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第183話 最後の夜

「や、やめろぉっ!俺はもう嫌だ、やめてくれ姫さん!」

「仕方ないのよルシアス、これはあなたのためでもあるのよ。クロ、オウラン、オトハ、もうちょっとちゃんと押さえておきなさい」


 時間逆行から六日経った。

 この時間は、ルシアスがなかなか長距離転移を習得しないことに痺れを切らしたお嬢が、私に使い方を直接ルシアスの脳に流し込ませようとしている時間。

 ここまでは、一周目とほぼ同じように出来ている。


「長距離転移をさっさと覚えないあなたが悪いのよ。大人しくしなさいな」

「無茶言うなよ!あんたやステアみたいな天才とは違うんだ、魔導書を理解するのだって割と一苦労なんだぞ!」

「だからそれを理解させてあげようって言ってるじゃない」

「手口が強引すぎるんだよおお!」


 ルシアスは青い顔をして抵抗している。

 今思うと、少し悪いことをした。


「冗談はよせ、高位魔法だぞ!?魔導書とか魔法の制御とか、そういう基礎を叩き込まれたときとは違うんだ、複雑な魔法式にそれへの理解、起動術式!どんだけ痛いか想像もつかねえ!」

「確かにそうね、下手したら痛みのあまり頭がボンッ!てなるかも」

「おいおいおい、貴重な空間魔術師をボンしていいのか?よくねえだろ!?」

「ええ、よくないわ。だけど安心しなさい、もしそうなっても、ここにはメンタルケアとカウンセリングの申し子、天才精神魔術師ステアがいるわ」


 私は一歩前に出た。


「おおおい、本当にやるのか!?ちょっと待とうぜステア、今辞世の句を考えるからちょっと待て、一分くれ、せめて心の準備を―――んあ?」


 私はルシアスの脳に、長距離転移の情報を流した。

 だけどただ流しただけじゃなくて、記憶を無理やり流し込んだ時の激痛を無効にするために、深層心理でルシアスが忘れてもいいと思っているどうでもいい記憶をいくつかこっちで預かって、記憶のバランスを合わせた。


「お嬢、終わった」

「あら?ルシアス、痛くないの?」

「おお、痛くねえ。ていうか、ちゃんと長距離転移の使い方まで理解できてんだが、どうなってんだ?」

「私も、日々凄くなってるだけ」

「おお。そう、なのか?」


 一周目の私ならいざ知らず、今の私ならこれくらいは息をするように出来る。

 これなら、ルシアスが痛がることなく色々と覚えさせられる。


「ステア、いつの間にそんな技術を身に付けたんですか?」

「内緒の特訓」

「………?まあ、嘘はついてないみたいですけど」


 あの二年も内緒の特訓と言える。

 嘘はついてない。

 嘘を見破れるクロの前で、嘘をついたら変な綻びが出る。


「じゃあルシアス、早速外に出て試してみなさい」

「俺、帝国に行ったことねえからイメージもクソもないんだが」

「ふふっ、それについてはぬかりないわ。ステア」

「帝国の目ぼしい状況、転移しやすい場所、今ルシアスに送った」

「へ?………おわっ、マジだ!」

「………?」


 一周目にお嬢に言われたことをそのまま最適化してルシアスに転送した。

 勿論、ちゃんと痛がらないように工夫してある。


「ステア」

「お嬢。私、ホットケーキ食べてくる」

「あっ、ちょ―――」


 ごめんなさい、お嬢。

 あと一日。あと一日だから。

 明日になったら全部話すから。

 もう少しだけ、何も聞かないでほしい。


 私のその気持ちを悟ったみたいに、お嬢はその日、何も聞いてこなかった。




 ***



 六日目の夜。

 明日の昼、とうとうお嬢は、一周目の惨劇が起こったあの場所に向かう。

 私は皆が寝静まった後も、寝付けずに大書庫にいた。


「………スイ」


 二年の間、ずっと隣にいてくれた友達の名前を呼んだけど、勿論スイは出てこない。

 私以外に、思い出したくないあの日の悲劇を知ってる唯一の人。

 だけどもう、私と一緒に時間を過ごしたスイは存在しない。

 私はたった一人で、誰にも知られずに、あのルクシアと対峙しなきゃいけない。

 だけど、私一人じゃ絶対にルクシアには勝てない。

 対策はある。秘策もある。アドバンテージもこっちにある。

 だけどそれをもってしても、あのルクシアに勝てる確率は、正直低い。

 もう、目の届かないところで全部を失うのは嫌なのに。


「ハァ………ハァ………」


 心臓が苦しくなってくる。

 極度の緊張で、体から汗が噴き出した。

 無理矢理精神魔法でそれを押しとどめて、深呼吸をする。


「ふぅー………」


 汗を拭って、私は近くに置いてある水を一気にあおって。



「こんな時間に何してるんですか」

「!?ゲホッ、ゲホッ………!」



 横から聞こえてきた声に驚いて、変な風に水を飲んで咳き込んだ。


「そそっかしいですね、わたしですよ、わたし」

「ケホッ………クロ?」

「はい」


 話しかけたのは、寝間着姿のクロだった。

 呆れたような顔で、私の背中をさすってくれる。


「なんで、ここに?」

「明日の準備をしていたら、あなたがこっそり抜け出すのが見えたので。危ないのでついてきたんですよ」


 緊張で、皆が寝てるのを確認するのを忘れてきた。


「ごめん。心配、かけた」

「別にいいですよ。それより、何故ここに来たんですか?」

「眠れなかった。それだけ」

「そうですか。眠れないだけでここに来て、あんな風に青い顔をして深呼吸なんかするんですかあなたは」


 見られてた。

 どうしようかと、私は頭を回転させる。


「ステア、あなた本当に何を隠してるんですか?私にならともかく、ノア様にも隠し事なんてあなたらしくありません。それも、あなたほどの子があんなに緊張するほどの重大なことを」

「………何も、隠してない」

「初めて嘘をつきましたね。動揺が顔に出てますよ」


 どうしよう。

 私が頭をフル回転させる間も、クロは隣に座ってじっと私のことを見てくる。


 ………ああ、でも。

 こうしてクロが生きて、私の隣にいるだけで、安心する。

 二年以上、ずっと会いたかった。傍にいて欲しかった。


「はあ………まあ、ここまで話しておいてなんですが、別に無理に言えとは言いません。ただ、あなたが何か恐ろしく大きなことを抱えてることくらい、私もノア様も気づいてますよ。オトハも多分薄々感じ取っているのでは?気づかないのは鈍い男二人くらいです」

「………分かってる」

「でしょうね。わたしは、あなたがノア様を裏切るとは露ほども思ってません。ノア様もそれは重々承知だからこそ、ステアを問い詰めないんだと思います。あなたがどうしても話したくないなら、これ以上は何も聞きません」


 クロは真っ直ぐ私の目を見て、頭を撫でてくれた。

 まだ残ってた心の中の不安な部分が、ちょっとずつほぐれていく。


「ですがそれを抱えるあなたは、正直見ていられません。ここ数日、日が経つにつれてあなたの顔が険しくなっていくのを、ずっと見ていました」

「え………」

「自分がポーカーフェイスだからバレないとでも思ってたのかもしれませんが、生憎わたしは分かりますよ。あなたが幼い時からずっと面倒見てきたんですから」


 クロは困ったような顔で私の頭をポンポンしながらそう言った。

 思わず涙が出そうになったけど、グッと我慢。


「来るべき時が来たら、話してくれると嬉しいです。………っと、もうこんな時間ですか。眠れないのは分かりましたが、そろそろ戻りますよ」


 そう言って立ち上がったクロの服の袖を。

 私は、そっと引っ張った。


「ステア?」


 一周目の悲劇の元凶、ルクシアの最大の標的のお嬢に、話をするわけにはいかない。

 なぜなら、向こうのお嬢への思いが強すぎる以上、お嬢の微妙な変化を向こうが嗅ぎ取って、結果的に未来が変わる可能性があるから。

 それだけは回避しなきゃいけない。


 ―――だけど、クロなら。


 クロだけなら、多分大丈夫。

 私のことを信用してくれていて、お嬢に一番近い存在で、頭も良い。

 スイも、『闇雲に未来の話をしてはいけない』『一周目と大きく行動を変えてはいけない』とは言ってた。

 けど、『絶対に話すな』とは言ってなかった。

 だから多分、スイもこうなることを予想してたんだと思う。



「クロ」

「なんですか?」


「私が、未来から来たって、言ったら―――信じてくれる?」

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