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第171話 ホルンの仕事

 その場の全員が凍り付くように固まった。

 氷雪魔法を使われたわけではないのに、使われたとき以上に全員が氷の彫像のように動かない。

 狂気と欲望、そして愛に支配されているかのような目で、ルクシアはノア様に向けての願望を吐き出した。

 わたしやノア様だけでなく、ステアも、オトハも、オウランも、ルシアスも、リーフも。

 そしてルクシアの仲間であるはずのケーラですら、その狂人ぶりに対して。



 ドン引きした。



 いや、本当に、生まれて初めてかってくらいに引いた。

 腕を恐る恐る見ると、今まで見たことがないほどに鳥肌が立っていた。

 ヤバイ。この女、マジでイカれてる。

 第三者であるわたしさえこんな状態だ。当然ノア様は。


「ふーっ………落ち着け私。大丈夫、私は強い、あんな女に負けない、アイツに束縛される未来は絶対来ない………」


 自己暗示をかけて体の震えを止めようとしていた。


「オトハ、同じ変態同士なんだから波長合うでしょう。何とか言ってやってくれませんか」

「クロさん、私がもう変態なのは認めますが、さすがにアレと一緒くたにするのだけは勘弁していただけません?」

「やっぱりあなたでも引きますか」

「引きますわよ、無理ですわあんなの!無茶なこと言い出したらガツンと言ってやろうと思っていたのに、病みすぎてて言える雰囲気ではありませんわ!?」


 オトハすらルクシアの言葉に顔を蒼白にしながらドン引きしている。

 ステアはどうやらかつてない自分の謎の感情に戸惑っているようで、体を小刻みに震わせながら首を傾げ、男二人に関してはもう帰りたいと言いたげな顔で数歩後ろに下がっていた。


「………?皆どうしたのかしら、質問に答えただけなのにそんな反応をして」

「ルクシア様」

「なに、ケーラ」

「不躾なことを言うようですみませんが。さすがにアレは引きます」

「えっ?」


 おそらくその場の全員が、よく言ってくれたと心の中でガッツポーズをした。


「ちょっと自分も立ち眩みを覚えました。もう少し自制してください」

「そう?ワタシはノアちゃんに対するありのままの感情をさらけ出しただけなのに」

「それを抑えてくださいと申し上げているのです、ルクシア様のお気持ちはある程度は理解できますが、常人にとってはもうほとんど呪詛のようなものだということを自覚していただきますよう」

「呪詛!?」


 たしかに、魔力が乗っていれば人を殺せそうな勢いだった。


「ま、まあそこまで言うならこれからは気を付けるわ」

「よろしくお願いいたします」

「うん。それでノアちゃん、お返事は?」

「あ、あなた、今のを聞いて了承する人間がいるとでも思っているの?」

「うん。だって」


 そして。

 実際に、ルクシアはさっきまでとはまた違う意味で体が震えるほどの殺気を放った。


「ノアちゃんが拒否すれば、ワタシたちは躊躇なくクロさんたちを殺す。ノアちゃんの速度じゃ守れないのは分かるよね?」

「………っ」


 ノア様は体を強張らせ、汗をかき、歯を噛み締めていた。

 ルクシアがどれほどの異常者でも、その強さは本物だ。

 わたし以外の側近は一秒、光魔法を相殺できるわたしも魔法の質で押されて、殺されるのに十秒もかからないだろう。

 封印魔法で力を抑えられているリーフにも成す術はない。

 紛れもなく、現代においてはルクシアが世界最強の魔術師だ。


「さあ、どうする?皆で生き残ってワタシと愛し合うか、一人だけ生き残ってワタシに愛されるか。決めるのはあなただよ、ノアちゃん」


 空気が重い。

 こんなに追い詰められるのも、こんなに余裕のないノア様も初めてだ。

 ノア様は荒い息を吐き、体を震わせている。

 ノア様にとって、ルクシア―――ルーチェが、どれほど恐ろしい存在なのか、それだけで分かる。


 しかし、やがてノア様は震えをピタリと止め、ため息をつくように呼吸し。


「―――あなたたち」

「わたしはすべてをあなた様に捧げた身ですから」

「クロに、同じ」

「かつてお嬢様に救って頂いたこの身、元よりどのように使って頂いても本望ですわ」

「あなた様への恩義に、この命程度で報いられるなら安いものです」

「あんたが連れて行かれちゃ、俺の目標がいなくなるしな。それに命の一つや二つかけねえと、人生面白くねえ」

「進言、あの女の思い通りになるくらいなら死んだ方がマシ」


 全員、ノア様がどんな回答をしようとするのかは分かっていた。

 だから、みんなでその背を押す。

 少しでも、ノア様に罪悪感など感じさせるわけにはいかない。

 元より、この命はノア様のものだ。

 あの日、絶望から救って頂いた時から。


「本当に馬鹿な子たちね。でも、ありがとう」


 ノア様は困ったように笑い、そしてルクシアに向き直る。


「さあノアちゃん、どうする?」


 そして、さっきまでの余裕のないノア様はそこから消え、元に戻った。

 すべてを見透かすような、あの余裕の笑みを浮かべ。


「まっぴらごめんよ、バーカ」


 そう、ルクシアに断言した。


「………そう。残念だなあ、クロさんたちを殺さなきゃいけないなんて」


 ルクシアは一瞬泣きそうな顔になったが、すぐに立ち直って不気味な笑顔を作った。


「うふふふ、でもワタシがやると一瞬で終わっちゃうし。ノアちゃんが選んだ選択がどれほど愚かなものだったのかを、その体に刻み込んであげる♡」

「何する気かしら」


 ルクシアはその質問には答えず、代わりに横に目を向けた。

 視線の先には、オトハに溶かされてほとんど骨だけになった、ホルンの肉体がある。


「《全治全快(フルヒーリングライト)》」


 ルクシアが髪色を金色に変え、光魔法を唱える。

 すると、信じられないことが起こった。


 完全に溶解していた筈のホルンの肉体が、一瞬のうちに再構築された。


「ホルン、いつまでサボっているの。いい加減起きなさい。それからメロッタ、あなたもよ」


 続いてオトハに念入りに麻酔や麻痺を打ち込まれたはずのメロッタにも同じ魔法がかけられ、ガバッとメロッタが起き上がる。


「うっ、わたしは確か………」

「ふーっ、やっぱ自分の肉体が一番しっくりくるなあ」


 ホルンの肉体もゆっくりと起き上がる。

 ホルンの魂が肉体に再び宿り、完全復活を果たした。


「さすがご主人様、絶対修復不可能だと思ってたのに治しちゃうんだもんなー」

「ああっ、お久しぶりでございます、主君様。先ほどまではとんだ無様な姿をさらしてしまい、大変申し訳ございません」

「構わないわ。現況は分かっているわね?」

「魂だけでも情報はなんとなくわかりますからね。ご主人様が彼女にフラれたってのは分かりました」

「ホルン、何という言い方をするのだ!主君様は側近である我々すらドン引きする重い愛を囁き、人質取ってまで結婚しようとした挙句にフラれているのだぞ!その気持ちを考えろ!」

「え、いや、今の発言が一番ご主人様に大ダメージだと思うんだけど」


 しかし、復活させた側近に傷つけられるとはなんて本末転倒な。

 表情で大分傷ついたのが見て取れた。


「はっ!?違うのです主君様、そんなつもりは!」

「だから言ったじゃん。アタシ、あんたは天然でクッソ失礼なこと言うときあるから気をつけろって言ったじゃん」

「………ゴホンッ!ま、まあいいわ。ワタシは今最高に機嫌がいいから許してあげる。でもメロッタは後でお仕置きね」

「えっ、許していただけるのでは」

「うっさい」


 こう言ってはあれだけど、やはりノア様とルクシアはところどころ似ている。

 ああいう理不尽なところとかそっくりだ。


「ホルン、()()を呼んで」

「はーい」


 彼ら?

 戸惑うのも束の間、ホルンはボロボロになった服のポケットから金属製の笛を取り出した。

 そしてそれを口に当て、思いっきり拭いた。


 ―――ピイイイイイイイイ!!


 思っていた数倍大きな音が辺りに轟き、思わず耳を塞いでしまう。

 しかし、いつまでもそうしてはいられなかった。


 この城に向かって、多数の生体反応が向かってきている。

 その数、約三十。


「なにを………?」

「ホルンが笛を―――まさか」


 わたしの嫌な予感は、的中した。


 間もなく、城の入り口から、空いた天井から、破壊された壁から、黒いフードを被った人間たちが三十人ほど現れた。

 その正体に、わたしは心当たりがある。


「アタシはご主人様の御命令で、ノワールとしてこの帝国に潜入していた。その目的は三つある。一つは皇帝を殺して死体人形に変え、帝国を意のままに操ること。一つは帝国の内部状況、特に四傑クラスの魔術師の情報をご主人様に流すこと。それからもう一つ」


 なんで、悪い予感とはこうも当たるものなんだろうか。


「帝国最悪の暗部組織『カメレオン』を、ご主人様のものとして取り込むこと。アタシが帝国侵入の際に一番最初にやったことは、先代のカメレオン首領を殺すことだった。死霊魔法の魂を見る力と、死体人形を使った情報収集があれば見つけるのは簡単だったよ。そしてアタシは首領に成り代わり、少しずつカメレオンを掌握していった。結果、構成員百人中、三十人をご主人様側に寝返らせることに成功したってワケ」


 カメレオン構成員たちは、ゆっくりとその黒フードを取った。


「元々カメレオンは、国ではなく自らの能力を磨くことに重きを置く独立集団だったからね、掌握自体は意外と簡単だった。ご主人様の圧倒的な能力に屈しなかった六十人ちょいは殺して死体人形に変えて、使えそうな数人だけ一切話を伝えずにカメレオン首領として命令してた。前にルシアスに仕留められた三人もこの中の連中だね。そして晴れてご主人様のものとなった彼らは」


 フードを取ったカメレオンたちは。

 誰一人として、普通の髪色をしていなかった。


「まさか、こいつら―――」


「全員希少魔術師、ですか」


「そう。ご主人様の《染色魔法》の力でね」

「ワタシの染色魔法は、同意さえあれば他人の髪色すら変えられるのが一番のメリットだからね」


 いくら何でも反則過ぎると、声を大にして叫びたい。


「とはいっても万能じゃないの。彼らの多くは成長期を既に過ぎているし、それに元は四大魔術師だから魔力量も少ない。一人一人がルシアスさんと同等以下程度の魔法しか使えないし、そう長い時間戦うことは出来ない。けどそれを差し引いても、この状況はあなたたちにとって最悪だよね?」


 その弱点を踏まえても、この数の希少魔術師を同時に相手するのは難しい。

 なにせ、どの髪色がどんな魔法を使うのかは、ノア様しか知らない。

 そしてそのノア様は、情報を伝える間もなくルクシアが再び攻撃を仕掛ける気だろう。

 数字魔法、糸魔法、粉砕魔法、磁力魔法、調停魔法、念動魔法。

 幾つかの魔法の名は知っていても、誰がどの魔法なのかが全く分からない。

 戦争において、未知は最も危険なイレギュラーだ。


「さあ、ノアちゃん。頑張って抵抗して―――自分以外の大切な仲間たちがゆっくり死んでいく様を、ちゃんと目に焼き付けてね?」

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