第154話 規格外二人
リーフはフロムを少し見つめた後、立ち上がって振り返った。
「クロ、だっけ。あなたの魔法で、フロム様の遺体を消せる?」
「え………?できますが、そんなことをしてもいいんですか?」
「このまま放っておけば、フロム様はあの女に人形にされる。あの人をそんな目に合わせるくらいなら、そっちの方がいい」
「正論ね。クロ、やりなさい」
「かしこまりました」
わたしは言われた通りにフロムの遺体を闇魔法で消し去った。
それをリーフが悲しそうな目で見ていたが、やがてリーフは決意したような目でノア様に向き直る。
「ノアマリー・ティアライト。ウチはあなたに協力する。少なくとも、ウチが生涯をかけるほどの目的を見つけ出すまでは、あなたに従ってあげる」
「あら、随分と上から目線ね。でも嫌いじゃないわよそういうの」
ノア様は少し顔を綻ばせ、そして。
「じゃあ、最初の命令よ」
灰色の髪を持つ死霊魔術師―――ノワールの方を向いた。
「彼女を殺しなさい」
「ふーっ………」
リーフは深呼吸をして、首を鳴らす。
「質問。少し時間をかけてもいい?」
「喋り方も戻ったわね、冷静さを取り戻した証拠だわ。だけどやめておきなさい、時間の無駄よ」
「………?」
「おや、さすがはノアマリー様、そこに気づきましたか。アタシのこの体を滅ぼしても、何の意味もないことに」
どういうこと?
「クロ、あの女から生体反応は?」
「感じません。死霊魔術師の特性………とかではないんですね」
「ええ。死霊魔術師自身は生きているのだから、当然生体感知に反応するわ。けど、彼女の魂があの体にないなら話は別よ」
「どういうことです?」
「つまりノワールは、自分の魂のコピーの疑似魂をあの肉体に埋め込んで、それを本体の魂が遠隔操作しているのよ。だからあの肉体を壊しても、魂は消滅していないから死ぬことは無いわ。魂が無事なら、顕現する方法はいくらでもあるしね」
「それはつまり、正確にはノワールはこの場にいないということですか」
「そういうこと」
リーフはそれを聞いて一瞬だけ怒りをあらわにした。
しかし直後に息を吐いて落ち着き、剣を引き抜く。
「決定、ならせめて肉体だけでもぶっ壊す」
「ええ。そうしてちょうだい」
リーフは剣に風を纏わせ、構える。
その背は、これでもかというほど頼もしかった。
「うーん、さすがにリーフを相手にするのは、いくら魂を保障されてるといっても勘弁だなー。というわけで、少し反則しようかな」
ノワールは困ったように後退り、指を鳴らした。
すると、長らく沈黙していた皇帝―――否、皇帝の死体人形が動いた。
皇帝が地面に手をつくと、城の形が変わり始めた。
「これは………!?」
「へえ、さすがに帝国の統治者。並の四傑以上の強さはあるってことね」
皇帝は土魔術師。
魔法によって、石造りのこの城そのものを武器に変えるってこと?
なるほど、たしかにこれは反則だ。
「じゃ、さすがに肉体を殺されたらめんどいんで、アタシはこれで―――」
ズパンッ。
ブシュッ。
「………へあ?」
「でも、規格外の四傑ほどじゃないでしょう」
「不足、この程度では足止めにもならない」
………えっ。
「え、ちょ、今何が起こった?」
「えっとぉ、リーフが消えて、その瞬間に皇帝の首が落ちて」
つまり。
何かされる前に、リーフが皇帝を倒した。
「ちょっ、嘘でしょ!?いくらフロムに忠誠誓ってたとはいえ、いくらアタシの人形とはいえ、自分の王の首そんなあっさり斬る!?」
「訂正、これはもう皇帝じゃない。あなた如きに利用されている憐れな皇帝だった何か。なら遠慮なんてしない」
ぶっ飛んでる。
間違ってはいないんだけど、絶対彼女は頭のネジが数本抜けてる。
「素晴らしいわ、あの速度!あの判断力!四大魔術師としての究極に至った覚醒の希少魔術師、手に入れられて最高ね!」
ノア様が興奮して同調しているのがその証拠だ。
「ああもうっ、ならアタシの手札で最強を出すしかないかなあ!」
「………?」
あまりのリーフの暴挙と戦闘力に唖然としていたノワールは、はっとしたように首を振り、手を前に出した。
すると、地面から影が飛び出し、さらに一枚の土壁がノワールを隠した。
この技、覚えがある。
「リーフ、まさか前に戦った時にあなたたちを助け―――いや、あの、あなたとノア様の邪魔をしたのは」
「肯定、ノワールがやった。だからあの女は土魔術師なんだと錯覚した」
「なるほど。謎が解けましたね」
あの時、フロムをわたしたちの前から逃がし、ノア様とリーフの決着を阻止した土魔術師。
でも真相は、死霊魔術師によって操られた土魔術師だったってことか。
「あの時、彼の死体が消えたのはそういうことでしたか」
隆起してきた地面を回避し、わたしは彼を見つめた。
「ランド」
皇衛四傑の一角、土魔術師ランド。
かつてわたしが殺した帝国最強の一柱。
死後にこうして人形とされるとは、浮かばれないものだ。
「しかし、以前のようにはいきませんね。もう死んでいる以上、即死系の魔法は効きませんし、どうしたもの―――」
「そう。半分はあなたなのね、この私とリーフの楽しい時間を邪魔した愚か者は」
「憐憫、ウチとノアマリーがいる場に出てくるとは、死してなお運がない」
わたしが頭を悩ませるより先に、なんならランドが次弾の魔法を発動しようとする前に。
リーフとノア様が、超スピードでランドを切り刻んだ。
手足を両断され、首もどこかに吹っ飛んでいったランドは、哀れにも全く出番を見せることなくその場に伏した。
えー………。
「さあ、ノワールを追うわよ。私たち二人を敵に回したこと、後悔してもらおうじゃない」
「同意、痛覚がない体でも苦しめる方法はいくらでもある」
規格外と規格外が手を結んでしまった。
あんな思わせぶりに登場したノワールが、いっそ可哀想になる光景だ。
「あはははは、追う必要はないですよー。アタシはまだここにいますから」
と思ったら、何故かノワールは逃げず、外れた天幕の中にあった玉座にリラックスするような姿勢で腰かけていた。
魂は無事だから何をされても心配ないという驕り?
だとしたらこの二人はそんなこと意に介さずえげつないことをやり始めるから、やめた方がいいと思う。
「しかしさすがに帝国最強と王国最強、ランド程度では足止めにもなりませんねー」
「最強がこの化け物姉ちゃん二人に潰されたってのに、随分余裕だなおい」
「ちょっとルシアス、誰が化け物姉ちゃんよ」
「いやいや何言ってるんですか、ランド程度がアタシの最強の手持ちなわけないじゃないですか」
「え?」
「だってランドくらいなら、油断しなければアタシだって殺せますよ。この魔法の真髄は、死んでさえいればアタシより強くても人形に出来るという下克上の能力なんですから。圧倒的に強い人間を人形にしなきゃ」
じゃあ、一体誰なんだ。
そう思っていると。
突如、リーフが上空に向かって突風を放った。
意味がない行為なわけがない。
リーフは上から飛んできた風の圧迫攻撃を、同威力の風で打ち消した。
「………解明。なるほど、たしかにあの男ならば手持ち最強としてふさわしい」
「でしょでしょう?墓を掘り起こすの苦労したんですよ?」
上空を見ると、ひとりの男が佇んでいた。
今まで見た、死霊魔術師に操られた人間特有の虚ろな目をした、緑色の髪の男。
三十代後半くらいの年齢に見える中年の男は、しかし筋骨隆々な体つきに黒い眼帯と、歴戦の猛者であることが感じられた。
「リーフ、あれ誰よ」
「説明、ウチの前任者だった男」
え?
「名前は、ウェントゥス・リュズギャル。元・帝国最強の風魔術師。ウチが殺してその地位を奪った、ウチの父親」