第164話 狂人
「実際に見るのは初めてよ。出来ればもう少し、明るい気分の時に披露してほしかったわね」
「ふふふふっ、もしかしてワタシが黒幕だと知って悲しんでくれているんですかノアさん。それだけでも裏から色々と手を回した甲斐がありましたねー」
「………っ」
ノア様は顔をしかめ、それでも右手に光の剣を作った。
「ルクシア、これまで協力してくれたよしみで生かして捕らえてあげるわ。その後色々と聞かせてもらうわよ」
「あらあら、ノアさんとゆっくり監獄プレイというのも悪くはありませんが、生憎ワタシはオトハさんと違ってマゾヒストではないんです。どちらかといえば閉じ込めたい側でして」
「あなたの性癖なんて聞いてないわよ」
ルクシアは今までの物静かで清楚な雰囲気が嘘のようにしゃべりだした。
まるで、今まで抑えていたものを解放するように。
後ろをちらりと見ると、他の側近―――特にステアは、ノア様と同じくらい険しい表情をしている。
おそらくわたしもだろう。
「いつから裏切ってたのかしら、ルクシア」
「勘違いをされているようですが、ワタシは別に裏切ったわけではありませんよ。こういった状況になったのは本当に不本意なんです」
「へえ、言うじゃない」
「そもそも―――」
瞬間、何かが崩れる音がした。
何事かと振り向くと、ルクシアが作った氷の壁が破壊されている。
そして。
「待ちなさいリーフ!」
「っ!」
すぐさまルクシアさんに攻撃を仕掛けようとしたリーフを、ノア様が止めた。
「まだ聞きたいことがあるわ。一旦剣をしまいなさい」
「けど!」
「いいから」
「っ………!」
リーフは不本意そうに剣をしまい、距離を取った。
「で、聞かせてもらおうかしら。あなたの言い分を」
「言い分、といいますか。そもそもこの状況は、ノアさんが作ったようなものなんですよ?」
「はあ?」
何を言いだすかと思えば。
後ろの側近、特にオトハが今にも飛び出しそうな勢いで殺気立った。
「裏切っておいてお嬢様に責任をなすりつけるとは、良い度胸してますわねあなた………!」
「いえ、先にワタシを裏切ったのはノアさんじゃないですか」
「………?」
「ワタシと婚約破棄するって言ったでしょう?あれですよ」
わたし以外の側近は首を傾げたけど、わたしとノア様は何を言っているのか理解した。
「あれさえなければ、本当にワタシはここまでやる気はなかったんです。普通に帝国をノアさんが支配するように仕向け、普通にホルンたちを動かしてノアさんの都合のいいように暗躍させ。
そして普通に、ノアさんと結婚するつもりでした」
嘘はついていない、それが怖い。
「それなのに、あなたはワタシと結婚しないと言い出した。これは明確な裏切りといっても差し支えないのでは?」
「随分と好かれたものね、照れるわ」
ノア様は発言に反して、ちっとも笑っていない。
ルクシアへの対処を決めかねているようだ。
「その件に関しては謝罪するわ、利用してしまう形になってしまったのはね。それでその後の所業がこれかしら?」
「そういうことになってしまいますね」
「希少魔術師を抱えていることといい、ノワールが潜入していたことといい、ここ数年越しでの計画とは思えないわ。いつから私に目をつけてたの」
ノア様の質問に、ルクシアは不気味なほどに晴れやかな顔をして、答えた。
「生まれた時からです」
「なんですって?」
「生まれた時から、ワタシはあなたに目をつけてました。あなたがきっと希少魔術師を集めると思ったから、その対抗策としてワタシも集めました。お見合いの時にはあなたが望むような言葉を添えました。そしてあなたが好む、聡明で強い女性であり続けました。すべては、愛するあなたと契りを結ぶためです」
言っている意味が全く分からない。
だけど、この状況が遥か昔から計画されていたということは分かった。
「それなのに、あなたはワタシを裏切った。こんなに頑張ってきたのに、あなたに結婚できないと言われたときのワタシの気持ちが分かりますか?予想していた事態だったとはいえ、一瞬自分が抑えられなくなりましたよ」
ノア様は厳しい表情で、しかしどこか罪悪感を抱いているような表情でルクシアを見ていた。
「だからワタシは、万が一の時のために練っておいたプランBに移行することを決めました。あなたと対立する道です。婚約を破棄された以上はあの契約にも抵触しませんし、そもそも先に裏切ったのはノアさんですから」
「そんな理由で………!」
「そんな理由?」
リーフの叫びに、ルクシアはピクリと反応した。
そして音が聞こえてくるほどに拳を握り、歯を噛み締めた。
「この世界で最も尊く、美しく、そして可愛らしい最愛の方にどん底に突き落とされた気持ちが、理解なんてできないでしょう!?本心を言えば出会った瞬間に彼女とワタシ以外を皆殺しにしてでも手に入れたい欲望にかられ、情欲を抑えるのに全神経を集中させ、何もかも忘れてぐちゃぐちゃにしたい葛藤にも耐えてきたというのに、その努力を一瞬で水の泡にされたんですよ!?すべてを穏便に済ませ、ただ一緒になれればそれでいいと思ったのに!………だからもうやめました、自分を抑えるのは。秘密を抱えるのも、愛する人に裏切られるのも、もう散々です」
………ヤバイ。
この人、わたしがこの世界で出会ってきた中で一番ヤバイ。
何がヤバイって、まったく嘘をついていない。
今の無茶苦茶な話は、全て本心から言っている。
彼女がノア様のことを好いているのは知っていたけど、まさかここまでとは。
「じゃあ、なんでフロム様を殺した!そんなに好いているなら、婚約破棄されたときに襲うなりすればよかったのに!なぜあの人を巻き込んだ!?」
「ああ、それですか………ムカついたので」
「は?」
「いえ、ですから。ワタシのノアさんを殺すとか言っていたでしょう?あれがムカついたし、死ねばホルンの死体人形に出来るじゃないですか。だから殺して人形にして、その死体人形にあなたを殺させようと画策したんですが、上手くいきませんでした。まさか死体を消されるとは」
狂ってる。
この人、信じられないくらいにイカれてる。
というか、ノア様と自らの仲間以外の誰も見えていない。
「無敵に近いあなたを殺せるのは、ノアさんかワタシか、後は育ての親であるフロムくらいですからね。一番効率がいいのがこの策だったのに」
「あんた、頭おかしいぞ………!?」
「そうですね。客観的に見てワタシは頭がおかしいと思います」
あまりの暴論に、リーフが怒りを通り越して呆然としている。
それを見てノア様が不愉快そうな顔をルクシアに向ける。
「ルクシア、本当にこの私と戦り合う気?」
「いえ、可能なら避けたいですねー」
「じゃあどうするのかしら?」
「簡単ですよ。プランBだからあなたと対立してしまうのですから、プランAに戻せばいいのです」
ルクシアはそう言い、ノア様に少し近づいた。
「ノアさん、改めて問います。ちゃんと答えてくださいね」
そして。
「ワタシと結婚してください♡」