第174話 最後の魔力
リーフがホルンを攻撃するのとほぼ同時。
わたしのすぐ横に何かが落ちてきた。
それはあまりの速度にわたしがたたらを踏み、数人のカメレオンが直撃して死ぬほどの威力。
「う、ぐう………!」
「ノア様!?」
落下物の正体はノア様だった。
慌てて上空を見ると、相変わらず顔を赤らめて目に暗闇を宿す、ルクシアの姿があった。
「ノア様、お気を確かに!」
「ええ、大丈夫………ぐっ」
重症だけど、その傷は光魔法でドンドン癒えていく。
しかし、上に浮かぶルクシアは―――無傷。
服が傷ついた様子もないことから、光魔法で治癒したのではなく、本当に一太刀も受けてない。
「ふふふふふ、弱いなあ。昔はあんなに強くて、ワタシと七日間も決着が着かなかったノアちゃんが、こんなに弱っちくなっちゃうなんて、強くなりすぎるっていうのも困りものだね」
「この女………」
「ああっ、そんな目で見ないで、ついもっと傷つけたくなっちゃう!………でもなあ、こんな弱いノアちゃんだったらすぐに倒せちゃうし、何よりこのままだとカメレオンが全滅しちゃいそう。やっぱり付け焼刃の希少魔術師如きじゃ、ノアちゃんの側近クラスは倒せないか。じゃあやり方変えよ」
刹那、上空からルクシアの姿が消えた。
どこに―――。
「げぼっ!ちょ、強すぎっ」
「フロム様の仇―――!」
「はいストップ」
「!?」
はっとして横を見ると、ホルンにとどめを刺そうとしていたリーフの前に、いつの間にかルクシアが立ち塞がっている。
「ホルン、大丈夫?」
「ご、ご主人様………!げほっ、すみません、庇って頂いて………」
「いいのよ。それより、魔力は余ってる?」
「ええ、まだ数人死体人形にする程度には余ってますが、それが何か?」
「ちょっと待っててね。今、とっておきのお人形を用意してあげるから」
!?
まずい!
「あの女、まさか―――!?」
「っ、《光陰一閃》!」
ノア様がルクシアのしようとしていることを察知し、光魔法でルクシアに迫る。
「遅いなあ」
「!?くっ………」
だけどノア様の剣を、ルクシアはあろうことか素手で受け止めた。
「同じ光魔法でも、ワタシとノアちゃんじゃ速度に絶対的な差があるの。ノアちゃんは普通の人の目に触れられないくらいの速度だからみんな光速って勘違いしちゃうけど、ワタシは本当の意味での『光』。光線系の攻撃ならともかく、自分の速度を引き上げるタイプの魔法で、ノアちゃんがワタシに追いつけるわけがないわ」
そのままルクシアはノア様の剣をへし折り、一瞬だけ姿がぶれた。
気づいた時には、ノア様がはるか遠くの壁に叩きつけられていた。
「がふっ!」
「ノア様ーー!!」
「さすがノアちゃん、受け身はとったみたいだね。けどあなたの動体視力じゃ、本当に光速とほぼ同じ速度で動けるワタシの動きは捉えきれない。そこでじっとしていればば後で可愛がってあげるから、大人しくしててね?」
ノア様は治癒をかけるけど、効果が表れるのが遅い。
徐々に弱ってきている証拠だ。
あの女の目的は、間違いなく。
「さあリーフ。悪いけれど死んでもらうね?」
「………拒否、やれるものならやってみろ」
「わあ強気。けど、それがいつまで続くかな?」
リーフを殺し、死体人形にする気だ。
半分力が削げているとはいえ、それでもリーフは側近全員を足してようやく互角くらいの強さだ。
彼女を殺されたら、本当にわたしたちの勝機が消える!
「《神罰の五芒星》」
リーフは放たれた光魔法を飛びのいて躱し、風魔法で応戦する。
「遅いなあ、欠伸が出る」
「………っ!」
しかし風の弾丸は、ルクシアに到達する前にすべてかき消された。
おそらく、光速ですべて撃ち落としたんだろう。
「全魔法最速の光魔法と、準最速の風・落雷魔法。だけどその間には埋められない速度差がある。ノアちゃんみたいな未熟な光魔術師と張り合えても、ワタシの速度は超えられるわけがないでしょ、《乱反射光線》」
「がっ!」
リーフの速度でも感知できないほどの超速の魔法が降り注ぎ、急所こそ外れたものの、リーフの体を数ヵ所貫いた。
「殺気で魔法を感知して、体を捻って急所を庇うとは。つくづくこの時代にはもったいないくらいの逸材だなあ」
「う、く!」
「どの時代にもいるんだよ。ワタシやノアちゃんみたいな上に立つタイプの人間とは違う、突然変異みたいに生まれてくる、ただ純粋に異常に強い人間が。君やステアさんとか、千年前のあの女みたいに」
あの女?
「千年前はあの忌々しい女のせいで、ハルちゃんを逃がしちゃった。だけど今回は失敗しない。どんな手を使ってでも、ノアちゃんを手に入れる。そのためにまず、あなたを手に入れなきゃ。《光の武器庫》」
「………!」
ルクシアの背後に、光で出来た無数の武器が出現した。
最高位魔法をあんなに容易く発動するとは、狂気に満ちていても最強の魔術師か。
「ごめんね、死んで」
あの状態では、リーフは避けきれない。
わたしが何とかするしか!
「《闇の展開》!」
「!」
わたしの闇魔法が、危機一髪でリーフの周りを包み込む。
これでわたしの魔力はかなり危うい。おそらく、あと一撃が限度だ。
しかしその甲斐あって、光魔法はリーフに着弾する前に次々と消えていく。
光魔法と闇魔法は互いに打ち消し合う関係の天敵属性。ルクシアがどれだけ防御不可の高密度の光魔法を使っても、闇魔法にだけは消すことが出来る。逆もまたしかり、防御不能の闇魔法に干渉することが出来るのも光魔法のみ。
その性質上、実力差があっても防御に重点を置けばルクシア相手でもわたしなら多少時間を稼げる。
「………ふぅん。さすがはクロさん、やるね。本当なら今すぐ殺してからリーフを殺す所だけど。もう魔力もほぼ無いだろうし、なによりノアちゃんのお気に入りなんだから最後に殺してあげるつもりなの。だからこっちにするね」
しかしこれは、ルクシアが光魔術師だったらの話だ。
あの女は純粋な光魔術師じゃない。
ルクシアの髪色が、金から青に変わっていく。
「《氷柱連山》」
ルクシアの周りに、三つの巨大な氷柱が現れた。
あれを弾く余力は、もうリーフにはないだろう。
ノア様も傷が癒えていない。
ルシアスの空間魔法も撃つわけにはいかないし、オウランの耐性魔法もおそらくまだ氷雪耐性は出来ていない。
あと一回しか使えないけど、魔法で防ぐしか………!
「《物質消去》!」
ルクシアの氷が、わたしの魔法で瞬時に消えた。
これで次弾装填までには時間がかかるし、その間にリーフが離脱するか、ノア様の回復が間に合うはず。
一時しのぎだけど、何とかなった。
「あーあ。使っちゃった」
「え?」
なのに、上からは嘲笑するようなルクシアの声が聞こえてきた。
次弾を撃つ気配もない。
それはそう、まるで。
もう、撃つ必要が無いとでも言うように。
「まさか………!?」
わたしは慌ててリーフの方に駆け寄った。
「リーフ!その場から離れ―――」
わたしが言いかけた瞬間に、リーフの横に一人の女が現れた。
カメレオンの一人だろうが、まったく気配を感じなかった。
それもそのはず。その女の髪色は。
黒髪だった。
「闇魔術師―――《消える存在》か!」
気配遮断の魔法で、わたしが魔力を使い切るのをずっと待っていた………!?
「いくら闇魔術師でも、格上のあなたの即死系魔法を食らったらひとたまりもないからね。少しズルさせてもらったよ」
わたしが魔法でリーフを守っても守らなくても、構わない状況にあった?
そんな。
最悪だ。
「ぐっ………」
リーフが離脱しようとするが、闇魔法を理解しているわたしだから分かる。
―――射程圏内だ。
「《強制経年劣化》」
わたしもよく使う闇の中位魔法が、リーフにかけられた。
本来は寿命を削っていく魔法だから、即効性はない。
しかし、大けがを負っている状態で寿命が短くなっている状況なら、この魔法は最悪の効果を発揮する。
「サヨウナラ。そしてようこそお人形の世界へ―――リーフ・リュズギャル」
魔法抵抗が弱まり、重傷を負っている今のリーフに逃れる術はなかった。
「………逃げ、ろ」
その言葉を最後に。
リーフは、その場で倒れ―――生体感知に反応しなくなった。
「なっ………」
「リーフ!?」
「そんな………!」
後ろの三人も絶望している。
あの距離では、オトハの溶解液も間に合わない。
「ホルン」
「あははは、さすがご主人様。出来れば弱体化する前に手に入れたかったけど、まあ贅沢は言いませんよっと。《反魂傀儡》」
ホルンの死霊魔法が、リーフにかけられた。
リーフの体は生体反応がないにもかかわらず、ゆっくりと起き上がる。
「手に入れた、ついに手に入れちゃった!アタシの最高の死体人形!ありがとうございますご主人様!」
死体人形となったリーフが。
虚ろな目で、わたしのことを見ていた。