第185話 行動開始
「《《長距離転移》》」
ルシアスの長距離転移で、私たちは帝国城の地下牢まで転移してきた。
ついにこの時が来た。
私はチラリとルクシアとケーラを見る。
こんな時でも、ルクシアは微笑みを絶やしていなかった。
今思うと、この笑みもお嬢を手に入れた時のことを考えていたのかもしれない。
「じゃあ行くわよ!」
お嬢の合図で、全員が地下牢から飛び出し、魔法を連射して敵を殲滅していく。
私も手伝うけど、正直その気になれば、この場にいる雑兵を一瞬で皆殺しにすることも出来る。
だけどルクシアがいる手前、その力はギリギリまで隠しておかなきゃいけない。
だから一周目の私と同程度まで手加減しつつ、敵を倒していく。
―――ピシャアアアン!!
少しして、階段を上っている時に窓の外から雷鳴が轟いた。
ここも一周目と同じ。
窓ガラスを突き破って、リーフが現れた。
「歓喜、また会えたっ!」
「久しぶり、ねえっ!」
お嬢を攻撃し始めたリーフを、お嬢ごとルシアスが転移させる。
その後もクロを中心に進み続けて、最上階に辿り着いた。
闇魔法で扉を消して、私たちは中に入る。
―――ここだ。
ここで、あの一周目の惨劇が起こった。
記憶で鮮明に思い出せるけど、目に飛び込んでくることで改めて体に力が入る。
「ステア、大丈夫ですか?」
「え?」
「緊張しているようだったので。そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ」
「………ん、大丈夫」
「そうですか」
でも、クロが私を落ち着かせてくれた。
本当に、クロに話せてよかった。
体の余計な力が抜けて、必要な力が体に巡る。
大丈夫。私ならできる。
しばらく歩くと、目の前に天幕と、その前に立ち塞がる一人の老兵の姿が見えた。
「やはり来たか。ノアマリーがいないところを見ると、リーフは足止めされたようだな」
フロム・エリュトロン。
一周目ではホルンに操られた皇帝の死体人形によって殺された、私が記憶操作で炎魔法の使い方を忘れさせている帝国総大将。
私とスイの計画には、彼も必要になる。
「陛下をお前たちに渡すわけにはいかん。それだけはさせんぞ。ワシは死ぬまで貴様らをこの先に通さんと思え」
「殺しませんよ、それがあの御方のお達しですし。リーフをノア様の手中に収める切り札ですから」
「そんなことは、このワシの目が黒いうちは―――」
次の瞬間に起こることが分かっている私は、瓦礫が落ちてきた場所にみんながいないようにこっそり誘導。
直後、天井が崩れてお嬢が落ちてきて、さらにリーフもそれに続いて降りてきた。
お嬢はクロと、リーフはフロムと一言二言会話して、リーフは天幕の前で皇帝を守る形をとる。
「提案。フロム様、陛下を連れて逃げた方がいい」
「何を言う、お前ひとりであの数を相手にすると?」
「無論。脅威はノアマリーのみ、あとはどうとでもなる」
本音を言えば、今の私はこの瞬間にリーフの精神を乗っ取れる。
だけど、お嬢がリーフを正当な方法で欲している以上、それはしない。
ここまでは、ほぼ完璧に一周目の状況をなぞっている。
「その天幕、中にはだれもいませんよね」
「クロ、どういうこと?」
「どういうこともなにも、生体感知に反応がないですから。あの影も偽装では?」
クロに教えておいた通り、クロはちゃんと皇帝の生体反応がないことについても言及してくれた。
実際は、クロはもう既に皇帝が死んでいることを知ってる。
けど、どこが未来に影響を与えるか分からない以上、こういう細かいところも極力一周目通りにして行きたい。
行動を起こすのは、もう少しだけ後。
クロに未来について教えたことについて以外は、ここまで順調に計画が進んでいる。
躓くわけにはいかない。誇張無しで、皆の命がかかっている。
間もなく、リーフがクロに斬りかかった。
「ちょっと、私の一番のお気に入りちゃんに手出さないで貰える?」
「拒否、あなたと違ってウチはあなたたちの全滅が目的。手段は択ばない」
この言葉を合図に、お嬢がリーフを足止めしている隙をみて側近全員でフロムに襲い掛かる。
「《動作反転》」
「むっ…………!?」
相手の意思と脳への伝達を逆転させて、体の自由を奪う魔法。
これも一周目とまったく同じように使った。
「舐める、なああああっ!」
分かっているように、その後の側近の集中攻撃を受けても、フロムは根性で起き上がった。
「リーフ!抜け出せそうにないか!?」
「………遺憾、無理そう!」
「では仕方がない、こうなったら―――」
『もうよい、フロム』
皇帝の声が響く。
そして、天幕の中から、皇帝が出てくる。
『フロム、貴様はよくやった。四十年もの間、この帝国に忠義を誓ってくれた。余は貴様を誇りに思う』
「も、勿体ないお言葉でございますが、陛下!危険です、お逃げください!」
『その必要はない。あの者どもに、ワシを生け捕りにすることなど絶対に出来ぬ』
「………?へ、陛下?」
この言葉も、後から思えば『死んでいるから生け捕りになんてできない』っていう、ホルンの嘲笑。
でも、まだだ。まだ動いちゃいけない。
『初めて会った時は、余も貴様もまだ若かったな。あの頃は素晴らしかった。貴様は余にとっての誇りそのものであった。そして貴様が老いた今でも、それは変わらぬ』
「ありがたきお言葉でございます。その言葉でこのフロム、あと三十年は帝国に忠を誓えますぞ!」
まだ。
でも、魔法だけは準備する。
一瞬で発動できるように。
「陛下、ワシが時間を稼ぎます。あなたの魔法があれば、この者たちからも逃亡できるでしょう。ワシもすぐに追います。ここは引くことになりますが、いずれまたあの光魔術師の娘を仕留めるチャンスはきましょう。さあ陛下、撤退を!」
『………余は本当に良き部下を持った。感謝するぞ、我が友よ』
―――ここ!
「《神経寄生》!」
神経の操作権を一時的に強奪し、相手の体を遠隔操作する魔法。
フロムにかけて、勢いよく後退させる!
「むおっ!?」
操作は一瞬で切り、フロムは体制を整えて着地する。
「精神操作の娘か!?何をっ―――」
そして、全員が目撃した。
フロムも絶句し、リーフとお嬢も戦いを止めてこっちを見ていた。
皇帝が、フロムの元居た場所―――心臓部に、土魔法を纏わせて腕を突き出すその姿を。
「陛下!?何を!」
「それはもう、皇帝じゃない」
苦し紛れに再び動き出し、フロムに向かって攻撃を繰り出そうとする皇帝。
「《誤解認識》」
だけど、死霊魔法に寄って操られている死体独特の精神構造を把握し、死体人形に宿る疑似魂を意図的に抜くことが出来る私がいる限り、自立稼働型の死体人形は使えない。
皇帝の死体人形はただの死体に戻り、動かなくなった。
「陛下!陛下、どうなさったのです!?」
「それは、元々死体」
フロムは絶句し、リーフも瞠目する。
そしてお嬢は、驚いたように私を見ていた。
クロ以外の側近も同じで、そしてルクシアたちは少し目を見開いた程度。
「今から、証拠を見せる」
そして私は、天幕の中にいる人物に呼びかけた。
「いるのは、分かってる。出てこい。ノワール」