第168話 天才だから
「おいおい、何だアイツら!」
「ここに来るまでにわたしたちが殺してきたここの兵士たちですね。どうやら死霊魔法で操られているようです」
魂を操り、死体を人形として操る死霊魔法としては最もシンプルで、そして厄介な使い方だ。
すなわち、不死の軍団による物量戦。
「わたしの死も、ステアの精神崩壊も、オトハの致死毒も通じない。しかも致命傷を与えられたら光魔法でも治癒できない最悪の雑兵ですね。面倒な」
「あははは、それが死霊魔法の真骨頂ってやつだからね。本当はさっきみたいな、一対一で使うような魔法じゃないんだよ。多対多、人間が多ければ多いほど、この魔法の真価は発揮される」
味方が死んでもプラマイゼロ、敵が死ねばこっちの味方に出来る。
戦争においてはこれ以上ないと言っていいほど効果的な魔法だ。
そしてホルンが来てしまった以上、わたしたちのうち一人でも死んだら、その瞬間に戦況が崩壊する。
「当たり前のことですが、全員全力で自分の身の安全を確保してください。わたしたちが死体人形にでもされたら、それこそ最悪です」
「わかってますわ」
「さてさて、戦いを始める前に肉体を元に戻さないとね。たまたま適合するこの体があったからよかったものの、この体じゃ魔力も低いし」
ホルンの体がガクガクと痙攣したかと思うと、髪色が青色になってその場に倒れる。
そして代わりに、後ろでさっきわたしが殺したホルンの肉体が起き上がった。
「ふーっ、自分の体は久しぶりだなあ。やっぱりしっくりくるね」
死霊魔術師が乗り移った死体は、髪色が死霊魔術師を示す濃い灰色に変化するのか。
「その死体、ここのお姫様のなんだけどさ。随分鈍ってるわ、無駄に胸についた脂肪が重いわで散々だったよ」
「ふっ、自分で貧乳って認めましたわね」
「ひ、貧乳言うな!ちゃんとちょっとはあるわ!」
「ホルン、くだらない話をしていないで任務を成しなさい。ここにいるノアマリー様の側近たちをあなたの死体人形に変えてしまえば、ルクシア様の目的を阻む人間はいなくなるのですから」
「アタシの胸はくだらないってか!前世でも小さかったんだから、こっちではって夢くらい見てもいいじゃん!」
「結果的に育たなかったではありませんか、諦めてください。あなたは貧乳の星の下に産まれたということです」
「貧乳の星って何!?」
仲が良さそうで何よりだけど、わたしたちには余裕がない。
一気に決着をつけさせてもらう。
「肉体に本当の魂が戻ったことで、あなたは生者になったようですね。生体感知に反応します。これならこれで仕留められるでしょう、《死》」
「《死の超越》」
ホルンに放った即死魔法は、しかし彼女の前で霧散した。
「悪いけど、アタシに即死は効かないよ。不意打ちによる一撃死とかを一定時間無効化する魔法があるからね」
「どこまでも相性が悪い………」
「さあ行け、死体軍団!」
ホルンの号令のもと、百近い死体人形たちが一気に飛び掛かってきた。
「うおっ!どうするんだあれ!」
「やむを得ません、魔力を使いすぎるのでやりたくありませんが、闇魔法で一気に消して―――」
「どいて」
「え?ステア?」
「あははは、アタシを操って魔法を解かせるとか?無駄だよ、アタシや筆頭―――ケーラには、対精神攻撃用に脳のところどころに封印が施されてる。精神魔法は効かない」
なるほど、ステアがケーラの記憶を読めなかった理由がようやくわかった。
それが原因だったのか。
「こう言っちゃなんだけど、ここまで君対策をした以上、君は足手まといだよステアちゃん。潔く隅っこで大人しくしてた方が」
「黙って。《誤解認識》」
ホルンの嘲りを遮り、ステアは死体人形たちに対して魔法を発動した。
すると。
死体人形が、バタバタと倒れ始めた。
「…………はあ!?」
「これは、予想外ですね」
わたしも驚いた。
「何をしたんですか、ステア」
「死霊魔法は、死体に疑似魂を、入れて、体を生き返らせる、魔法。つまり、脳は死んでる、けど、体は、肉体は、蘇生してる」
「そうですね」
「逆に言えば、肉体が、死ねば、疑似魂は、抜ける」
理論上はそうだ。
けど、それをどうやって行ったのかが分からない。
「脳に、干渉した」
「脳は死んでいるのでは?」
「ん。けど、ホルンが、支配する以上、一部は生き返ってるって、考えるのが、妥当。そこから、干渉して、『この肉体は死んでる』って、脳に、誤認させた。実際、そうなんだけど」
「んな馬鹿な、ありえない!確かにアタシが死霊魔法で操る以上、アタシが直々に魂を操る場合を除いて一部の脳を強制的に活性化させて自立行動が出来るようにはしてるけど!その部分をピンポイントで探り当てるなんて不可能だ!」
「私は、出来る」
「なんで!?」
「天才、だから。ぶい」
ホルンは呆気に取られていた。
どうやら、うちの切り札を過小評価していたらしい。
「いや、待って。まさか君、やけに大人しいと思ったら、ずっとアタシの死体人形の精神構造を魔法で解析してたの…………?」
「ん」
「んなアホな、前の世界ですらまったく解明できてなかった人間の脳を、一部分とはいえこの短時間で把握したってこと?天才ってこれだからやなんだわー」
死体だから精神魔法は効かない、術者であるホルンすら誤認していたその間違った常識を、ステアは見事に覆した。
ステアが対死体人形用の特効薬になってしまった以上、ホルンはもう今までのような大量の死体人形を作り出せない。
なにせステアは、魔力量だけならばこの場の誰よりも上なのだ。
まだ成長途中で最大魔力量には至っていないとはいえ、それでもこの子の使える魔力は900を超えている。
死霊魔法の燃費がどの程度のものかは知らないけど、さすがにこれほどの圧倒的な魔力の前でホルンが勝てるとは思えない。
「自立行動型の死体人形は使えない…………使えるのはアタシが直接操る死体人形だけとは。一体が限度じゃん」
「こちらのアドバンテージを完全につぶしてきますか。だから言ったのです、ステア様は警戒しろと。自分とルクシア様に最後まで警戒のまなざしを向けていた娘ですよ」
「いや、こんな無茶苦茶にどう対応しろと!」
そうと決まれば話が早い。
わたしたちは一斉にホルンに飛び掛かった。
「ちょ―――っ!?タンマタンマ!」
「人生にタンマなんてありません」
わたしたちの魔法が、一斉にホルンに向かって放たれた。
しかし。
「ぎゃああああ…………あれ?」
「まったく、あなたは仕方がありませんね」
「ケ、ケーラパイセンンンンンン!!」
「その呼び方辞めてください」
ホルンに攻撃は届かなかった。
封印魔法で、攻撃が着弾する前に封じられた。
「ホルン、死体人形は使えなくとも出来ることはあるでしょう。支援してください」
「了解!」
そうだ、まだこっちの封印魔術師がいる。
彼女を倒さない限り、リーフが復活しない。
早く倒さなければ。