第182話 対面
私は、復興しつつあるティアライト領の道を歩きながら、状況を整理する。
今から一週間後、お嬢たちはルクシアとその側近たちの手によって、私とお嬢以外が殺されて、お嬢が捕らわれる。
それを回避するには、唯一未来を知っていて、かつ『一周目』より強くなっている私が何らかの対処をするしかない。
敵の戦力は五人。
一人目、死霊魔術師ホルン。
魂を操り、死体を操作し、自らの魂すら適合する死体であればその体を使って操ることができる。
戦闘の記録から推察するに、魔力量は多分クロと同じくらいの400前後。
対処法は、肉体に本体の魂が入っている状態で、別の肉体に逃げられる前に殺す、あるいは精神を乗っ取ること。
二人目、金属魔術師メロッタ。
金属を生成し、また既存の金属も自らの支配下に置ける、武器使いの天敵。
オトハとの戦いから、魔力量は200程度と推測。
自らの肉体を金属化することも出来るから、物理的な攻撃は不利。私の精神操作か、クロの死の力、あるいは前回と同じくオトハの溶解で対処するのが効率的。
三人目、封印魔術師ケーラ。
側近筆頭。この世のあらゆるものに封印を施すことが出来る防御系の魔法、さらに自らの精神に封印を施すことで精神魔法の対策も可能。
魔力量は450~550くらいと判断。
対処法は、スイと一緒に考えた。
側近筆頭とはいえ、防御系の魔術師はその防御を打ち破ってしまえばあまりにも脆い。
そしてこっちには破る秘策がある。
四人目、リンク。
名前だけは分かってるけど、外見も使う魔法も不明。
要注意人物。
そして最後の一人、染色魔術師ルクシア・バレンタイン。
千年もの研鑽を積んだ、恐らく世界最強の魔術師。
髪色、つまり魔法を染めるという反則級の能力を宿し、三十人のカメレオン構成員を希少魔術師に変えて服従させた。
自身も光魔法と水・氷雪魔法を操る。
魔力は底が分からないけど、発言などから1000~1200くらいと考えられる。
対処法はほぼ無い。
正直なところ、今の私は多分、お嬢にすら精神魔法をかけられる。
お嬢の強固な精神と魔法抵抗力より、私の本気の方が多分上手。
だけど、ルクシアにだけは多分かからない。
ルクシアの精神力は、お嬢の比じゃない。
千年生き続け、正気を保ち続けたその精神力は、並みのものじゃない。
対策はいくつかあるけど、それでも成功確率が決して高いわけじゃない。
それでも、いくつか無傷でお嬢たちを生かす方法はある。
例えば、ルシアスに長距離転移を覚えさせないとか。
例えば、リーフがルクシアのことを疑うのを止めさせるとか。
だけどこの方法は、根本的な解決にならない。
「………やっぱり、やるしか、ない」
ルクシアとの戦いは、長引くほど不利になる。
今はルクシアの配下は側近+カメレオン×30だけど、染色魔法がある以上、時間をかけると敵が増えていくかもしれない。
ここで倒しておかないと、後々にお嬢が狙われる。
私にとって最悪なのは、『予測しきれない未来』にこの先が発展してしまうこと。
それだけは防がないといけない。
何としても、一週間後のあの日にすべてを決着させたい。
並列思考をフル回転させて、最善手を考え続ける。
過去の情報、一周目のこの一週間の記憶の整理、ルクシアの癖、行動、視認できた限りの全員分の戦闘データを頭の中で再起して、情報を纏めていく。
今、私がやるべきことは、とにかく一周目から逸脱した行動を取らないこと。
時間は十四時を少し過ぎたくらい。
前の時間では、ここの近くのホットケーキが美味しい店が文字通り潰れているのを見て、がっくりと膝を落としていた頃。
そして―――。
「あら?ステアさんじゃないですかー?」
「そのようですね。どうかされたんですか」
体の中から湧いてきた激しい怒りを、感情をコントロールして抑える。
大丈夫。二年、ずっと頑張って来た。
ちゃんと、出来る。
「ルクシア。ケーラ。こんにちは」
「こんにちは。なんで立ち止まってたんですか?」
「ホットケーキ」
「へ?」
「ホットケーキ、美味しかった、のに。潰れちゃった」
「ああ、お気に入りのお店だったんですね。しかし店員が亡くなったわけではないでしょうし、また作ってもらえるのでは?」
「そうする」
「解決ですね。これからノアさんたちの所に戻るんですけど、ステアさんはどうしますかー?」
「もう、ちょっと、散歩、する」
「そうですか。暗くなるとノアさんが心配しますから、お早めに」
「ん」
二人が遠ざかっていくのが見える。
私はそれを見送って、瓦礫の山の後ろに回った。
「ハアッ………!ハアッ………!う、ぐううっ!」
拳をギュッと握りしめて、瓦礫を何度もたたいた。
今すぐ飛び掛かって、原型が無くなるくらい殴ってやりたい気持ちを必死に抑えた自分を褒めたたえる。
「フーッ、フーッ………!」
感情をコントロールできると言っても、芽生えた感情を消せるわけじゃない。
こういうところで発散しておかないと、後々に影響が出る。
もう二度と、精神魔法が肝心なところで使えないなんて、無様な姿をさらすわけにはいかない。
「私は、もう―――二度と、逃げない。二度と、負けない」
全部、変える。
大事な人が戦っている時に、自分だけ別の所にいるなんて、もう嫌だ。
お嬢が私を想って逃がしてくれたのは分かる。
けど、もう待ち続けるのは絶対にイヤ。
「ふーっ………」
心は落ち着いた。
もうルクシアの顔を見ても、多分ちゃんと対応できるはず。
お嬢を助けるのに、こんなところで躓いてられない。
瓦礫から戻って、私は時計を見た。
お嬢の元に戻るまで、あと一時間ちょっとある。
前は適当に歩いてただけだったけど、誰かに会うこともなかったし、少し別の行動をしよう。
私は方向を変えて、お嬢の元々の屋敷に向かった。
坂道を登って、崩れた門から中に入り、大書庫に通じる場所に指輪の魔力を流した。
間もなく私は大書庫の中に足を踏み入れて、辺りを見渡す。
「………スイ」
当たり前だけど、スイはいない。
二年をここで一緒に過ごした友達は、きっとお嬢の近くで魂だけで彷徨ってる。
少しだけ落ち込んだけど、今はそんなことをしている場合じゃない。
念のため、確認しておかなきゃいけないことが一つあったから。
私はお嬢がやりっぱなしの本をどけて、一つの魔道具を手に取った。
魔力を数字としてあらわす、魔力測定器だ。
脇に挟んでしばらく待つ。
―――ピピッ。
『1450/1450』
「大丈夫、だった」
スイの魔法は、ちゃんと正常に発動してた。
お嬢を助けるっていうのは、スイとの約束でもある。
友達との約束は、ちゃんと守らないといけない。
頭の中で、幾つかの精神魔法を発動するイメージを作る。
大丈夫、全部使える。
高位魔法も、十二ある最高位魔法も、オリジナルの魔法も全部起動できる。
絶対にやり遂げる。
私は時計を見て、お嬢の所に戻るために、出入り口に戻った。
ホットケーキの材料だけ持って。