第13話 黒染の魔女
世界征服。古今東西の悪役の多くが目論んだ野望。
昨今では「やってもむなしいだけじゃないのか」とか、「出来たとしてその後どうするんだ」とか夢の無い話が飛び交う、最近ではあまり聞かなくなったアレである。
それをまさか。
「世界征服したいの、私」
異世界で聞くことになるとは思わなかった。
「世界征服、ですか」
「ええ。欲しくない?世界。私自身が法になってやりたい放題できるのよ。素晴らしいと思わないかしら?」
「ま、まあ悪くはないと思いますが」
普通なら無理だと、子供の夢だと微笑ましく見るところなのだろう。何せ、相手はまだ五歳だ。わたしもだけど。
しかし、この御方は本当にそれをやってしまいそうなカリスマ性と能力があるから怖い。
「で、この部屋にはその新たな一歩となるものがあるのよ」
「この部屋に、ですか?何もないように見えますけど」
「この部屋自体には何もないわ、ただの使用人部屋よ。だけどここに―――」
楽しそうな笑みを崩さないノア様は、踵で床をトントンと叩いた。
「クロ、この床に闇魔法の魔力を流してちょうだい」
「ここに、ですか?」
「やり方は分かるわよね?」
「はい、おそらく」
正気に戻ってもわたしの力、ノア様曰く闇魔法は消えていない。
言われた通りにわたしは床に手をつき、感覚を思い出して魔力を流した。
すると。
いきなり床から真っ黒な触手のようなものが現れ、檻のようにわたしとノア様を包み込んだ!
「きゃあっ!?」
「劣化はしてないわね。怖がらなくていいわ、ただの移動手段よ」
檻は次第に隙間を消し、おそらく外側から見たらボールのような状態になっているであろう形に、わたしたちを内側に入れたまま変形した。
ノア様以外は何も見えなくなった状態でしばらくじっとしていると、なんだか覚えのある感覚で黒い乗り物が移動を始めた。
それはまるで。
「下に移動してる?」
「そうよ。正確には地下にね」
そう、エレベーターが下がる感覚に近かった。
「普通の方法ではこの先に行けない。通る方法は、闇魔法の魔力を指定の場所に流すしかないから、光魔法の私は今までは入れなかったのよ。闇魔法の使い手を探していたのは、このためでもあったというわけ」
「あの、ずっと思っていたんですが………ノア様は何者なんですか?なんでこんな場所を知っているかも、皆知らない闇魔法のことも知ってるし、わたしが言うのもあれですけど、言葉遣いも年齢に合わないというか」
足を延ばしてくつろいでいるノア様に、わたしは思い切って聞いてみた。
「そうね。私のことを語る前に、ちょっと昔話をしましょう。何故珍しい髪色が差別されるようになったのか―――つまり、希少魔法の存在が知られなくなってしまったのか」
「は、はい」
「今から約千年前。まだ今ほど希少魔法の使い手が少なくなかった時代があった。大規模な戦争には必ずその使い手が前線に投入され、その実力は一騎当千、あるいはそれ以上。凡庸な魔術師では手も足も出ないような希少魔術師がうようよいたわ」
ノア様はまるで世間話をするように、聞いたことのない千年前の話を始めた。
「そしてその希少魔術師の中でも、とりわけ最強と呼ばれた女がいたの。名前はハル。『黒染の魔女』と呼ばれ恐れられ、希少魔法の王とまで言われた、黒髪の闇属性使い」
「わたしと同じ、闇属性………」
「闇魔法は死を与えるだけの魔法じゃないわ。正確には『歪み』と『消去』を司る、理から外れた魔法。死なんてのは『消去』の力の一端に過ぎない。それを操り、名だたる希少魔術師を従えて、世界最強の国を作った。従わずに向かってきた希少魔術師すら、彼女に触れることすらできず、屈服させられ、その配下に加わった」
千年前とはいえ、そんなチート魔女がこの世界にいたとは。
「とうとう戦争をしていた国同士すら手を組み、ハルを殺そうと躍起になったわ。けど誰もハルを殺せなかった。そりゃそうよね、希少魔術師はその半分近くがハルに心酔し、その力になっていたんだもの。
数々の国の実力者が集められた連合軍すらハルの軍勢に大敗し、いよいよハルの天下が訪れたかのように見えたわ」
ノア様はすっかり話にのめりこんだわたしの表情を楽しむようにクスリと笑い、続きを話し始める。
「だけどそんな中、たった一人でハルの国に乗り込んだ女がいたわ。彼女の名前はルーチェ。ハルと対を為す、光魔法の使い手だった天才。彼女は何とたった一人でハルの国を相手取ったの。多くの魔術師を討ち、いかなる傷を負っても自分の魔法で回復し、とうとうハルの元にたどり着いた」
「そ、それでどうなったんですか?」
「自分以外は彼女に勝てないと悟ったハルは、自分で相手することを選んだわ。互いの実力はほぼ互角、加えてその力を相殺し合う光魔法と闇魔法。いたちごっこに近い大規模な戦いが七日七晩続いた」
「け、結果は?」
「もうかぶりつきね。七日間の戦いの後、決着はついたわ。勝者はルーチェ。ハルは惜敗し、辛くも逃げおおせたけど、世界最強の称号はルーチェに奪われた。その後、ルーチェは世界を救った英雄として祭り上げられ、ハルは希代の世界級犯罪者として、その存在ごと歴史の闇に葬られた」
「あ、もしかして黒髪が必要以上に恐れられるのは………」
「ハルのことは後世に伝えられていなくても、闇魔法の恐ろしい記憶はしばらく消えなかったようね。だから結果として、黒髪=不吉の象徴っていうイメージだけが後の世代に伝わってしまったってわけ」
一つの謎が解けた。
黒髪が不吉を呼ぶなんて話がどこから出たのかと不思議に思っていたけど、そういうことだったのか。
「その後、ハルに加担した魔術師の魔法、つまり光魔法以外の希少魔法すべてが糾弾される流れがどこからか出てしまったみたいなのよ。結果として、希少魔法について記述された本などはすべて焼かれ、せっかく希少魔法の才能を持っていてもその使い方を知る手段がなくなったせいで、希少魔法の才能持ちは劣等髪と蔑まれるようになった。これがこの世界で、金髪と四大属性の髪色以外が差別されるようになってしまった理由よ」
「そのルーチェの使っていた光魔法だけは、難を逃れたってわけですか」
「そういうこと」
途中から前のめりになって聞いてしまっていたわたしは、姿勢を正し、落ち着きを取り戻そうと深呼吸をする。
「面白かった?」
「はい、とても」
「で、それを踏まえて話を戻すんだけど。私が何者なのかって話ね」
そうだ、ノア様はなんで、葬られた歴史の登場人物であるはずのハルの正体を知っていたんだろう。
もしかして、この家にはその失われたはずの歴史書がまだ残っているとか?
「この話には続きというか、スピンオフというか、とにかく先があってね。ルーチェに負けたハルは、その数年後、光魔法によって蝕まれた体に限界がきて倒れてしまった。だけど死の間際に、自分に残っていたすべての力を使って、とある闇魔法を発動させたのよ。
本来、生物が死ねば、輪廻転生によって記憶を失い、別の体となって生まれ変わる。だけど理を歪める力を持つ闇魔法、その極みには、輪廻の摂理すら捻じ曲げ、記憶を持ったまま転生できる力があるの。ハルはそれを使い、自分の死から千年後に転生したわ」
「なるほど、千年後に………千年後?って、今じゃないですか!」
「そう」
「そんなチート魔女が、この世界のどこかにいるんですか!?」
「そういうことね」
「いったいどこに………ノア様、なんでそんな誰も知らないようなこと知ってるんですか?」
ノア様はその質問には答えず、ただわたしを見つめている。
まさか。
い、いやそんな。
「ノ、ノア様、一つだけ確認しても?」
「なにかしら」
「あの、無いとは思うんですけど、一応!一応聞きますね」
「どうぞ」
「あの、もしかして、そのハルって………わたしの目の前にいたりしますか?」
ノア様は、今日一番の満面の笑みを浮かべ、立ち上がった。
そして。
「そうね、あなたの思っている通りよ」
自分の胸に手を当てて。
「ノアマリー・ティアライト。その前世は、千年前に世界を震撼させた希少魔術師の王、『黒染の魔女』ハル。今話した物語の悪役こそが、この私よ」