに対して勝ち目はない。
本体に戻ってくるホルンも、対策はある。
私は振り向いて、彼女たちを目に捕らえた。
仲間が目の前でやられても、まるで動じていない―――ように見えるけど。
心の揺らぎを感じる。鋼の精神力で顔に出していなくても、お腹の中ではきっとかなり苛ついている。
言うほど警戒していなかった私に、最後の最後で計画を邪魔されたことを。
「ステア、あのホルンの死体はどうするんですか?」
「どうもしない。そのまま。放っておけば、本体が来る」
「そうですか」
このままメロッタとホルンを仕留めれば―――殺すか、もしくは私の精神魔法で操って従わせようとすれば、きっとルクシアは止めてくる。
けどそれはあくまで、今まで演じてきたルクシア・バレンタインという人格の良心を使うのであって、彼女の本性じゃない。
そしてこの場でルクシアを倒さない限り、お嬢の脅威になり続ける。
「あー、やってくれたなあほんと………」
私が頭を回転させていると、後ろでホルンが起き上がった。
「クロ」
「生体反応があります。本物ですね」
「本当にさあ、どうなってんの?アタシのことを知っていたことといい、メロッタの存在に気づいていたことといい、どこで情報を得たのか聞きたいなあ」
「誰かが、裏切ったんじゃない?」
「それはないね。アタシもメロッタも筆頭も、リンクすら、ご主人様に抱く感情に差異はあれど、あの御方を裏切るなんてありえない。あんたらがノアマリーを裏切らないのと同じだよ」
ホルンが私に指を向けた瞬間、いきなり天井から一気に六人の人間―――否、六体の死体人形が降りてきた。
ランド、フェリ、ウェントゥス、そして名も知らないけど腕利きの四大魔術師が三人。
「………面倒、ウチの愚父に加えて、ランドとフェリまで?」
「アタシの最強クラスの死体人形たちの餌食になってもらおうか。恨むなら色々と知りすぎちゃった自分を恨むんだね、ステアちゃん」
一人一人が、生前でも二年前の私なら手こずるレベル。
だけど、今は違う。
私は、一つの魔法を準備した。
「精神操作の準備でもしてるのかな?無駄だよ、アタシにその魔法は通じない。君じゃあ、この脳のプロテクトは突破できないよね」
「無理」
「じゃあお別れだ」
私に向かって、六体の人形が一斉に飛び掛かってきた。
お嬢とリーフを先頭に、全員が私を守ろうと飛んできてくれる。
けど私は、それに目もくれず、後ろを振り返った。
「狙いは、あなた」
「―――!?」
メロッタとホルンに精神魔法が効かないからくり、向こうの側近筆頭の封印魔術師。
「《遡及精神寄生》」
ケーラに。
『そうだ。君に一つ、プレゼントをしよう』
体感時間で一週間前、スイとお別れする直前、私はスイからあるものを受け取っていた。
『餞別と言っては何だけどね。君の精神魔法と組み合わせれば、一度だけ使えると思う』
その正体は、魔力。
正確に言えば、時間を司るスイの魔法の一部。
二年間、時間魔法の影響下に居続けた私だから、発動することが出来た。
この魔法は、私にかけられた時間逆行魔法《調停者の遡及》と同じで、過去に影響を与える。
今現在、ケーラにはホルンたち以上の性能の封印魔法が施されていて、私の魔力をもってしても即時の突破は難しい。
けどこの魔法は、私の放った魔法を、過去に送る。
過去の、未だ結界魔法に寄って守られていない剝き出しの精神があった時間に戻り、その状態の対象者に魔法をかけてしまう。
言い方を変えれば。
魔法をかけるんじゃなくて、かかったっていう結果を生み出す。
「命令する。『使った封印魔法を、全部解け』」
「………はい」
今のケーラの髪は赤色、染色魔法で偽装されている今の状態じゃ、封印魔法を解くことは出来ない。
けど、過去のケーラに干渉している今なら話は別。
封印魔法をかけた直後の記憶に干渉して、強制的にすべての結界を解かせた。
「はあああ!?」
「ここまで知ってるって、思わなかった?」
「ふ、ふざけっ―――」
一斉に全力で私を殺しにかかってきたホルンだけど、間に合わない。
「《精神侵食》」
《精神寄生》の上位互換、精神操作の自由度が増す、最高位魔法に近い高位魔法。
封印の保護がないホルンじゃ、防ぐ術はなかった。
「『死体人形を、停止させて』」
「はい」
死体人形の動きが、時間が止まったみたいにピタリと止まった。
応戦していたオトハが勢い余って転ぶくらいには急に。
「え、ちょっ、え?」
「ケーラさん………!?」
クロと私以外の全員が、驚愕に満ちた顔をした。
お嬢すら目を見開いてケーラとルクシアを交互に見ている。
「これで、二人」
ホルンとケーラは支配下に置いた。
ケーラは髪色の偽装によって魔法が使えないけど、ホルンと死体人形を操れたこの状況ならおつりがくる。
「前提は、揃った」
一周目の最大の敗因は、相手にアドバンテージを取られたこと。
向こうは役者がそろってる状態で、一人欠けている状況でも私たちを圧倒してきた。
こっちはフロムを殺されて、リーフは封印され、お嬢はルクシアの正体を知ったことによる精神が乱れ、クロもみんなも相手の対処に余計な魔力を使った。
圧倒的不利な状況に追い込まれたこと、それが一番まずかった。
けど今は、その状況と真逆。
これなら。
「私、あなたのことを、知ってる。正体現した方が、賢明」
私は最大の敵を指さして、睨んだ。
「ルクシア」
「………ふ、ふふふ」
さっきのスイの時間魔法との連携魔法、あれには一つ弱点がある。
それは、過去に魔法を送っても、付け入る隙が一切なければ結果を作り出せないということ。
つまりこの世界で、ルクシア・バレンタインとノアマリー・ティアライトにだけは、この魔法が通用しない。
だからケーラを選んだ。
「あーあ、もう少しあなたたちと一緒にいようと思ったのに。残念です」
「意外、あっさり、言う」
「だって、ステアさんとワタシじゃ、ノアさんにどちらが信頼されているかなんて言うまでもないでしょう?ここまで知られているということは、どうせワタシの正体も知っているんでしょうし。どこから情報が漏れたのかは知りませんが」
「それは、言わない」
「そうですか。じゃあちょっと痛い目を見てもらってから、聞きだすことにしましょう」
ルクシアは穏やかな笑みのまま、だけど目は全く笑わずにそう言った。
「ルクシア。どういうことかしら」
「それはこちらのセリフですよノアさん。あなたの側近、優秀すぎでは?完璧に隠匿していた筈のワタシの計画がすべて知られているとは、正直かなりイライラしましたよ」
事情を聞かせたクロすら、複雑な顔で警戒している。
お嬢は厳しい顔でルクシアを睨んで、光の剣を向けた。
「ステア、ルクシアについて他に情報はあるかしら」
「ある」
私は深呼吸をする。
ここからが、本番だ。
「ルクシア・バレンタイン。正体は、お嬢を追い詰めた、千年前の光魔術師、ルーチェ。転生を繰り返して、この時代にいる。使う魔法は、染色魔法。詳細省略、とにかく髪色を、自在に変えられる。ただし、極めているのは光魔法だけ、使いこなせるのは、水魔法。そして、覚醒した、氷雪魔法。強さは、お嬢とリーフを合わせたのよりも、上」
言い切った瞬間。
私に、巨大な氷柱が迫って来ていた。