第169話 側近vs側近
「行きますよ!」
わたしの合図で、ステアを除く全員が一斉に飛び掛かった。
「ちょおっ!?ケーラ、助けてヘルプ!」
「《空間封印》」
ホルンに向かって同時に放たれたわたしたちの攻撃は、すべてケーラの封印魔法に寄って阻まれる。
しかし、それは予測の範疇だ。
「《耐性弱化・毒》」
「《麻痺毒散布》」
双子の魔法で、封鎖された空間の中に毒ガスが発生する。
致命的な攻撃は魔法で防げるみたいだけど、あれはただの麻痺毒。
多量に吸わない限りは命にかかわらなないから、おそらく死霊魔法では防げない。
「うくうっ!?」
「封印解除!ホルン、そこから離脱を!」
ホルンが慌てて後退したところに、ルシアスの拳が飛ぶ。
剣を失ったとはいえ、彼の超人ぶりは健在。
一撃食らうだけで頭と首はお別れすることになるだろう。
「どうわああっ!?」
「《強制経年劣化》」
「ちょっ…………」
「タイプ39、《毒注射》!」
「《耐性弱化・重力》」
死霊魔術師が本体に戻ったことを良いことに、寿命を削り、毒を打ち込み、重力耐性を下げて行動を阻害する。
封印魔術師であるケーラは、直接的な攻撃方法はおそらく限られている。
だったら、先に攻撃の要であるホルンを袋叩きにしてからゆっくり攻略する方がいい。
「さすがに二対五はキツイって!死体人形百体でようやく互角かどうかってくらいなのに、それも封じられるとか!」
「あなたの死霊魔法が精神魔法で封じられるとは、さすがに想定外でしたね。敵を過小評価していた我々の怠慢ですが、それをとやかく言っていても仕方がありません。とにかく時間を稼ぎますよ」
「ああもう、メロッタは封じられてるしアタシは魔法の効果激減だし!猫の手…………いや、リンクの手も借りたい気分だよ!」
「リンクはあなたがいるからここに極力近づきたくないと言って、別の仕事に行っているようですね」
「あの女、マジ次会ったら泣き叫ぶまで踏みつけてやる!」
どんだけ仲悪いんだ、そのリンクという女とホルンは。
「死体人形をステアが封じてくれたおかげで、楽に攻略できてますね」
「どやっ」
「ちくしょー、《魂魄衝波》!」
「おぶあっ!なんだあ!?」
「魂をぶつけて衝撃波を発する魔法だそうですが、不可避なだけでそこまで威力はありません。落ち着いて囲んで倒しますよ」
「《耐性弱々化・重力》」
「あぐっ!」
重ね掛けで重力耐性を下げられたホルンは、体感で数倍になったであろう重力に膝をつく。
その隙に、オトハが一気に毒を打ち込んだ。
「いくら死人を操る魔術師といえど、ここまで毒を打ち込まれれば効果があるでしょう!」
「あ、ぎぃっ…………!」
「《性能封印》」
「ぷはっ!助かった!」
「んなっ!?」
しかし、ケーラの封印魔法によって毒と耐性弱化の効果が打ち消された。
「サンキュー、ケーラ!」
「安心しないでください。耐性はともかく、毒は封印しただけでまだあなたの体に残っています。自分の魔力が尽きれば再び効果を発揮しますよ」
封印魔法、思っていた以上に厄介だ。
側近最強というのもうなずける。
「じゃあ、それまでにあの子を殺せって?」
「はい、毒劇魔法も封印魔法と同じく、死後も効果が持続する魔法です。そうなると彼女に解毒剤を生成していただくしかありませんが、おそらく彼女は拷問にかけようとそれをしないでしょう。ならば死霊魔法で死体人形に変えた後に作らせるしかありませんね」
「難易度鬼すぎでしょ………」
オトハを殺す?
本人も超強い挙句、その周りをわたしたちが囲っているのに?
死体人形を使えたって難しいだろう。
しかし、これで分かりやすくなった。
ケーラを捕らえられればわたしたちの勝ち。
オトハを殺し、ホルンの天敵となったステアを殺せれば向こうの勝ちだ。
死後持続タイプの魔法は『魔法によって魔力を持たない物質を生成するタイプ』と、『術者が死ぬことによって周囲の魔力を吸収し、半永久機関として完成するタイプ』の二種類があり、オトハが前者でケーラが後者だ。
しかし、どんな場合でも術者が死なない限りは周囲の自然に漂う魔力に干渉することは出来ない。
つまり、ケーラを生かしたまま魔力を使い切らせればすべての封印は解け、さらにステアの精神魔法も通じるようになるはず。
「ステア、とにかくあなたの膨大な魔力で精神魔法を連打してください。彼女達にかけられている精神封印にぶつかって、余計に魔力を消耗させられるはずです。向こうがどれほどの魔力を持っていようと。あなたには及ばないはずですから」
「ラジャー、《精神崩壊》」
「躊躇ないな!」
こうしてケーラの魔力を削りつつ。
「《収束される暗黒》」
「うわっ、《強まる魂》!」
こっちもホルンを倒しにかかる。
「ルシアス、空間魔法はまだ使えませんか」
「使えないことはねえけど、もうちょい温存してえ。空間防御がねえと、後ろにいる姫さんラブなやべえのに一瞬で殺されるかもしれん」
「たしかにそうですね。ではそのまま使わずにいてください。オウラン、あなたはルシアスと一緒にケーラの封印を少しでも削るために彼女に直接攻撃を。オトハ、あなたとわたしはホルンを殺しにかかります」
「了解ですわ!」
そう言うが早いか、オトハの毒の雨がホルンに降り注ぐ。
「《幽体変化》」
幽体化して防いだか。
だけど、それが長続きしないのは確認済み。
「《死》」
「お、ぐうっ………!」
抵抗された。
だけど、おそらくもってあと数発。
「《死》」
「なん、の!」
彼女はこれまで、最高位魔法一発、わたしとの連戦、百体単位の魂の操作、これだけのことをやってきた。
正直わたしも魔力がかなり危ういけど、彼女ほどではない。
おそらく、わたしとホルンの魔力はほぼ互角。なら、減少した彼女の魔力抵抗では、いつまでもわたしの闇魔法に耐えることは出来ない。
「オトハ、遠くから闇魔法をかけ続けるので、援護を」
「お任せを」
わたしは深呼吸し、魔力を落ち着かせる。
ここで使い切るつもりはないけど、温存する気もない。
ここでホルンは殺しておかなければ。
「《死》《死》《死》《死》《死》」
「ちょ、待っ………」
まだ死なないか。
「ホルン、無理しないで!本体の魂を逃がしてください!」
「そう、する!」
直後、ホルンの体は前のめりに倒れた。
どうやら、体を捨てて逃げたらしい。
「オトハ、その肉体を溶解してください。彼女が再び戻ってきたとしても、その体に巡る魔力以上に強い魔力を持つ体はないでしょう。かといって疑似魂を生成する魔力もおそらく残っていないはずです。それならば再び現れた瞬間に闇魔法で仕留められます」
これで実質、ホルンはリタイアだ。
あとは。
「あなただけですね」
「………そのようで」
ケーラに魔力を使い切らせるだけ。
それで、リーフは元に戻る。
「さあ、お覚悟を―――」
「あまり、ワタシのお気に入りをいじめないでもらえるかなー?」
「っ!」
「ルクシア………!」
ケーラを追い詰めるより前に、ルクシアがわたしたちの前に立ち塞がった。
「え?じゃあ、お嬢様は………!?」
ルクシアはノア様と戦っていた筈、それならノア様はどこに。
わたしたちは思わず、後ろを振り返った。
「ふふふ、そうしているだけでも可愛いよ、ノアちゃん」
そこには。
血まみれで倒れ伏す、ノア様の姿があった。