第170話 もし結婚したら
「ノア様ああああ!!」
一瞬ですべての思考は吹き飛び、わたしはノア様に駆け寄った。
それに他の四人も続く。
「お嬢様!お嬢様、しっかり!」
「お嬢、起きて!」
「ノアマリー様!?」
「おい姫さん、あんたこんなところでやられるたまじゃねえだろ!」
全員の呼びかけに答えるように、ノア様の指がピクリと動いた。
「うっさいわね………大声出すんじゃないわよ、傷口に響くじゃない………」
「ノア様、ご無事で!?」
「大丈夫よ、これくらい………《超回復の光》」
光魔法の治癒能力で、ノア様の傷がどんどん塞がっていく。
「よ、よかった………」
「大袈裟ね。ちょっと致命傷負っただけじゃない」
「だから心配したんです!」
「光魔術師にとって即死以外は無傷と同義よ。まあ、それはあの女にも言えることだから面倒なんだけれど」
ノア様は忌々し気に、こちらを恍惚とした顔で見ているルクシアを睨んだ。
「ふふふ、そんな顔で見ないでノアちゃん、もっと歪めたくなっちゃう♡」
「こんのサディスト………」
「あんたには言われたくねえんじゃねえの」
「ルシアス、黙りなさい」
「サーセン」
ルクシアの赤い顔とは対照的に、わたしたちの顔色は軽口をたたきながらも少しずつ青くなっていっていた。
初めて見た。ノア様が倒れ伏す所なんて。
分かってはいたことだけど、あの女、異常に強い。
あのリーフと互角に戦い、前世を含めた長い時間の戦闘経験を持ち、五千人以上の兵を単騎で僅かな時間で皆殺しにし、わたしたちが全員でかかってもおそらく勝てないほどの強さを持つノア様が、致命傷を負わされるなんて考えもしなかった。
「ふふっ、言ったでしょう?ノアちゃんじゃワタシには勝てない。光魔法と氷雪魔法を瞬時に入れ替える事実上二属性の魔法、千年に渡る戦いの記憶と経験、そしてなによりワタシは強くなっていてノアちゃんは弱体化している。ハルちゃんだった頃から半分近く最大魔力が減衰してるよね?」
ノア様と同じ光魔法の剣をヒュンヒュン振り回しながら、ルクシアは言葉を続ける。
「ワタシの魔力は、あの頃とほぼ同じ。しかもノアちゃんったら、自分の真価であるはずの闇魔法を自分で捨てちゃってるんだもの。あれさえあれば光魔法は相殺されてもう少しいい勝負が出来たのに」
「うる、さいわね………!」
ノア様は光の剣を再び作り出し、ルクシアにそれを向けた。
「無駄だよ、ノアちゃん。誰よりも分かっているはずでしょう?あなたとワタシじゃ、光魔法の完成度も、速度も、すべてワタシが上回っている。ノアちゃんは何度も致命傷を負ったけど、ワタシは一太刀も受けてないよ。千年前とは状況が違う。世界最強の魔術師は、あなたじゃなくてワタシなの」
ルクシアの目は、ノア様への愛情と狂気、そして残虐性に似た色に染まっていた。
まるで、近所の野良猫をいじめて楽しむ子供の加虐癖を、何百倍も濃くしたような色。
「だからノアちゃん、もう一度だけチャンスをあげる。これが最後だよ?ノアちゃんだから特別なんだからね?」
そんな目をノア様に向けて、ルクシアは。
「ワタシと結婚しよ?」
そんな言葉を、恐ろしいほど心のこもった言葉を放った。
「ノアちゃんがここで頷けば、あなたの大事な仲間たちの命も保障してあげる。ワタシこれでも、クロさんたちのことは気に入ってるの。ノアちゃんに尽くして、ここまで守って来てくれたんだから。特にステアさん、その子は素晴らしい。ワタシやハルちゃんすら上回る潜在能力、ここで殺すのは勿体ないもの」
嘘は、言っていない。
ノア様がここで首を縦に振れば、本当にルクシアはわたしたちを生かすだろう。
この場でノア様と、相殺し合えるわたし以外の全員の首を、一秒で跳ねるほどの強さを持っているというのに。
「………一つ、聞いていいかしら」
「なあに?」
「ワタシがここで了承したとして、あなたはワタシにどんな対応をする気なのかしら?」
「どんなって………」
ノア様が荒い息を吐きながら、そう聞くと。
ルクシアはその顔をさらに高揚させ―――。
「そうだなあ、やっぱりワタシを一度裏切った罰は与えないといけないよね?手錠と首輪は必須かなあ、あとは檻を作ってそこに閉じ込めてあげなきゃ。そこで毎日毎日毎日毎日毎日毎日、ワタシと愛し合うの。ノアちゃんのことだから最初は素直に慣れずにワタシに噛みついてきちゃうだろうけど安心して、ワタシはノアちゃんのそういうところも大好きだから優しく調教してあげる。大好きな大好きな大好きなノアちゃんのためだもの、それくらいの労力惜しまないわ。ノアちゃんの優しい顔も嫌がる顔も怒る顔も笑う顔も全部全部ぜえんぶ見たいの、閉じ込めておけばそれも毎日見れるでしょう?我ながら素晴らしい案ね、想像しただけで体が疼いちゃう!でもそうね、毎日毎日檻の中だとノアちゃんが飽きちゃうだろうし健康にも悪いから、たまには出してあげる。勿論、首輪は一生外せないけど。でも顔は誰にも見せない、だってノアちゃんはワタシだけ見ていればいいんだもの。他のものに興味なんて移らないようにしてあげる、ああノアちゃんは努力なんてしなくていいよ、ワタシがそういうふうに変えてあげるから!可愛い可愛い天使みたいなノアちゃんを衆愚にこれ以上見せるなんて笑えないものね!ふふっ、楽しみだなあ。ノアちゃんはどんな声で鳴いてくれるのかな?痛めつけたら、気持ちよくしたら、どんな声を出すのかな?ワタシに逆らえないくらいボロボロになったら、どんな顔してすり寄ってくるのかな?ああ知りたい、ノアちゃんのすべてを知りたい!この時を千年も待ったんだもの、ノアちゃんだってワタシの気持ちわかってくれるよね?分かってくれないわけないよね、だって幼馴染だもの。前はツンデレさんを拗れさせて逃げられちゃったけど、今度は絶対に逃がさない。ずっとずっと、一生お嫁さんとして飼ってあげる。世界なんて弱くなっちゃったノアちゃんには必要ないよ、ワタシが一生守ってあげる。ノアちゃんはワタシさえ手に入れていればそれでいいの、それでいいに決まってる。ああ、今から楽しみすぎて耐えられないよノアちゃん、あの最強だったノアちゃんがこんなに弱っちくなっちゃうなんて、ワタシどうしたらいいの?この湧き上がる気持ちをどう抑えればいいの?無理だよそんなの、好きすぎて自分でも戸惑っちゃう。………どうしたの、そんな顔して。そんな目を向けられたらいじめたくなっちゃう。あ、もしかしてこんなに長い話になって困ってるのかな、ごめんね。けど可愛すぎるノアちゃんが悪いんだよ?ハルちゃんだった時のお顔も良かったけど、ノアちゃんも最高!あ、顔で好きになったわけじゃないんだよ。ワタシはノアちゃんだから好きなんだもの。ああっ、もう我慢できない。早くノアちゃんのすべてをワタシのものにしたい。好き。大好き。愛してる。ねえノアちゃん、だから結婚しよ?結婚して、髪の毛一本に至るまでワタシに捧げて?ねえノアちゃん。聞いてるのノアちゃん。ノアちゃん、なんでそんなに顔を青くしてるの?大丈夫ノアちゃん?でもそんな顔も好きだよノアちゃん。ああごめんね、結局ワタシがずっとしゃべっちゃった。ノアちゃんもワタシに言いたいこととかあったらお話してね、大抵のことは叶えてあげる。ねえノアちゃん。さあ言って?ねえノアちゃん。ねえねえノアちゃん。ノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃん」
ここまで飛ばさずに読んでくださった読者の皆様に、惜しみない拍手と感謝を。
「」の中にこんなに文字を詰め込んだのは生まれて初めてです。