第184話 未来
「未来………?」
「………そう」
クロは一瞬驚いたような顔をして、すぐに考え込むような顔になった。
そして、最後には数度頷いてもう一度座りなおした。
「なるほど。あなたの精神魔法が急激に成長しているので何かと思ったら、そういうことですか」
「………信じて、くれるの?」
「そんな深刻で泣きそうな顔で訴えられたら、信じないわけにいかないでしょう。それで、あなたが過去に来たのにはそれ相応の理由があるはずです。おそらくはノア様に関連することで」
ああ、やっぱりクロはすごい。
驚いたのは本当に僅かな間で、瞬きの後には私のことを信じて、何故過去に戻ってきたのかを疑問にしてくれる。
クロにたった一言話しただけで、一気に肩が軽くなったようにすら感じた。
「あなたがさっき緊張していたのは、あなたにとっての過去―――つまり、この時間軸では未来に関しての出来事と、そういうことですか?」
「うん」
「それはもしかして、明日に起こるんですか?」
「うん」
「ノア様に話さなかったのは、自分の知る過去の状況に何かしらの変化が起こるのを防ぐため?」
「うん」
「分かりました」
クロは立ち上がって、近くにあったポッドからお湯を注いで、お茶を淹れてくれた。
「聞かせてください。明日、何があるのか。あなたの過去に何があったのか」
私はクロの優しい言葉で泣きそうになりながら、全部を話した。
明日、お嬢が帝国に攻め入ること。
ノワール、死霊魔法の存在。
ルクシアとケーラの正体、そして染色魔法と封印魔法について。
三十人の希少魔術師。
―――お嬢の敗北と、クロたちの死。
そして。
スイのこと、時間魔法のことも。
クロは私の話を、真面目な顔で聞いてくれた。
一時間かけて、私は全部を話し終えた。
「―――これが、私の経験した、この先の未来」
「………なるほど。確かにまずい状況のようですね」
自分が殺されると聞かされても、クロは落ち着いていた。
クロのこういうところが、本当にすごいと思う。
「ノワールの正体―――ホルンでしたか?まさか、わたし以外にも異世界転生者がいるとは。それに向こうも希少魔術師で、しかもルクシア様が黒幕、しかも正体が千年前にノア様を追い詰めたというあのルーチェ………?情報が多すぎて頭が痛いですよ」
「全部、本当。信じてくれる?」
「嘘を感じませんでしたし、それにこんな作り話をしてステアにどんな得があるんです?信じるほかないでしょう」
クロはため息をついて頭を抱えた。
無理もない、予想以上の突飛な話だから。
「そして、死んだわたしの体を使って現れた千年前のノア様の側近、スイピア・クロノアルファ―――全魔法中最も珍しい、時間魔法の使い手ですか。その魔術師の力を借りて、あなたは強くなったと」
「そう」
「そしてその強さを維持したまま、半年前のこの時間に戻ってきたというわけですか」
「そう」
「それが本当なら、わたしも何かしらの対策をしないとまずそうですね。色々と明日までに考えなければ」
不思議。
クロに話しただけで、一気に気が楽になった。
少なくとも今は、クロより私の方が強いはずなのに、凄く安心する。
「ステア、現時点であなたはどの程度の魔法が使えますか?」
「精神魔法は、全部習得した。多分、今なら、お嬢とリーフにも勝てる」
「びっくりするくらいの強さですね。では、今のステアの強さでルクシアに勝てますか?」
「………無理」
「そのレベルの強さですか。無理もありませんね、千年も技術を磨き続けた魔術師、その実力は想像を絶するでしょう。それほどの力を今まで隠していたとは、敵ながら見事です」
クロはため息をつきながらも、困ったような顔をするだけで、絶望とかは全然してなかった。
「とりあえず、私たちの第一の目標は誰も死なずに敵を退けること。第二の目標でルクシアの始末ですね。ステア、わたしに出来ることはありますか?こんなことをあなたに聞くのは年長者として情けなくはありますが、間違いなくわたし、下手したらリーフやノア様より強い今のステアに聞くのが一番手っ取り早いです。どうでしょう」
クロにしか出来ないこと。
勿論、ある。
「クロの闇魔法は、光魔法に唯一対抗できる、こっちの切り札。ルクシアを始末するには、クロの力が必須。でも、それだけじゃない。もう一つ、クロにはやってほしいこと、ある」
「なんですか?」
私は念には念を入れて、クロに耳打ちした。
クロはそれを聞いて。
「―――鬼ですか」
「ごめん」
「はあ………まあ仕方ありません。確かにそれが一番勝率が高いんでしょう。それならやりますよ」
良かった。
断られるのも覚悟してたから。
「ノア様を守るためです、それくらいしますよ」
「ん、ありがとう。それと、これ、お嬢には」
「分かってます、直前まで言いませんよ。それにオトハたちにも言わないでおきましょう、ボロが出かねませんから」
「ありがとう」
「ルクシアに感づかれたらあなたの計画が狂いますからね、当然です」
「そうじゃない」
私はクロの手を取った。
この感触、スイが入ってた時と同じ。
けど、間違いなくクロの手だった。
「話、聞いてくれて。本当にありがとう」
「………どういたしまして。これに懲りたらもう、一人で抱え込んだりするのは控えるんですよ」
「ん」
クロはぷいって目を逸らしてそう言った。
照れてる。
「さて、そろそろ戻りますよ。あまり遅くなると、誰かにいないことに気づかれるかもしれません。そうなるといいわけが面倒です」
「わかった」
クロの手を取ったまま、私は大書庫を出る。
この一週間で慣れたけど、私は大書庫の外に出ること自体、久しぶりだった。
涼しい風を感じ長ながら、ぼーっと月を眺める。
「ステア、早く帰りますよ」
「………もし、失敗したら」
「?」
「もし今回も、お嬢を助けられなかったら―――お嬢は、今度は二度と、こうやって自由に、外にいられないかも」
「…………………」
「クロ。私、絶対にお嬢を守る」
私がそう言うと、クロは笑って、私を抱き寄せた。
「二年分過ごして、ちょっと大人になりましたね。いまのステアにとって、わたしは本当に微力かもしれませんが―――大丈夫です。あなたが再び絶望するような未来が、絶対に来ないようにわたしも全力を尽くします。あなたは一人じゃないですから。力を抜いてください」
「…………うん」
私も、クロを抱き返した。
「ずっと、ずっと、淋しかった。クロが、お嬢が、オトハが、オウランが、ルシアスがいなくて、ずっと悲しかった。スイがいたけど、それでも、淋しかった。…………もう、いなくならないで」
「分かってます。わたしにその記憶はありませんが、あなたを辛い目に合わせてしまったようで本当にすみません。二度とそんなことはしませんよ」
しばらく、クロの温かさを感じながら、少しだけ泣いて。
私たちは、お嬢のいるところに帰った。