第163話 本当の黒幕
リーフの言っていることが分からない。
なんで、ルクシアさんに剣を向ける?
なんで、何かを隠していると断言できる?
少なくともルクシアさんは、わたしにとってはそれなりに信用のおける人物だ。
何故かと聞かれれば、ほとんど嘘をつかないからだ。
嘘を見抜けるわたしには、彼女がノア様を思っていることも、わたしたちを心配していることも、すべて真実だと分かっていた。
なのに、リーフは確信を持つかのような厳しい表情で、ルクシアさんを見据えていた。
「あらあらー、これはどういうことなんですかねー?」
「警告。ウチは今虫の居所が悪い。とぼけるような真似をすれば即座に斬る」
「一応これでも、名目上はノアさんの婚約者ですよ?それに身分をひけらかすわけではありませんが、一応は共和国連邦でそれなりの地位を頂いています。そのワタシに乱暴というのは、色々不味いのでは?」
「嘲笑、知ったことではない」
「ちょっと待ちなさいリーフ」
そのリーフの肩を、ノア様がポンと叩いた。
「あなたが意味のない行動をするような人間とは思えないわ。何故ルクシアが何かを隠していると思ったのかしら?」
「あらー?ノアさんまでワタシを疑ってるんですか?」
「そうじゃないわ。ただ、この場でリーフがあなたを攻撃するメリットが何一つないのに剣を向ける理由を聞くだけよ」
リーフは深呼吸をして、ルクシアさんの首までほんの数ミリまで迫っていた剣先を少し離した。
「謝罪、少し冷静さを欠いた」
「構わないわ、それより早く説明して」
「承知。あれを見て」
リーフが目を向けた先には、ノワールの死体人形があった。
その中の一つ、オウランが戦っていた水魔術師に、リーフの視線は注がれている。
「あの死体がどうかしたんですか?」
「あの水魔術師はフェリ・ワーテル。元皇衛四傑で、ウチの同僚だった女」
「へえ、死んだ後に死体人形にされたんですね。それがどう………し………」
ノア様はあの魔術師がフェリだと聞いた瞬間に眉間にしわを寄せ、わたしも遅れて気が付いた。
「証言、フェリはフロム様に命じられてルクシア・バレンタイン、あなたを殺すために王国に向かっていた筈。そして、あなたに殺されたことを確認済み。なのになぜフェリが、ノワールの人形にされている」
「あらあら、それだけでワタシをお疑いに?」
「否定、それだけではない。先ほどあのメロッタという女が放った刃の雨。分かりにくいけど、あなたのいた場所だけ被弾が微妙に少ない」
「偶然では?」
「棄却、他の全員には均等といっていいほどの量だった。なのにあなたのところ―――正確には、そっちのケーラという従者とあなたの居場所だけ、妙に刃が少なかったかのように思える」
あの一瞬で見てたのか、なんて観察力。
しかし、もし仮にそれが本当で、偶然でないのだとしたら。
「ちょっとちょっと、なんで皆さんワタシをそんなに警戒するんですか?自慢ではありませんが、これでも結構皆さんのサポートを頑張ってきたつもりですよ?それに忘れたわけではないでしょう、ワタシとノアさんの間には互いに対立しないという契約があることを。あれが嘘偽りだったなら、クロさんが気付かないはずがないのではー?」
たしかに。
初めて会った時、ノア様とルクシアさんはそういう契約を交わしていた。
そしてそれに嘘がないことも確認済みだ。
「やはり考えすぎでは?」
「まって」
「ステア?」
「じゃあ、なんで、フェリの死体、人形にされてるの?」
「それは―――」
そうだ、危うく忘れるところだった。
その箇所がまだ解決していない。
わたしの方を、ルクシアさんがちらりと見た。
「………フェリをケーラと一緒に殺した後、近くの丘にフェリの遺体は埋めたんですよー。それをノワールが掘り返したのでは?」
呼吸も、表情も、一見正常だった。
脈拍にも異常は出ていない。
………だけど、わたしは誤魔化せない。
人間である限り、完璧なポーカーフェイスというのは存在しない。
嘘をつくとき、人間は必ずほんの僅かに表情に出る。
99%の人は気づかない超がつくほど些細な変化だけど、それをわたしは見逃さない。
「………ルクシアさん、何故嘘をつくんですか?」
「…………………」
「今まで、あなたから嘘を感じたことはほとんどありませんでした。なのに今の発言は嘘だとはっきり断言できます」
「ルクシア、どういうことかしら」
「あらノアさん、完全に詰問モードですねー。ワタシのことお疑いで?」
「信じてたわよ。だけど嘘をついたなら、少なくともその部分に関してはあなたは信用を失うわ」
「クロさんが嘘を言っているかも」
「クロがこの私に嘘をつくわけないじゃない」
その通りだ。
わたしがノア様に嘘をつくなんて有り得ない。
だからこそ、この場の全員がルクシアさんの方が嘘をついているんだと分かる。
「クロ、あなた今までルクシアに嘘を感じたことはほとんどないって言ったわね」
「はい」
「じゃあ、ルクシアが嘘はついていないけど、本当のことも言っていなかった、という可能性は?」
「むしろその可能性が最も高いかと」
ルクシアさんは微笑を崩さず、ケーラさんはただそこに無表情で佇んでいた。
いつものその姿も、心なしか不気味に感じる。
「ルクシア、この質問に真実を言えたら再び信用すると誓うわ。あなた、フェリの死体をノワールに提供した?勿論、間接的にというのも含めてね。イエスかノーで答えなさい」
「…………………」
「答えて」
ルクシアさんは答えなかった。
代わりに、そのいつもの笑顔を崩し。
そして、大きなため息をついた。
「…………ケーラ、ワタシ言ったわよね。フェリは事が済むまで使わないようにノワールに言っておいてと、あなたに言伝を頼んだわよね?」
「申し訳ございませんルクシア様、どうやらメロッタに伝わっていなかったようです」
「ノワールのかつての世界の言葉にこんな格言があったそうよ、『組織に必要なのは報告・連絡・相談』。些細な伝達ミスがこういう致命的なミスに変わることだってあるの。分かったら今度から気を付けて。メロッタとノワール―――いえ、もう良いわね。ホルンにもちゃんと言っておいて」
「はい、失礼いたしました」
―――!?
「………ルクシア、それは認めたって思っていいのかしら?」
「ふふっ、ふふふふ。ええ、そう思って頂いて構いませんよ。本当はもう少しあなた方と一緒にいようと思っていたんですが、まあさして計画に影響もないでしょう」
冗談であってほしい。
まさか、ノワールが口にしていた『ご主人様』って。
「命令、質問に答えろ。ルクシア・バレンタイン、お前がノワールのボスか」
「はい」
「皇帝を操らせ、帝国を操っていたのも」
「ええ、ワタシです」
「………じゃあ、フロム様を殺せと命じたのも」
「ワタシですね」
わたしの衝撃も束の間、リーフが一瞬で憤怒の形相になり、ルクシアさん―――ルクシアに迫った。
ノア様に匹敵する落雷魔法の速度をもって、彼女の首を狙う。
―――パキイイン。
「!?」
「速いですねー、落雷魔法。さすがです。しかし残念、実体がある以上、来る場所さえ予見していれば無力化は容易です」
有り得ない。
リーフが剣でルクシアの首を刎ねる直前で。
リーフの腕を、巨大な氷が覆った。
「いかに全魔法中二位の速度を誇る落雷魔法といえど、動きを封じられてしまえば効果は激減です。感情任せの攻撃なんて実に読みやすい。あのリーフ・リュズギャルすら、冷静さを欠けばこんなものです」
「ルクシア。あなた随分とこの私に隠し事が多いみたいじゃない」
「そうでもないですよー?隠し事の量ならばそこまででもありません」
「質が問題なのよ。水魔術師に氷が使えるわけないでしょう」
水魔術師が操れるのは、あくまで液体としての水と、気体となった水蒸気だけ。
固体となっている氷は、操ることが出来ない。
それが出来るのは。
「リーフと同じ、覚醒した四大魔術師。《氷雪魔法》。随分と立派なものを私に隠していたみたいじゃない」