第158話 死霊と闇
あちらが天敵をぶつけてくるなら、こっちだって天敵を用意するまで。
「オトハ、一人で大丈夫ですか?」
「クロさん、私を誰だと思ってますの?いずれ世界を統べる最強の魔術師たるお嬢様のエロ奴隷、オトハですわ。あんないかにも『くっ殺せ!』とか言いそうな女騎士なんて楽々蹂躙です」
「いつお前がノアマリー様のエロ奴隷になったんだ」
「側近から降格してんじゃねえか」
「しかもくっ殺女騎士を楽々蹂躙したら、それはただのオークです」
「皆さんのお気持ちはありがたいですが、私はお嬢様以外に罵倒されても興奮しないので結構です」
「お前を喜ばせるために突っ込んだんじゃないわ」
通常運転のオトハのようで安心した。
そのオトハに、容赦のない巨大な刃が襲い掛かる。
「はあっ!」
誰もが直撃すると思ったが。
しかし、刃は一瞬でオトハに穴を空けられ、届くことは無かった。
「丁度、昔作った溶解液たちが埃をかぶっていたところですわ。いくらでも金属を生み出してくれるなんてなんて実験向きの魔法、少し付き合ってもらいますわよ!」
「クソッ、この娘にだけはぶつかりたくないんだが」
「いやー、あたしは他の三人相手で精いっぱいだよ。あの毒使いちゃんはメロッタに何とかしてもらわないと」
「せめて弟の方に切り替えたい」
「無理だねえ、完全に向こうがあんたをロックオンしてるし」
オトハは体に薄く毒液と毒ガスを纏わせ、メロッタに接近していく。
メロッタは生み出した多種多様な金属で相手するが、オトハは卓越した状況判断力と魔法編纂ですべて叩き落した。
「くっ、やはり相性が悪い!」
「金属で毒でも作りだしてみますか?どうせ効きませんがあ!」
メロッタがオトハを避け、どんどん遠ざかっていく。
「あーもー、一人しか止めてくれないの?おかげでアタシ三人同時に相手しなきゃじゃん。まあアタシが戦うわけじゃないんだけどー」
ノワールの周りに、四体の死体人形が集まる。
一人一人が雑魚じゃない、精神魔法と闇魔法の死の能力が通じない、あまりにも厄介だ。
そういえば、ノア様たちは―――。
「あはははは!!禁術を使ってその程度とは、あなたの父も大したことないわねえリーフ!!」
「同意、でも無理もない、ウチらが強すぎるんだから」
「おっと!禁術で身体能力も高まってるから、捨て身の魔法も使えるのね!けど残念、どんな攻撃も当たらなければ意味がないわ」
「嘲笑、魂とやらを使ってこの程度とは。ウチらの敵じゃなかった」
………まあ、うん。
絶賛圧倒中だった。
「う、嘘お………禁術で強化されたアタシの最強の人形をあそこまで叩きのめすとか、マジでえ………?」
ノワールも呆気に取られている。
ノア様とリーフを過小評価していたわけではないだろうけど、それでも禁術を使える元帝国最強という箔に相当自信があったんだろう。
けど悲しいかな、あの二人が相手では勝てる人間なんていない。
「でも禁術のせいで無駄に丈夫ねえ、ここまでやってもまだ動くなんて」
「推測、おそらく使っている魂とやらが強化されている。しかしそれは、同時にノワールの魔力が消耗されていっているということを指す。こうしてこの男を叩き潰し続けていれば、あなたの側近たちの手助けにもなる」
「その通りね、じゃあこのまま頑張ってあの子たちを楽させてあげましょうか。いやいや、まったく強すぎるのも考えものねえリーフ?」
「同意、まったくその通り。父を捻り潰し続けるというのは、なかなか精神衛生上よろしくない。まったく気が進まない」
「それにしてはさっきから魔法のキレがいいみたいだけど?」
なんかいつの間にか仲良くなってるあの二人。
まあ、元から波長は合ってたし当然か。
でもリーフに関しては、こっちのノワールへの警戒も怠っていない。
心を押し殺して平静を取り戻して尚、フロムを殺したノワールには反射的に飛び掛かってしまいたいくらいの激情を抱いているんだろう。
それを理性で封じてしまえる精神力が、リーフの強さの所以なのかもしれない。
「あれもう駄目だなあ、気に入ってたんだけどなあ、あの人形………。でも、魂の供給を切ったら一瞬であの二人に殺されるし、そうなったらアタシは兎も角メロッタなんか一瞬で殺されるし………」
黒幕っぽく出て来たのに、ノア様とリーフが強すぎてイマイチ凄さが伝わらないノワールに若干同情するけど、それとこれとは話が別だ。
ノア様もリーフも、そしてわたし個人としても、この女は快く思っていない。
「オウラン、ルシアス、二人ずつあの人形の相手をしてください。わたしがノワールを仕留めます」
「いいのか?相性の問題もあるのによ」
「僕たちがやった方が良くないか?」
「いえ、わたしにやらせてください。相性の悪さを捻り潰してこそ、心のへし折り甲斐があるというものです」
オウランとルシアスは一瞬キョトンとして、そして笑顔を浮かべる。
「ははっ、クロさん、だんだんノアマリー様に似て来たな」
「ああ、性格の悪さが移ったな」
「それって褒めてるんですか?」
「「微妙」」
「あなたたち後で覚えてなさいよ」
ヤバイ、聞かれてた。
「ま、まあ了解したよ。じゃあ僕が水魔術師二人を相手する」
「じゃあ俺は炎と風か。二人位なら何とかなるだろ」
オウランとルシアスはそれぞれ左右に分かれ、二体ずつの人形と相対した。
随分と頼もしい男たちだ。
「アタシの相手は意外だなー。ま、黒色同士仲良くやろうか」
「あなたと仲良くなれるとは思えませんが」
「そう言わないでよ。なに、フロムを殺したのが気に入らなかった?別にあんたにとっては赤の他人―――いや、むしろいない方が得する人間だったでしょうに」
「いえ、フロムを殺したことに関しては、わたしは別に。ただ」
「ただ?」
わたしは右手に魔王の邪剣を創り、ノワールに向けた。
「ノア様があなたを不快に思ってらしたようなので。だからわたしの敵です」
「あはは、本当にあの人が何よりも優先なんだねえ。そういうところもアタシは好きだよ、アタシも似たようなものだしね」
あの人というのが誰なのかは、教えられないんだろう。
こういうタイプは拷問したって名前を言わないだろうし、そもそも魂がここにないんだから意味がない。
「手っ取り早く済ませましょう。殺せないなら消し去ればいいんです。今のうちに自分の体にお別れを言うといいです」
「おー怖い怖い。でもまさかとは思うけど、アタシの魔法が死体を操るだけだなんて、そんなこと思ってないだろうね?」
ノワールは座っていた玉座からひらりと降り、灰色の髪を靡かせてわたしの前で構えた。
「死霊魔法の真価を、その眼に焼き付けるといい」
「ならあなたは、闇魔法の恐怖をその仮初の魂に刻み込むといいですよ」
言い終わるが早いか、わたしはノワールに飛び掛かった。