第165話 氷雪魔法
ルクシアさんが行った所業は、整理するとこうだ。
ノワールたち希少魔術師を、幼少の頃から集める。
ノア様に結婚の申し出が多かった時期を利用し、自分を見つけさせる。
おそらくそれ以前から、ノワールを帝国に潜入させる。
皇帝の死体人形を利用し、帝国から王国に宣戦布告させる。
ランドとフェリの遺体をノワールに引き渡し、死体人形にする。
そして今日、フロムを殺させた。
これだけのことを指揮し、大陸一の大国すら乗っ取り、戦争を弄んだ張本人の願いが。
「ワタシと結婚してください、ノアさん。そうすればワタシはあなたに危害を加えないと誓います」
これだけ?
嘘は言ってない。本当に、ノア様と結婚するためだけにこんな事態を引き起こしたのか?
「悪い話ではないですよね?リーフと同じ覚醒した四大魔術師、あなたにとっては喉から手が出るほど欲しい存在であるはず。加えてワタシが育てた希少魔術師たちが全員あなたに従うんですから、承諾するには十分すぎる理由だと思いますが?」
彼女の言い分は一理ある。
たしかにこのまま彼女と戦ったとしても、互いにデメリットしかない。
それならいっそ、吸収してしまった方が一石二鳥には思える。
だけど、おそらくノア様は。
「イヤよ」
そう答えると思った。
その答えにルクシアは胸を抑え、大きく仰け反って荒い息を吐いた。
結果を予想していてもショックだったらしい。
「理由を、お聞かせ願いますか?」
「そんなの分かっているでしょう?私、他人に何かを強制されるのって大っ嫌いなの。あと今まで騙しやがってこの女って思ってるし、ついでになんか結婚したら束縛してきそうな雰囲気があるから」
ルクシアはそれを聞いて今までで一番大きなため息をついた。
そして髪をかき上げ、わたしたちを見渡す。
「あーあ、そうですか。ワタシは頑張りましたよ?ことを穏便に済ませるために、ここまで色々と手回しもしたのに。最後のチャンスをふいにしたのはノアさんですからね………?」
「随分なこと言うじゃない。それで、断られた以上はプランBとやらに移行かしら?まさかとは思うけど」
ノア様は嘲笑し、殺気を放った。
随分とイラついているのが長年の勘で分かる。
「この私に勝てるとでも思ってるのかしら?リーフも、クロたちもいて、そっちはケーラと自分しかいないというのに?」
「そうですねー、たしかに厄介です。ですが負けませんよ」
「言うじゃない」
刹那、ノア様はルクシアの目の前まで移動していた。
その光の剣が、彼女の脇腹目掛けて放たれる。
「《鏡氷反射》」
「っ!」
しかし。
攻撃を受けたのは、ノア様の方だった。
「お嬢様あ!?」
「何された!?」
「私より速い?違うわね、私の攻撃を跳ね返したのかしら」
「その通りです。ワタシの氷雪魔法は、氷の純度を自在に操れます。そして鏡のように自らが映るほど高純度の氷であれば、あなたの魔法にとっては闇魔法と同等以上に厄介な魔法でしょう」
どんなに固形化しているといえど、光魔法は光の性質そのものは変えられない。
しかし、あの一瞬で鏡を作り、光魔法を反射するとは。
この人、わたしの想像の何倍も強い。
「《治癒の光》。………さすがは覚醒した魔術師、一筋縄ではいかなそうね。実力的には私とリーフと同じ位かしら?よくもまあ、そんな大した魔法を今まで隠していたものね」
「ふふふふ」
「ああ、もう一つ聞いておかなきゃいけないことがあったわね」
「あら、なんでしょう?」
「あなた、どうやって希少魔法の存在を知ったのかしら?」
そうだ、それだ。
わたしたちは大書庫があったから学ぶことが出来たけど、普通は希少魔法なんて存在自体知られていないはず。
なのに彼女は幼少の頃からその存在を知っていた。それはノワールやメロッタの練度を見れば明らか。
一体どうなっている?
「ふふっ、簡単な話です。ワタシの家の近くにもあるんですよ、あなた方が利用しているのであろう書庫と同じような場所が」
「それくらいは分かるわよ、私だってああいう場所を作っていたのが一人だけだったなんて思ってないわ。問題は、どうやってあなたがそれを見つけ出したかよ」
「そんなことですか。決まっています、その場所を作ったのがワタシだからです」
一瞬意味が分からなかったけど、ノア様を見てすべてを察した。
「そう、あなたも転生者なのね。青髪に生まれ変わっているということは、私より後の世代の闇魔術師かしら?」
「不正解です。………まだ、分かってくれないんですか?」
「なんですって?」
ルクシアは心底不服という風な顔をして、ノア様をじっと見つめている。
今までは感じたことのなかった、狂気の片鱗が見える目で。
「光魔法の転生では、千年後のこの世界に違う髪色で現れるなど不可能でしょう。じゃあ、かつての私より前の世代の転生者ってことかしら」
「違いますよ、なんで分かってくれないんですか」
「そこまで言うってことは、あなた私のかつての名前を知ってるの?しかも、千年前の世界で会ったことがあるのかしら」
「本当に思い出してくれないんですか?あんなにもあなたと愛し合っていたというのに………」
「はあ?」
「んなあああっ!?」
オトハが悲痛な悲鳴を上げる中、ノア様は考え込む。
しかし、その厳しい表情から察するに、心当たりがないらしい。
「ノア様、かつてその、食べた女性を思い浮かべてください」
「ちょっと多すぎて思い出しきれないわ」
おい。
「………ふ、ふふふふ。あなたのそういう、薄情なところも好きですよー?しかしこのワタシを思い出せないというのは、さすがに少し傷つきますね」
「もったいぶってないで教えなさい、私はクイズするためにここに来てるんじゃないの」
ノア様のお怒りは割とガチの所まで来ていた。
それを見てルクシアは一層笑みを深め、恍惚とした表情を浮かべ。
「そういう顔も、たまらなく好きですよ―――ハルちゃん♡」
やっぱり、千年前の魔術師。
しかし、千年前の闇魔術師はノア様のはず。
闇魔術師は同時期に二人現れることは無いのに、一体どうして?
「ノア様、心当たりは―――!?」
わたしはノア様の意見を伺おうとして、固まった。
ノア様は、今まで見たことのない表情をしていた。
驚愕と、呆れと、怒りと、そして―――恐怖。
ノア様の体が、僅かにでも震えているところなど、生まれて初めて見た。
「ノア様!?」
「なんで………いえ、そんなはずないわ、だって、ありえないじゃない………でも、私をかつてちゃん付けで呼んだ女なんて、アイツしかいない………」
ノア様は後退り、右手を震えを抑えるように左手で抑えた。
こんなノア様、見たことがない。
僅かにでも、何かに怯えるようなノア様なんて、十年以上仕えていて一度たりともその眼にしたことは無い。
ルクシアは自分の正体をノア様が悟ったことを察したのか、必死に笑いをこらえるかのような顔で震えていた。
ノア様と違い、こっちは歓喜するかのような震え。
相手が狂喜し、ノア様が恐怖する相手。
わたしはその瞬間、一人の人物が脳裏に浮かんだ。
でも、有り得ない。
だって彼女は、ノア様が『絶対のこの世界にはいない』と断言した人物のはず。
だから、この世界にいるのは不可能のはずなのに。
しかしノア様が口を開き、答えた名前は。
わたしが思い浮かべたのと、まったく同じ名前だった。
「あなた………ルーチェ?」