第181話 時間逆行魔法
毎日皆の夢を見た。
夢の記憶も忘れられない私は、皆との楽しい夢も、悲しい夢も、全部頭の中でごっちゃになって苦しかった。
何日か経つと、スイとも結構打ち解けて、いっぱい話すようになった。
スイは料理がクロと同じくらい上手で、三日に一回、一枚だけ焼いてくれるホットケーキはすごく美味しかった。
物足りなかったけど。
一ヶ月経った。
今まで無意識で使っていた精神魔法の流れを自覚できるようになった。
オート操作に出来る魔力の流れをわざと意識的に操って、相手の精神の脆い場所に潜り込む。
そうすることで、効率的に人心を掌握できるようになった。
三ヶ月経った。
並列に使える思考が増えてきた。
今まで三つのことを同時に考えるくらいが限度だったけど、今なら七つくらいなら同時に考えられる。
半年経った。
集中力とか感情を意図的にコントロールできるようになった。
どんな時でも冷静に、絶対に暴走しない、二度と精神の揺らぎで精神魔法が使えないなんてことは起きないようにする。
一年経った。
魔導書に書いてあるすべての精神魔法を習得した。
でも、まだ足りない。むしろここからスタートだ。
一年半経った。
最大魔力量がカンストした。
これで1450の魔力を十全に使える。
一年十一ヶ月経った。
オリジナルの精神魔法もいくつか編み出して、普通の魔法の精度も上がってきた。
多分、リーフ相手でも倒せる。
スイは「あり得ないくらい強くなってる」って言って、若干引いていた。
そして。
ついに、二年が経った。
***
「………うっわあ」
「なに、その、反応」
「いや、えっと。ここまで強くなるとは正直思わなかったっていうか」
「お嬢のため。これくらい、しないと、勝てない」
「うん、まあ。そうだとは思うけど」
スイと一緒にこの大書庫に閉じこもって、二年。
私は、精神魔法を極めたと言っても過言じゃないと思う。
十五歳になって背も伸びて、胸も膨らんだ。
スイは時間魔法の影響なのか、それとも体を借りてるだけだからなのかは分からないけど、全然成長しているように見えない。
「いやー、びっくりするくらい強くなったねステア。背と胸はあんまり育たなかったけど」
「育った。絶対、育った。いっぱい」
「だって、最初に会った時と見た目変わって無いけど」
「うるさい」
「まあまあ、どうせこの後過去に戻るんだし、一緒じゃないか」
スイとも、仲良くなった。
ずっと魔法の手伝いをしてくれて、練習台にもなってくれた。
時々気絶とかさせちゃって申し訳なかったけど。
「長いようで短い二年だったね。でも現実世界ではまだあの日から半年経っていない。既に結界は解いて、魔力も全快した。すぐにでも君を過去に送ってあげられる」
「ん」
「つまり、今日でお別れだ」
そう。
それだけが、私の中でもやっとして残る。
「あはは、ずっと一緒にいると、君の表情も何となく読めるようになったよ。ボクと離れ離れになるのが寂しい?」
「………別に」
「おや、主様のツンデレが移ったのかな?」
「違う」
「ははは」
スイは、笑顔を崩さずに私の頭に手を置いた。
「安心して。ボクは消えるわけじゃない、ただ君がこれから行く過去ではまだ魂だけの状態だったってだけだよ」
「………ん」
スイは私に向かって苦笑してから、床に手をついた。
私の足元に、時計を模したような魔法陣が浮かび上がる。
「これで君の精神を過去に送る準備は万端だ。さて、注意点を復習しておこう。完全記憶を持つ君なら忘れていないだろうけど、一応ね」
「ん」
スイは右手の人差し指を一本立てた。
「注意点は四つ。一つ、自分が未来の記憶を持っていることを、無闇に人に話してはならない。何故ならそうすることで未来が中途半端に変化し、君が予測できないルートに変化してしまう可能性があるからだ。例えばあの場にいなかったルクシアのもう一人の側近リンク。彼女が介入してきた場合、どうなるかの予測が難しい」
「わかった」
「二つ、同じ理由で、一週間前の最初から大きく行動を変えてはいけない。あくまで行動するのは、早くてもあの日の前日からだ。それまでは基本的に前の時間軸と似た行動を取ってほしい。例えば、最初からルクシアを糾弾するとか、そういうのは絶対にダメだ」
「了解」
「三つ、これが重要だ。過去逆行の魔法は、対象者の精神に莫大な負荷をかけてしまう。一度目なら問題はないけど、二度目以降は時間の変化に耐えられず、精神に異常をきたす可能性が極めて高い。それ故に、この過去逆行のチャンスは一度だけだ。二度目は無いと思ってほしい」
「うん」
「四つ、過去のボクについて。半年前に戻った際、魔法の対象者ではないボクは、君と過ごしたことを知らない。本当はボクもついて行ってあげたいけど―――半年前のボクは肉体がない魂だけの存在どんな影響があるか分からない。それ以前にボクは千年前に主様をルーチェから守る時、過去逆行を一度自分に使ってしまっている。だから一緒に戻ることは出来ない」
「………わかってる」
全部言い終わったとでも言うように、スイは満足そうに笑って、魔法陣に手をかざした。
「スイ!」
「ん?」
「………私は、喋るの、苦手。感情が、表に、出ない」
「自覚してたんだ」
「だから、ちゃんと、言う」
私は魔法陣から出ないように気を付けて、スイの手を握った。
当たり前だけど、その感触はクロのものだった。
けど、私にとってはもう、スイのものでもある。
「スイ、ありがとう。スイが、いてくれて、嬉しかった」
「………!」
ちゃんと、笑えてたかな。
スイがびっくりして、その後笑ってくれたから、きっと大丈夫だったんだと思う。
「ボクも嬉しかったよ。君がいなければ、ボクは主様を救えないところだった。いや、君自身も、一緒にいてとても楽しかった。過去のボクとも、仲良くしてほしい」
スイは私の手を、両手で握り返して。
「そうだ。君に一つ、プレゼントをしよう」
そう言って、私の手に魔力が流れ込んできた。
これは―――。
「餞別と言っては何だけどね。君の精神魔法と組み合わせれば、一度だけ使えると思う」
「ん、ありがとう」
「そして、もし君だけの力ではどうしようもなくなって、ボクの助けが必要になった時は。前に教えた、あの方法を使ってくれ。少しは助けになるはずだ」
「わかった」
スイは少しだけ、悲しそうな顔をした。
言うべきことを全部言ったからかな。
多分私も、同じ顔をしてる。
「ステア」
「なに」
「主様を―――あの御方の未来を、お願いするよ」
「任された」
スイは頭を振って、笑顔を作った。
最後は笑顔で見送ってくれるみたい。
「じゃあまたね、ステア」
「うん。スイ」
「時間逆行魔法―――《調停者の遡及》」
『千年前の分かりやすい時間軸』
ルーチェにハルたちの国が攻められる→ルーチェ、国の希少魔術師を殲滅(四人だけ生き残る)→ルーチェとスイが対峙、スイが重症を負って敗北→ルーチェとハルの一週間に渡る決闘→ハル敗北、ルーチェに連れ去られる→スイ、過去に逆行する(未熟だったために戻れたのは数日だった)→スイがハル敗北後、満身創痍のルーチェの時間を止めてハルを離脱させる→ルーチェ「あの女あああああああ!!」→数年後、戦いの後遺症でハル死亡&転生→ルーチェもそれを知って転生→スイ、時間魔法を極めて死ぬ前に魂の時間を止める
スイ有能