第180話 スイの追憶
「ねえ、スイ」
「なに?」
「お嬢の、昔って、どんな、だったのか、教えて」
十倍の速度で、一日のほぼすべてを精神魔法を高めることに使っている私は、合間を縫って精神力そのものを高める必要があることにも気が付いた。
だから、どんな話を聞いても冷静さを保てる力を高めないとと思った。
だから決して、好奇心で聞いてるわけじゃない。
訓練で荒んだ心に少しくらい面白そうな話を聞きたいとか思ったわけでもない。
「昔の話って、主様がハル様だった時代の話ってこと?」
「ん」
「うーん、どんな人かって聞かれてもね。面倒くさがりで、知識好きで、傲慢で、自由奔放で、気分屋で、我が主ながら何度ひっぱたいてやりたいと思ったか分からない」
「今と、同じ」
「うん、本当にそうだよ。千年前だって何度振り回されたか」
「どうやって、お嬢と、知り合ったの?」
「うーん、そこを話すと長くなるんだけどね」
「いい」
「まあ時間も遅いし、寝物語にも丁度いいか」
スイは持ってた分厚い本を閉じて、机の上に置いて、懐かしむみたいな顔をした。
「ボクと主様の出会いは、ボクがかつて住んでいたクロノアルファ王国を、主様が直々に滅ぼしに来た時だった」
いきなり凄い入りだ。
「クロノアルファ、って」
「うん、ボクの名字だ。こう見えて昔はその国の王女だったんだよ、ボク」
「ふーん」
「とはいっても、ボクは随分と蔑まれてたんだ。魔法が使えなかったからね」
「…………?」
「まあそうなるよね。知ってると思うけど、時間魔法は全魔法の中でダントツで珍しい。だから魔法全盛期のあの頃でも、時間魔法についてだけは誰も知らなかったし、文献も無かった。あの時代ではボクこそが、この時代で言うところの『劣等髪』って言われてたんだ」
「なるほど」
「それで、ボクが十歳の時に主様が国に攻めて来てね。希少魔術師がいなかったうちの国は、当時でも十人以上いた主様の国の希少魔術師に笑えるほど歯が立たずに蹂躙された。それでとうとう城に直接攻め込まれて、ボクと主様は出会った」
「ふむ」
「主様はボクに随分と興味持ったみたいでね。『銀髪だけ魔法が使えないなんて絶対にあり得ない』とか言って、クロノアルファの初代―――時間魔術師だったその人が残した石碑を見つけて、それでボクは時間魔法の存在を教えてもらったんだ。ボクは感動して、主様に仕えることを決めた。そこからはずっとトライ&エラーだよ、魔導書があるわけじゃないからひたすらに出来ることをを少しずつ調べていった。だからボクが使うのは全部ボクのオリジナル魔法と言っても過言じゃない。あの時主様がボクを見つけなければ、この未来も随分と変わっていただろうね」
「だと、思う」
そもそも、スイがハルをルーチェから助けなければ、この時代にはお嬢もルクシアもいない。
それ以前に、ルーチェが希少魔術師をこの世界から消し去ったのは、多分お嬢が目立つようにするため。
だからもしかしたら、スイの行動がなければこの時代にも希少魔法は存在していたかもしれない。
「スイって、偉かったの?」
「ボクが主様に近い存在だったのかってこと?」
「そう」
「うーん、まあそうだね。これでも主様にはそれなりに貢献したつもりだよ。時間魔法についてとても興味を持っていたみたいだったから、最高位魔法に匹敵するような魔法までいくつか編み出したし、結果として三十人以上いた主様の国の希少魔術師の中では一番強かったと思う。ルーチェの襲撃で生き残ったのはその中でたった四人だったけど、その中で直にルーチェと対峙して生き残ったのもボクだけだったしね」
「すごい」
ホルンを殺しているからすごく強いんだとは思ってたけど、そんなに強いんだ。
多分だけど、リーフや今のお嬢より強いんじゃないかって思う。
「まあもちろん、当時のルーチェにすら手も足も出せずに負けたけど。それに関しては、その一週間後に目の前で主様を逃がした時のあの怒り狂った顔を見れたから、気分としてはプラマイゼロかな」
「じゃあ、スイでも、ルクシアには、勝てない、んだ」
「当時は君と同じくらいの年齢だったし、その後に生涯をかけて時間魔法を極めたから、今戦えばもう少し食い下がれると思うよ。けど、さすがにあの化け物を一人で倒すのは無理かな。あれに単身で勝つには最低でも全盛期の主様クラスの強さが欲しい」
「私じゃ、無理」
「魔力だけ見れば勝ち目は大いにあるけど、ルクシアの魔法抵抗力と精神力は異常だからね。いや、それ以外も色んな意味で異常なんだけど。彼女にだけは、どれだけ極めても精神魔法は効きにくいと思う」
私は頭の中で、何度も何度もルクシアと戦った。
だけど、どうやってもあの最強の魔術師に勝てない。
私は天才だけど、最強じゃない。
力がない自分に気分が沈むけど、私は頭を振り払って、もう一つ気になってたことを聞いてみた。
「スイ、魂だけで、生きてきたって、言ったよね」
「うん。それがどうかした?」
「辛く、なかったの?」
「うーん、辛いって感じたことは確かにあったよ。何せ誰もボクに気づいてくれない、主様もいない、仲間も死んでしまって、やることと言えば転生したルーチェの監視くらいだったからね」
「人の、体に、入ったりは?」
「そもそもこのクロの体みたいに、時間魔術師の希少な魂を受け入れることが出来る死体そのものが非常に珍しいんだ。肉体との相性が悪ければ入ることすら出来ないし、たまには入れても髪色が銀髪に変わるからね、劣等髪は不遇な扱いで色々とあって、途中から入るのもやめたよ」
「食べたり、寝たり、出来ない?」
「出来ないね。まあ欲求っていうのは魂と肉体が結びついてこそだから、そっちはあまり気にならなかったかな。それより暇で暇でさ。千年もの間、ずーっと世界の移り変わりを見るだけなんだもの」
想像しただけでうっ………てなった。
「魂だけの状態の時は魔法も使えないしね。でも途中から大衆文化―――演劇とかパフォーマンスとかが増えてきて、それからはあまり退屈しなかったよ。三百年前のコメディ演劇とか、今でも覚えてくるくらい面白かった」
「なんで、そこまで、して、この時代まで、生き続けたの?」
「なんでって…………」
スイはキョトンとして、私のことを見て。
「主様を救いたいのに、千年如きどうってことないよね?」
「…………!」
ああ、そっか。
私は納得した。
「スイも、頭、おかしいタイプ」
「いきなりなに!?」
「クロと、同じ、感じ。親和性、高いのも、納得」
この人は、紛れもなくお嬢の従者だ。
だって、お嬢の仲間なんて、どこか頭おかしくなければ務まらないから。
「スイ、ちょっとだけ、疑ってた。けど、スイは、仲間。ちゃんと、理解した」
「こんなことで信じられるのは複雑な気分なんだけど…………」
性格も、喋り方も違う。
けど、お嬢のためならなんでもやるその姿勢、比較的常識人で、ちょっと苦労してそうな感じ。
そこはなんとなく、スイはクロに似ていた。