第186話 一撃
「………どうなってんのかなー」
未来を変えようと、この死霊魔術師がここにいるっていう事実は変わらない。
呼びかけると、やっぱり黒フードを被ったホルンは出てきた。
前回と違う点を挙げるとすれば、上機嫌で出てきた一周目に対して、不服そうな声を上げながら出てきたところ。
「ノワール………!?」
「どうやってアタシがここにいるって分かったの?」
「精神魔術師に、不可能はない」
「へえ?じゃあアタシが何者なのかも知ってるんだ」
驚いた顔をしているフロムをちらりと見る。
彼を助けた時点で、一周目とは変わり始めている。
だからここで必要なのは、彼女を動揺させて計画に綻びを与えること。
「帝国の暗部組織、カメレオンの首領、ノワール。その本名は、ホルン。六年前、本物のカメレオン首領を、殺して、成り代わった。灰色の髪を持つ、死霊魔術師」
「―――っ!?」
「死霊魔術師ですって………?」
「そして、クロと同じ、異世界転生者。金属魔術師の、メロッタは、下にいるの?」
ホルンが、目に見えて動揺した。
「なんで、そこまで知ってんの」
「お前が、知る必要はない」
ホルンは苛立っている。
無理もない、確実に殺せるタイミングでフロムを殺せなかったんだから。
「なるほど。死霊魔術師で皇帝の生体反応がない―――理解したわ。あなた、皇帝を殺して死霊魔法で死体人形に変えることで、帝国を陰から操ってたのね。カメレオンの首領なんていかにも裏から工作しやすい位置で、表裏問わず帝国を牛耳り放題。悪くない策だわ」
「なっ………どういうことだ!?」
フロムがお嬢に詰め寄った。
「死霊魔法というのは、希少魔法―――つまり私の光魔法や、この子たちが使う魔法と同類の魔法なの。その効果は魂の操作、全魔法で唯一、魂を感知し、操ることが出来る魔法。その真骨頂は、死体となった人間に適合する疑似魂を押し込んで、自らの傀儡となる死体人形を作り出す技」
「予測、つまり陛下はとうの昔に死んでいた?」
「そ、あなたたちはまんまとコイツに騙されてたってわけね。だけどステア、あなたがどうしてそんなに詳しく知ってるのかは、あとで教えてもらうわよ」
「………うん、あとで話す」
お嬢の声は、詰問しているみたいでもあったけど、それでも優しかった。
きっと、私がお嬢を裏切らないっていう、信頼の現れ。
「そんな、馬鹿な………」
「………怒気、ウチらを利用していたとは、気に入らない」
フロムはその場で膝をつき、リーフは怒りの表情でホルンを睨んだ。
「気に入らないのはこっちだよ。ここまで完璧に仕事して、ようやくフロム、あんたを死体人形に出来ると思ったのに」
ホルンはため息をついて、私を見て。
「マジで、どこでアタシの情報を得たのやら。しかも皇帝の死体人形が機能しなくなった。一体どうやって?」
「答える必要はないって、言ったはず」
「ふーん。まあいいけどさ。でもそこまで分かってるなら知ってるよね、アタシを殺しても意味ないことに」
死霊魔術師のホルンは、疑似魂を遠隔操作して自らの肉体を操っている。
あの魂を殺しても、本体がある限りホルンは生き続けられる。
そんな厄介な相手だからこそ、それをいとも簡単に倒したスイの凄さが分かる。
「この肉体はアタシが生まれ持ったものだけどさ、アタシの魂に適合する肉体がある限り、本体の魂は不死身だ。それにアタシの正体を知ってるからといって、目的はほぼ達しているし、ご主人様の計画にさした影響があるわけでもない。フロムを殺せなかったのは想定外だけど、ご主人様の敵じゃないしねー」
「ご主人様………?この女の裏に、まだ誰かがいるってことですのね」
いる。
私たちのすぐ近くに。
「さーて、じゃあアタシは逃げるとするかね。メロッタの居場所も割れてるみたいだし、勝ち目がな―――」
「クロ!」
「《真なる死》」
「なっ!?」
クロに話した、ホルンの能力。
疑似魂を殺す最も効果的な方法が、闇属性の最高位魔法《真なる死》で魂を消失させること。
自分自身の魂のコピーとして作り出した疑似魂は、命のストックといっても過言ではない超常的な能力だけど、その分いくつか弱点がある。
その内の一つが、一度疑似魂を消失すると、二十四時間新たに作り出すことは出来ず、さらにはその間に一度本体が肉体に戻らないといけないこと。
つまり裏を返せば、一回殺してしまえば絶対に一度肉体に戻ってくる。
その隙をつけば、完璧に精神魔法を当てることが出来る。
封印魔法で精神に対する影響を無効化されてはいるけど、そこに関してもちゃんと考えはある。
「まず、一回」
ホルンを初手で倒せたのは大きい。
クロの生体感知にホルンが引っ掛かった瞬間に私が対処すれば、肉体と本物の魂が共存している状態なら精神魔法が通じる。
それに、これで少しだけ時間に余裕が出来た。
後ろでがっくりと項垂れ、リーフに支えられているフロムに、私は近寄る。
「陛下が、もう何年も前に、殺されていた………?では、ワシが今までしてきたことは………」
「フロム」
「………精神操作の娘。先ほどは助かった、礼を言う」
「ん。無事でよかった」
「疑問、しかし何故あなたは、あの皇帝の人形のからくりに気づけた?」
「それは、後で話す。それより、相談」
「相談?」
「一時休戦。標的は、同じはず。敵の敵は味方」
「………!」
フロムは目を見開いた。
私からそんな打診があるとは思わなかったという感じだった。
「リーフ、どう思う」
「意見、悪くない提案と判断する。ノワールの仲間はまだ他にいるし、何よりあの女のボスがどこかにいるはず。少なくともその相手を見つけて始末するまでは、彼女達と手を組むのが合理的」
「うむ」
「お嬢、いい?」
「構わないわ。というか、どうやら今はステアに色々と任せた方が良さそうね」
お嬢は面白いものを見るように笑って、私に一歩近づいて。
「あなたの思うようにやっていいわ。全部終わったら、ちゃんと話しなさい。これは命令よ」
「………ん」
そう言って、抜いていた剣をしまった。
「分かった。ワシらは一時的に、君たちに刃を向けず、共闘することにしよう。その後のことは目的が達成されてからでいいな?」
「私は構わないわ。まあ、リーフはこちらで引き取りたいところだけど」
「溜息、あなたの強欲には呆れる。まあフロム様の命令があればそうする」
「じゃあ、フロム。これ返す」
「む………!?」
私は、フロムから奪っていた炎魔法の知識をすべて返却した。
フロムは右手をかざし、少し力むと、右手になかなかの火力の炎が出現した。
「感謝する。これでワシも多少は戦力になろう」
「例には、及ばない」
「まあ記憶を奪ったのはステアなんですから、マッチポンプもいいところですよね」
ここまではほぼ予定通り。
ここから、ドンドン違う未来に変わっていく。
その動きを予測し、計算し、お嬢を守らないといけない。
「フロム、早速一つ、頼みたい」
「なんだね?」
「この城の中層に、薄い紫色の髪をした女が、いるはず。その女、倒してきて」
「薄紫の髪………てことは、金属魔術師?」
「ん。だから、鎧と剣は、要らない」
「金属魔術師、その名の通り金属を操るのか?となると確かに、貴金属の部類は外さねばなるまい」
フロムは躊躇なく剣を手放し、鎧も脱ぎ捨てた。
「金属ならば炎が有効、ワシに任せろ」
「よろしく」
「リーフ、こっちは任せたぞ」
「承知」
そう言い残し、フロムは穴の開いた壁から下に飛び降りた。