第15話 馬鹿なんですか?
ノア様に拾われてから数日が経過し、わたしはノア様の従者見習いみたいな立ち位置で認知され始めた。
わたしを傍につけることに対して、この家で働く人たちの多くは猛烈に反対した。
曰く、幸運の証である金髪に、不吉の象徴である黒髪など相応しくないと、本人を目の前にしてまあ言いたい放題に言われた、のだが。
「じゃあ、クロの代わりにあなたたちの誰かが付いてくれるの?」
ノア様の言葉で、全員押し黙った。
見た時は分からなったんだけど、身の回りのお世話を任されるようになってから、その理由が分かった。
「クロ、私ネギ嫌いだから食べて」
「好き嫌いしてると大きくなれませんから、我慢してください。あ、よく見たらアスパラも避けてるじゃないですか!ほら、せめて半分くらいは食べてください」
「えー」
「えーじゃありません!」
「ちょっとクロ、なんだか服に違和感があるのだけれど」
「ちょっ、後ろ前逆………そもそも裏返しじゃないですか、どうやったらこんなふうに着れるんですか!」
「だっていつもは寝ぼけてる間に着替え要員の人たちがやってくれてたんだもの。でもクロが来たから解雇しちゃったわ」
「着替えのために人雇ってたんですか!?ああもうっ、直しますからそっちの部屋入って―――入ってって言ってるじゃないですか、廊下で脱がないでください!!」
「クロ、私の部屋に風魔法の使い手が入ったようね」
「シンプルにノア様が散らかしただけです、なんで一昨日片づけたのにここまで散らかせるんですか!片づけるのわたしなんですよ!」
「信用してるわよ、クロ」
「こんなところで信用されたくないです!」
数日で気づいた。
この人だらしない。
前世は王、今世も貴族。加えて魔法のことばかり考えて生きてきたから、日常生活についての知識が皆無に近い。
この人多分、一人にしたら飢え死にする。
誰もノア様の従者を受けたがらない理由が分かった。この人、手がかかりすぎるんだ。
さらにそこに加えて、ノア様は世界中の国々が涎を垂らすほど欲しがる、世界で唯一認知されている希少魔法、光魔法の使い手。
当然の如くこの王国でも指折りの有名人だし、将来を誰よりも期待されている。
そんな人の従者なんて、プレッシャー以外の何物でもないはず。
「ノア様、本当に貴族に生まれ変わらなければ終わっていたのでは?」
「失礼ね。私だって臨機応変に怠惰な生活くらい送れるわ」
「まずその、怠惰な生活を直してください」
「イヤ」
そんな核弾頭並の扱いに困る娘、普通は付きたがらない。
むしろ、わたしが付いていることがおかしいと思われるレベルだろう。
***
その日、わたしの近くで事件が起きた。
「ノア様、ノア様ー!どこに行かれたんですか!」
ノア様が消えたのだ。
朝ご飯を食べた後、家庭教師の授業があったはずなんだけど、呼びに行った頃にはいなくなっていた。
屋敷の外に出た形跡は無かったので、中にいるのは確実なんだけど。
「ノア様ー!」
わたしが呼びかけても、どこからも返事がしない。
別に、わたし同様見た目と中身が比例していないんだから、家庭教師の授業が退屈というのは分かるし、居場所を話したりする野暮もする気はないのに。
そのうち、ちらほらと屋敷で働く人たちの姿が見え始めた。
まあ近づいたりそっちを振り向くと、露骨に目をそらされたり、避けられたり、陰口を叩かれたりするんだけど。
ノア様の鶴の一声でここにいることが許されるようになったとはいえ、黒髪への差別は根深い。そういう反応になるのは当たり前だから別にいいんだけど、こういう時は困る。
まだ慣れていないこの屋敷で、流石に一人で捜索するのは難しいから、手伝ってほしいんだけど。
「はあ………仕方ないか」
無いものねだりをしても仕方がないので、わたしは引き続き呼びかけを続ける。
だけどどれだけ探しても、ノア様は見つからない。
「まったく、どこへ行かれたのか………」
流石に声を上げすぎて疲れたために、近くにあった噴水に腰掛けた。
遠目からわたしを見てヒソヒソやってるメイドがいるけど、気にしない。
わたしはノア様に忠誠を誓ってるだけで、あの人たちには別に興味は無いし。
何とでも言えばいい。
―――ブクブク。
「ん?」
今、何かおかしな音が聞こえた様な。
水が泡立た時みたいな音が。
確か後ろの方から、そう、まさしくこの噴水から………
中を覗いてみると。
ぷかぷかと浮くストローと、噴水の底で溺れるノア様がいた。
「―――ノア様あああああ!?」
大慌てで手を突っ込み、ノア様の手を取って噴水から引きずり出す!
「ゼェ………ゼェ………ゲホッゲホッ!た、助かったわクロ………」
「ななななな何やってるんですかあなたは!」
遠目からこっちを見ていた他の人たちも、流石に異常に感づいたようで、こっちに駆け寄ってくる。
「し、死ぬかと思ったわ」
「何をしてたんですか、ちょっと誰か毛布と温かい飲み物持ってきてください!」
「え、いや………」
「何ぼさっとしてるんですか、ノア様が風邪引かれたらどうするんですか!早く!ダッシュ!」
「は、はい、すぐに!」
近くにいた若いメイドが駆け足で屋敷の方に消えていく。
「で、あなたは何を思ってあんなことを」
「えーっと、勉強なんてもう完璧に覚えてることをわざわざ習う時間ほど無駄な時間ってないと思って、夜まで隠れようと。それで、じゃあ昔からちょっとやってみたいなって思ってた水遁の術をやってみようかなって、ストローをくすねて噴水に飛び込んで。
そしたらしばらくしたら水が冷たくて手がかじかんで、思わず手と口を離しちゃって、ストローどっかに行って、あんなことに」
「馬鹿なんですか?馬鹿なんですねあなたは!?子供みたいなことしないでください!温めるからその服を脱ぎますよ、ほらこっちに!男の人は後ろ向いて、幼児とはいえレディーですよ!あと、水魔法と炎魔法の使い手の人たちはお風呂入れて来てください!」
「は、はい!」
すぐに戻ってきたメイドと一緒に服を脱がせてタオルで温めつつ、自分ごとお風呂に突っ込んで、ノア様を全力で温める。
「うう、寒かったわ………」
「当たり前でしょうが!次にこんなことして心配させたら、本気で怒りますからね!」
「もう随分怒ってるじゃない………」
その後の様々な対策で、ノア様に風邪をひかせないことに成功した。
駄目だこの人は、ほっとくと何をするかわからない。
今後はこれ以上馬鹿なことをしでかさないよう、常に目を離さないように心がけておかなければ。
次の日から、ノア様が無茶をするたびに止める役ができてしまったわたしだが。
なんだか、屋敷の人たちのわたしを見る目の鋭さが、若干和らいだのはわたしの気のせいだろうか。